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人工衛星サニーの冒険 ~転生した〝元〟気象衛星がお天気令嬢になるまで~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第4章:魔科アンサンブル予報

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4-1:買い物とデート


「収穫祭?」


 サニーは、そうアルバートに問い返した。

 お屋敷を出て、2人で山小屋へ向かう途中である。それぞれ清書前の論文や手紙、巻物を抱えていた。

 秋が始まって朝は少し肌寒い。アルバートはシャツに上着を羽織り、サニーも肩に掛物をしている。


「確か、村の収穫をお祝いする催しですよね?」

「ああ。実りの後、子爵領では全能神と山々に感謝を捧げる」


 農道の右手、畑はすっかり収穫済み。少し寂しい情景だ。左手の森も、夏よりもやや色あせて感じられる。今、収穫が盛んなのは遠くの斜面にある果樹園で、そちらでは農夫らが最後の大仕事に励んでいた。


「まだ一月ほど先だが、前もっての準備はある。今後、リンデンの街へ向かう機会が増えるだろう。調達や、当日の儀式にお呼びする司祭に挨拶をしなければならない」


 サニーはこくんと頷いた。


「わたしもお手伝いできます」


 指折り数える。


「たくさんの催しがあるみたいですね。お祈りに、曲芸に、屋台に、音楽、それからみんなで踊ったり……?」


 村での暮らしも長くなり、もう気象ばかりの少女ではない。色々な人から噂を聞いたり、自分で調べたりして、収穫祭がどういう行事か把握していた。


「あ、それとも、サニーもどなたかにご挨拶を? 『助手』ですし、アルバート様を尋ねてこられる方もいますよね?」


 アルバートは、どこか緊張しながら言う。


「もしよければ、君にもリンデンに同行を頼みたい」

「はい! ……あれ、でも、錬金術とかお天気も収穫祭に関わるのですか?」

「いや、仕事ではないんだ」


 首を傾げてしまう。青い目でアルバートを見上げると、若様は真剣な眼差しで見返した。


「リンデンで所用を済ませたのち、私は午後一杯、時間をとれる。そこで、よければ『君の』収穫祭の準備をするのはどうだろうか?」

「……わたしの?」

「うん。村人はみんな着飾る。君も出るなら、服装やアクセサリを用立てるのがいい」


 アルバートは、まるで用意していたようにセリフを一息で言った。


「お金は出す。日頃の礼をしたいし、何より――『公開実験』で不安にさせた埋め合わせもしたい」

「う、埋め合わせって、そんな……!」


 この時代、服はかなり高価だったはず。

 サニーは両手をぶんぶん振った。


「い、いただけませんっ。そこまで、そんな」

「――自覚はないかもしれないが、君の貢献はたいへんなものだ。晴雨計の生産も順調だし、気象研究の協力者も増えている」

「で、でも」

「案内もできる。リンデンは何度か訪れているが、おそらくゆっくり巡りたいのではないかな? それに、この手の服飾品は他の行事でも必要になるが、君は案内がなくては買えぬだろう」


 その点は図星だった。どうだ、と問うアルバート。

 誘いも嬉しいが、若様が自分のことを考えて申し出てくれたことも胸をいっぱいにさせた。


(たぶん、これ『デート』というやつですよね……)


 ベアトリスと会ってから、サニーも少し変わった。自分の心の変化を、きちんと向き合って、見定めようとしている。

 人工衛星サニーは、人を好きになったのか。


(きっと、大事なことのはず……)


 サニーも勇気を出した。

 柔らかく握った手を口元に当て、蕾が少し花開くような笑顔になった。


「嬉しいです。お願いします」

「う、うむ」


 頷くアルバートと、サニーは並んで歩き出した。先ほどより、少しだけ距離を縮めて。



     ◆



 4日後、サニー達は馬車でリンデンへ向かった。見えてくる大きな市門に、サニーはひょっこりと窓から顔を出す。


「サニー様、走行中は席をお立ちにならないように」


 すると、メイドのリタがつんとすまし顔で指を立てた。


(……行く前は、リタさんだってはしゃいでいたじゃないですか……)


 『やった、遠出ゲットぉ!』などと言いながら、中庭で小躍りしていたのを目撃している。

 ちらりと車内に視線を巡らせれば、領主の名代として方々へ挨拶にいくアルバート、その見学をするセシル、そして世話役のリタや使用人と、8名ほどの大所帯。


(一応、お仕事が終わったら、アルバート様と自由に買い物をしていいらしいですけど……)


