捨てられて失恋したばかりの加護持ちはもっと上からの愛に気付かない〜女神の友人と観戦していた武闘大会で愛を叫ばれました〜
付き合っている恋人が冒険者として成功して、ついに王家の覚えめでたく、褒賞を貰えることとなった。
そのまま家庭を築いて安定に暮らしていきたいなと夢を見ていたところ。
頬を殴りつけられても足りない衝撃が、アーミャに起きた。
「え?」
「だから、アーミャ別れてくれ。おれは本当の恋に落ちたんだ」
恋人のロレントが、真恋人と名乗る女を横に座らせていた。
初耳すぎて驚いた。
「浮気したってことでしょ」
というと浮気じゃない、本物の恋人、伴侶と出会ってなかっただけだと言われて、途端に恋人に対する情がかき消えた。
じゃあ、それはもう剥がすね?
恋人だったロレントからアーミャの加護を、ぺりぺりと剥がす。
それに気づかず、ロレントは今もペラペーラと恋人云々の戯言を吐き続けている。
「気持ち悪いからもう辞めて」
ぴしゃりと言うとアーミャは念書を書かせた。
二度と会わない。
二度と話しかけない。
二度と、二度と、エトセトラ。
念書を書かせたのちに、その真恋人たる女にも書かせる。
破れば罰が降るうまのことを明記して、妖精に願う。
妖精は契約を重んじる。
そして、アーミャも。
二人と別れて、アーミャはこの街にいるのも嫌になった。
ここにいれば、あの二人と会うことになるし。
この街の飲み屋で食べ納めでもしようかと、入れば見知った顔がいた。
「ん?おー、アーミャじゃん」
「コトノス」
コトノスは、アーミャの近所に住む人だ。
近所ゆえに生活圏が被る。
「最近どうだ?」
「彼と別れた。新しい恋人連れて」
「……はぁ?いや、え?お前の恋人って、あの有名人くんだろ?」
強さにおいて、上位に駆け上がった男。
「わたしはただ、安定した生活が欲しかっただけなんだよなぁ」
愚痴りつつ、お酒に溺れる。
コトノスは愚痴るのを聞いて、共に憤ってくれた。
あいつは、今後活躍出来る見込みがなくなったので、あとは下層に落ちるのを高みの見物にしていればいいや。
「はー、じゃ帰るね」
「おう、またな。落ち込むな。おれはお前のことが人として好きだからな。自信待て」
「勘違いされて、腹とか刺されるやつの台詞!」
「はは!」
最後にジョークで笑わせてもらい、帰宅。
布団に入ると、睡魔の呼び声に応えて瞼を重く閉じた。
「アーミャ」
アーミャには誰にも言ってない秘密がある。
「アーミャ、この本はどう?」
それは、この世界の女神と恋愛小説友達なことだ。
「こっちよりも、最近はこっちが気になる」
女神、ルルティアイナ。
この世界の主ではなく、端役と本人は言い、実際に聞いたことはない。
「騎士と姫の王道は外さないでね」
「ルル、好きだねぇそのジャンル」
「あなたこそ、恋愛度ちょっとのものしか最近は読んでないじゃない。潤いを足しなさい、潤いを」
ルルティアイナの愛称を呼ぶほど、二人は長く過ごしていた。
今日、恋人と別れたのだと言わずとも、彼女は上位の存在なので、知っていることだろう。
寧ろ、恋人の不実を知っていたと思う。
が、それを言うのは筋違い。
恋人にしたのはアーミャだ。
そこに女神の介入も、関係もない。
「飲み屋で会った人、どうなの?」
前半は小説についてなのだが、後半は何故か飲み屋の話なのだ。
「え?あの人?あの人は単に近所の人ってだけ」
「えーっ。そんなぁ。人として好きって言われたのにぃ」
「完全に聞いてたんじゃん。スキャンダル大好きっこめ」
あんなのはリップサービスだと苦笑。
しかし、恋愛小説ばかり読み漁る女は言うことが、それ基準になっていた。
勿論、自分も好きだから互いに仲良くなったし。
「あの人、わたし推してみようかしら」
「いやぁ、人間を推すのは……不毛じゃない?」
「キャラの濃さ的になかなかよ?」
ルルティアイナは、目の前にホログラムを出す。
ホログラムという名称だと、昔教えてもらった。
「ステータスも問題ないわ。器用貧乏系の人ね。伸ばそうと思えば伸ばせるわよ」
「どこ伸ばすの?ストレッチ?」
「ほほほ、アーミャったら、男は育てるものなのよ?」
「強い。小説でしか養ってない知識を振り翳してるだけなのに」
まるで、経験豊富のように語るこの女神は、大昔からこの空間から出たことがないらしい。
出なくても好きなだけ空間を作れるので、実質出なくても平気なのだそう。
「アーミャも早く、わたしと魂だけになったらここに住みましょうね」
