章前・発端
「オレ達、女子な必要ある?」
ふと思い出したかのようだった。
「なんだ自己批判か? ウンザリだぜ、その手の話は」
反射的に噛みつき返してしまう憤懣は、まだ覚えている。
それぐらいにオレ達は疎外され、不名誉なレッテルで呼ばれ、誹られ続けてきたからだ。
「また貴方は、ないのは落ち着かないとか……その手の話を蒸し返したい訳?」
「アンタは、そう言うけど……事実ではあるんだぜ? なんというか……ないと収まり悪いのさ。アンタの中の人は、最初からないみたいだから――」
「やめろ。姉妹同士で、中を詮索しない。そう決めただろ」
「違う。そういうつもりじゃない。ただ思ったんだよ――
ついてたらいけないのかって」
「いや、お前……ついてたら男だろ?」
世の理を説くかの如くだった。陽が沈んだ後を、夜と呼ぶかのような。
「そうじゃない。いまのオレについてたとして――
なんの問題があるんだ?」
まるで童のような問い掛けに、しかし、誰も答えることは出来ない。
ただ沈黙の底から、這いあがるようにしてナニカがカタチを得ようとしていた。
「待てよ。大原則から確認して良いか?
オレ達は女の外見が好きだから、いまの現身を選択している。
……いわゆる性的嗜好を抜きにしてだ」
聞き分けのない仲間をあやすかのようでありつつ、その底にある怒りを隠しきれてなかった。
「なにも分かってねえ奴らのネカマ呼ばわりに耐えながらな」
べつの発言者を睨む眼光には、徐々に殺気が宿りつつあった。
「オレ達を分かろうとしない奴らなんて、どうでもいいだろ?
それより、ちゃんと聞いて考えてくれ! このオレについてたら――
おかしいか?」
可憐な少女の現身から発せられたとは信じられない、気の狂った内容だった。
「うーん……それって……つまり……オカマになるってこと?」
まるで日本人形と見紛うような美少女が、素っ頓狂に応じる。……色々と台無しだ。
「だから違うって! 性的嗜好とは別! というか、むしろ、それに従えば生えてる方が都合良いし!」
「なるほど! 貴方は――
みんなで『男の娘』にならないかと、言いたかったんですね!」
「それはそれで面白そうだし、好きにすればいいと思うけど――
私には無理かなぁ」
そう困り顔で断るは、妙齢の女性タイプな現身だった。
もう自立してそうで、さらには頼りがいもありそうで……さすがに娘は無理か。
「だから! ちゃんと聞いてくれって!
オレは生やしたいといった! だが、生やすとしても――
女の子自身を封印ともいってない!」
誰もが理解しきれずにいた。頭の中では疑問符が踊ってる。それで却って発案者は恐縮してしまうほどに。
「えっと……悪りぃ……オレ……頭良くないからよ。プログラミングとか……現身の設定とか……さっぱり分かってねぇ。
もし明後日なことを言ってるのなら――」
「待ってください。確かに設定や感覚マッピングは難しくなるけど――
けっして不可能じゃない! これは凄いアイデアかもですよ!」
それまで沈黙を守っていた一人が――その瞳に狂気を宿した一人が、念を押すように確かめる。
「つまり、こういうことか? オレ達は男だとか、女だとかを超越――
いや、それら両方を兼ね備えた存在になれるのか?」
「なるほどな。もうネカマとかネナベとか……あとは『男の娘』だったか? そういうのから一線を画した――
いわば全く別の存在か」
べつの一人がしたり顔で理解を示すも、その顔は興奮を隠しきれていない。
「あー……ようするに、できるんだな!? なら、それになろうぜ! オレ達だけでも!」
しかし、発案者の熱狂は、べつの狂気に塗りつぶされてしまう。
「違うぞ。そうじゃない。オレ達だけじゃなく、世界の全員でそれになればいい。それが目指すべき――
真に正しい在り方だ」
あの時、すでに盟主は確信犯的だったと思う。
名付けられていない思いに、誰かが命を吹き込むのを待っていただけ。なぜか、そう断言できる。
「世界の全てを変えようって!? そんなことしたら……そんなことしようとしたら――」
「揉めるぜ? 全勢力を巻き込んだ大戦争だ。それも――
オレ達vs全世界で」
それは窘める体でありながら、まるで煽るかのようだった。
だが盟主は、さらに煽り返す!
「怖気ついたのか? 怖いのなら参加しなくてもいいんだぞ?」
しかし、全員が沈黙で以って応える。雄弁に! 否と!
……これがオレ達の始まりだ。