 わかっている。

 子爵領が秋の終わりに執り行う、『収穫祭』というイベント。そもそもリンデンへ向かうのは、準備の都合だ。

 ただ、今の大人数はちょっと納得いかない。デートであれば、少人数でいくものではないか。

 銀髪を後ろに流す形で整えた若様も、どこか憮然としている。丈の長い、法衣に似た黒の上着は、錬金術師の正装らしい。

 買い出しには人手が要り、かつ少人数の馬車旅がそもそも危険という都合もあるが……若様がやたらと拘束されるのは、子爵領の人手不足だろう。

 馬車が市門をくぐると、アルバートは早速下車の準備に入った。


「まずは教会だ。ここの所用は、すぐ終える」

「では、サニー達も降りて待ってますね」


 リンデンの教会は、聖堂といえるくらいの大きさである。こじんまりとした子爵領のそれよりかなり立派だ。

 中に入ると、なにかの格納庫のように天井も高い。

 リタが口を尖らせる。


「ご挨拶なら、リンデンにいるお兄様方にお願いすればよろしかったのにぃ」

「先方からのご指名だ。『公開実験』が好評で、私にぜひ会いたいらしい」


 それと、とアルバートがセシルを見やる。


「セシルの教育だ。そのうちこうした仕事を、セシルもやるようになる」

「――!」


 頷く少年セシルは、興味深そうに聖堂を見回している。いくつもある長椅子には、ぽつぽつと腰かけている人がいた。

 アルバートは一人で最奥に向かい、教会関係者に奥へ通される。


(若様、がんばってます!)


 となればサニーの役目は、義弟セシルをしっかり守ることだろう。少年は壁際に向かい、刻まれた碑文を熱心に読んでいた。


 ――聖女アリシアは、嵐を預言した。その5日後、現に嵐は現れた。


(……聖女?)


 あまり聞かない名前だった。天気予報に近しい内容だが、『峠守』と似たような伝承だろうか。

 碑文は壁のあちこちにある。


 ――聖人マルクは、嵐を夢に見た。その7日後、現に嵐は現れた。

 ――聖女ノールは……。


 セシルもまた、赤みを帯びた目で碑文を眺めている。サニーは囁いた。


「教えていただいた、峠守みたいですね」


 セシルはきゅっと口を結び、頷く。サニーの右手を取ると、掌に『同じ、内容』という文字を書いた。


「……峠守さんも、嵐を当てたことが?」


 また、こくりと頷くセシル。


(似た伝承……?)


 子爵領の伝承――峠守も、嵐の予言をした。一つの話が各地に伝わり伝承が似通うことはあるだろうが、少し引っ掛かる。

 やがてアルバートが戻ってきた。


「失礼、時間をとらせた。セシル、聖堂は久しぶりだろう?」


 微笑むアルバートに、セシルは指で碑文を示した。


「……聖人、聖女の碑文か」

「アルバート様、教会でも天気予報をしていたのでしょうか?」

「単なる言い伝えだ」


 連れ立って外へ出る。アルバートが聖堂の壁際を示すと、灰色のローブを着た男女が空に向け祈っていた。


「彼らが、その名残だ。大昔、天気は教会の管轄で、全能神が――神が天気を操っていると思われていた。150年ほども前に廃れた考えだがね」

「……なぜ、でしょう」

「神が天候を変えているとしたら、教会が天候変化の説明をしなければならない。天候災害が続いた年にその教えをやめた。まぁ実際は、政争の結果、かつてと違う教えの会派が主流になったというだけだが……以降は、錬金術師らが気象解明の任務を引き継いでいる」


 アルバートは、馬車へ歩きながら言葉を継ぐ。


「それもまた、道半ばだが。というより、サニー、君も知るように魔法は天候の主因ではなかったな」

「……信じてもらえていないので、こっちも途中ですけど」

「そうだな」


 完璧な天気予報をしても、仕組みまで理解されなければ信じてもらえない。そして完璧な天気予報の力が知られたら、それはそれで注目を浴びて問題が起こりそうなことも、もうサニーには分かっていた。

 論文や晴雨計などの事業で、地道に広めていくしかない。

 馬車に乗り込む直前、アルバートは壁際のローブ姿に目を戻した。


「あちらも言い伝えにならった修行だ。空に祈り天気を当てた聖人、聖女の逸話があり、今でも精神統一の修行として残っている」


 座禅みたいなものだろうか。

 祈るローブ姿に気を引かれつつ、馬車で聖堂を後にする。サニー達はギルドが集まる庁舎にも出向き、偉い人に挨拶しつつ、ついでに特許担当官の技術的な質問に応えた。

 庁舎の外に出て、アルバートが背中を伸ばす。


「さて。後は、収穫祭の備品調達だが――」

「アルバート様」


 さっとリタが進み出た。


「以降はお任せを。セシル様のご教育も兼ね、ここからは使用人一同とセシル様だけで買い物をするよう、子爵様より申し付けられています」


 リタはどんと胸を張る。


「アルバート様とサニー様は、ご自身らのデー……コホン、お買い物をどうぞっ」


 『いってらっしゃいませ』と見送る使用人達。

 セシルが親指を立て、彼にまで見守られているようでこそばゆい。

 馬車が去っていった後、サニーとアルバートは目を合わす。収穫期ということもあって、周囲にはけっこう人が増えていた。


「……いこう。あちらに、別の馬車を待たせてある」

「は、はい」

「それまで、はぐれないように、な」


 差し出された手を、サニーはおずおずと握る。賑やかな通りを、2人で歩き出した。

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