「そうだね。百年後ぐらいにね」
このやりとり、最早定期文。
*
アーミャが眠りを覚醒させ出したので、この空間から消えていくのを見送る、ルルティアイナ。
「そこに隠れてないで出てきて下さい」
呆れと怒りが、ない混ぜになった声音。
その言葉を皮切りに、空間が振動して一人の男が顔を覗かせた。
「ルルティアイナ……」
「妹の家の敷居を無断で跨がないでよ、お兄様」
怒りの目を向けて、腰に手をやる。
怒っているという意思表示。
「アーミャが可愛いからって、ずっと見てるだけで声をかけないのは、さすがの兄でもドン引きよ」
「まだこちらとして、一度も会ったことなんてないんだぞ」
その言葉にルルティアイナは隠れていた兄神、コルトマノスに侮蔑の顔を向けた。
「コソコソと!私の親友をつけまわさないでと何度言えばいいのっ!?お兄様のやってることは犯罪よ!は!ん!ざ!い!」
兄が下界で、アーミャと会う為だけにコトノスなどと名乗り偶然を装い、会話を重ねているのは把握していた。
「ぬぁーにがコトノス!?アーミャを人として好き?そりゃそうでしょう。アーミャは人ですもの!」
アーミャが偶然再会したコトノスはルルティアイナの兄の人としての姿を模したもの。
人として好き。
下界には人族ばかり。
つまり、人間同士ならばただの友人をかね合いした言葉。
それを人ではなく人外が人として好きと宣言した場合、それはたんなる告白である。
「犯罪なのは分かってる。そろそろは母や父に叱られるかもな」
「いや、付き合いなさいよ。アーミャと」
「ぼ?」
あまりの急展開に驚くコトノス。
コトノスがアーミャに惚れたのは、妹と恋愛小説について語り合う姿を見ていた時だ。
全く外に出ない妹にお土産を届けに行ったらそこには、妹と語り合う彼女が居た。
そこからコトノスのストーキングは始まった。
「神隠しでも、神のいたずらでも、拐かしでもしなさいよ。ヘタレてるわね」
「うちの妹、神の心無さすぎる問題」
やはり、恋愛小説を読んでずっと固定された空間に居続けたせいで脳みそがふやけたのではあるまいか。
倫理観を思い出すんだ、ルルティアイナ。
「男神の癖して異種類婚も知らないの?」
「フィクションだっつの」
思わず荒くツッコンだ。
「ストーキングしてるやつが、倫理観について反論しないでよね」
「ぐっぬ」
妹は、溜め息一つ溢すと腰から手を退かした。
二人は膠着状態を緩め、椅子を出すと座る。
「でも、友達っていうか知り合い止まりの認識だったわね」
「ぐっふ」
さっきから精神的に痛めつけられている。
飲み屋での会話をログとして見ている妹は、それをホログラムで眺めた。
「なんとか、脱したいとは思ってる。やっとあの傲慢なやつがレールから転がり落ちたからな」
彼女の恋人だった男。
次に戦いか、模擬戦かをした時に自分の失落に気付くだろう。
妹は「兄様がやらないのなら私がアーミャと結婚する」と言い出す。
「な、なにぃ!」
「私は女神よ?男として人間になるくらいわけない」
アーミャの好みも熟知しているだろうから、ルルティアイナのアタックを、好きな彼女は避け切れないだろう。
「勝ち目がないからやめろぉ!」
そこは自分もじゃあ参戦する、くらいは言ってくれれば良いのにと、ルルティアイナは呆れた目を半分にして、じっとり見つめた。
*
恋人と別れて数ヶ月後、この都市の大きなイベントの一つである競技が行われる。
力試しという項目で行われるそれは、別に言い換えると武闘大会。
闇鍋式、やり方の大会だった。
武器もバラバラ。
男女は別。
大会会場に入るとプログラム通りに進行されていく。
見ていると横から肩を、とんとんとされた。
「え……ルルっ、ルル!?」
現実の世界にいることなど一度もない女神が、そっくりな顔で横に座っている。
「きちゃった」
「き、きちゃったって……外に出なくて良いって昔から豪語してたよね、豪語」
ルルティアイナ、いたずらっ子の笑みで誤魔化す。
「それはそれ、これはこれー」
「でもなんでこの日?」
「あなたを傷つけたやつの、坂道を下さる様を一緒に見届けるためよ!」
既に別れた男、ロレントの失落は決定付けられている。
まあ、自分もそれを重々理解してここにいるけど。
それにしても、加護を剥がしてから人に見られるまで、剣や木刀を握らなかったらしい。
己の強さを把握する期間は、それなりあったと思うんだけど。
分かってるけど、引き受けたから後には引けぬということなのか?
ロレントともう一人は……コトノス。
「えっ、なんでコトノス!?」
コトノスは普通の人だったイメージ。
武闘とは全く関連がない。
「あらぁ、あなたの恋のお相手候補じゃないの」
ルルティアイナはにまりと笑う。
「ん?恋のお相手?」
「ふふ、そうよー」
さらににまにまするルルティアイナ。
それを横目に、コトノスとロレントの戦いが繰り広げられていた。
とは言え、ロレントが瞬殺だった。
試合が開始されて、ロレントが芯のなってない戦い方をしていた。
素人のアーミャでも分かるくらい、モニョモニョしていた。
十秒もせずに一太刀で、やられていた。
「ぐはっ」
と、一撃。
「ぐは!」
二撃。
「ごぼっ!」
三撃も加えられ、最後に顎にくらう。
その間、ロレントは反撃もできずに全てがわずかな時間で行われて、勝敗は見たままの状態で終わった。
あまりのロレントの弱さに観客達がザワザワする。
王家に最近強いと言われて、なにやらメダルのようなものをもらったと聞いていたのに、思っていたよりもすごく弱いぞ?となっている。
観客達は王家は、まさか賄賂でももらって授けたのだろうかという疑惑を湧き出させる。
「どういうこと。弱すぎる」
「おい、かけていたのに、あっさりし過ぎだぞ」
「金返せ!偽物!」
客の一部がブーイングをする。
コトノスは気にせずに、レフリーを振り返り、勝ったと言われたら直ぐに待合室のある方向へ戻っていった。
「ううっ。ううー」
ロレントが、呻いていた。
聞こえないけれど、呻いていることは仕草でわかる。
体をジタバタさせているけれど、あまりの痛みでろくに動けていないらしい。
「ふふ!ふふふ、見た?あの攻撃。ロレントって弱いのね?あなたの加護で強くなっていただけで、全く強くなろうという気概がないのよね。訓練も最近はサボってたらしくて」
ルルティアイナは、アーミャに笑いかける。
いや、笑いかけているというか、大笑いしていた。
「サボってたんだ?浮気してる暇と時間はあったのにね」
この会場にはおそらく、その浮気相手もいると思う。
サボっていたから、という理由もあるが、九九パーセントの割合で加護による底上げをされていた。
「やっぱり加護ありきでの王家の覚えめでたいことだったのねえ。よくわかるわ。あの弱さ」
クスッと笑うルルティアイナ。
彼女は女神であるだけに、その笑みは華やかだ。
気絶したロレントはブーイングを全身で受けながら、運ばれていく。
コトノスは次の試合も、やはり一方的なものだった。
ルルティアイナとアーミャはそれを見続け、特にアーミャは首を傾げた。
「コトノス、強すぎない?」
「冒険者じゃなくても、強い人なんているでしょう」
女神はころころと笑う。
それをさらに混乱しながら眺める。
どんどん勝ち進む彼。
そして、遂に決勝戦へ進む。
大きな男とマッチングして、それを俊敏さで圧していく。
「す、すごい、勝っちゃった」
大男が膝を着くと、観衆は大盛り上がりで鼓膜が痛む。
痛む場所から離れたい。
耳を塞ぐと、ルルティアイナはにこにこと手をコトノスに振る。
「え、ルル……コトノスと知り合いなの?」
「そうねぇ。ヒントをあげてもいいわ。でも、相手からの言葉に、このことを忘れるかもしれないわね」
アーミャはコトノスが決勝戦の勝者である証、メダルを受け取るのを見届ける。
「ここで、告白したい人がいる!」
「きゃあ、きた、来たわよ」
ルルティアイナが突然叫ぶ。
ぽむぽむと肩を叩くので痛い。
「い、痛いってば」
なにがきたのか。
告白って、彼は好きな人がいるから、ここで告白するということなのだろうか。
「アーミャ」
その声は静かになった場によく響いた。
最初、自分が呼ばれたことを頭が理解するまで一分近くようしたけれど、その間にも彼の告白劇は続く。
待ってはくれない処理時間。
「好きだ」
「アーミャ、アーミャ、お返事。お、へ、ん、じ」
ルルティアイナの楽しそうな声音が、耳に流れる。
「あ、そ、な、あ」
ぱくぱく、ぱくぱくと口を開く。
「あ、あ、む」
「アーミャ、聞いて」
ルルティアイナが、断ろうとした彼女を止める。
「彼はロレントよりも前から、あなたに恋焦がれていたの」
「え」
「しかも、あいつなんて目じゃないわ。見たでしょ。あなたの力がなくたって、あんなに強い。あなたはもう強くなった相手に裏切られることもない。それに、彼の愛は本物よ」
女神ルルティアイナは女神として、言葉にした。
真実なのだ。
じわり、一雫の告白が胸へしみこむ。
「その……お、お受けします」
「足りないわねっ。ほら、大声で!」
ドンっとルルティアイナに背中を叩かれて、勢いよく息を吸い込む。
「お受けしまーす!!」
その途端、男の喜び──の声はかき消されて民衆の口笛や歓声が祝福であふれる。
「じょーちゃん、よくいったぁ!」
「告白なんて素敵ねえ」
「ひゃー、こりゃ明日の新聞の一面は決まりだなー」
「待て待て!おれを先に叫ばせろ!」
コトノスの言葉もまたざわざわした人たちにより、聞こえなかった。
メダル授与の人が男の肩を叩いて頷いていたので、内容は唯一聞こえていたらしい。
*
ボロ負けしたロレント。
気づくと病院にいて、全身、および特に顎が痛くて滑舌が悪くなっていた。
「あなたなんで負けたのよ!」
アーミャを捨てて選んだ恋人は顔を赤くして、まるで鬼面のように恐ろしかった。
豊かな胸もそれに合わせて揺れて、怒りの強さをはっきりとわからされる。
「ふえ?おりぇ負けたのか?」
『へ?おれ負けたのか?』
「負けたのよ!これ以上ないくらいの実力差で」
(そんな!ありえない!)
夢だと思っていた。
なにかの事故に遭って、武闘大会の夢を見てボロ負けしたのだと今の今まで思っていた。
新聞はあと、三日は読まない方がいいと医者に言われていて、なにも情報が入ってこなかったのだ。
「この記事に私のことも載っちゃってるし。もう、サイアク!」
別れる!とか、二度と近寄らないで!などと言って去っていく最愛の恋人。
追いすがりたかったが、まだまだ入院が必要なほどなので、動けない。
やっと動けるようになったとき、新聞で知ったアーミャの名前を前に、なにも考えず、反射的に足が動いて彼女の家へ向かったロレント。
──ガーン
見えない板が現れて激しく鼻を打った。
「いで!」
二度、三度、何度も繰り返し、その度に強くなっていく違反魔法。
「うぐあ!」
別れる時に交わした契約書により、妖精がロレントを罰しているのだ。
「きゃああん!」
そのことをすっかり忘れている男。
元恋人の別れた女も新たなる優勝者に近付き、当然共にいるアーニャとの契約など覚えてなかったので、妖精の契約書による天罰を受け、髪をボム型にされた姿が目撃された。
「な、なんなのよこれえええ」
*
「というわけで、これからよろしくお願いします」
「あ、は、はい」
急に改めて言われた。
コロシアム会場の中心から走ってきたらしいコトノスは息切れもなく、しれっとした立ち姿で、アーミャの横にどんと座る。
「よかったわ。ね、お兄様」
「ああ。幸せすぎて今にも天に還りそうだ」
「やぁねぇ、ほほほ」
「はははは」
「あははぁ……え?おにい、さまぁ?」