第5話:「真夏の羊舎で……。高鳴る鼓動と……」
真夏の太陽が照りつける中、蒼太は額の汗を拭いながら羊舎に向かっていた。夏休みに入っても、飼育委員の仕事は続く。今日は詩音と二人きりの当番だ。
(よし、今日こそちゃんと話すぞ!)
蒼太は心の中で自分を鼓舞した。七夕祭り以来、詩音との距離がさらに縮まった気がする。でも、まだどこか遠慮があるような気もしていた。
羊舎に着くと、詩音はすでに作業を始めていた。
「お、おはよう! 詩音!」
思わず大きな声が出てしまった。詩音は驚いたように振り返る。
「あ、葛城くん。おはよう」
「ごめん、遅れちゃって」
「ううん、大丈夫だよ」
詩音は優しく微笑んだ。その笑顔に、蒼太は胸がどきりとした。
二人で作業を始める。餌やり、水やり、羊舎の掃除。黙々と作業を進めていく中で、蒼太は話しかけるタイミングを計っていた。
「なあ、詩音」
「うん?」
「夏休みの予定とかあるの?」
詩音は少し考え込むように俯いた。
「特には……。でも、夏祭りには行きたいな」
「へえ、俺も行くつもりだ! 良かったら、一緒に……」
その時、突然の雷鳴が二人を驚かせた。
「きゃっ!」
詩音が思わず蒼太にしがみついた。蒼太は、詩音の体温を感じて動揺する。
「大、大丈夫だよ。雷は遠いから」
優しく詩音の背中をさする。詩音はゆっくりと体を離した。
「ご、ごめんなさい」
「い、いや。気にするなよ」
二人とも顔を真っ赤にしている。気まずい空気が流れる中、外では雨が激しく降り始めた。
「うわ、すごい雨」
蒼太が窓の外を見ると、まるで水のカーテンのように雨が降っていた。
「こりゃ、しばらく帰れないかもな」
「う、うん……」
詩音の声が少し震えている。蒼太は彼女の方を見た。
「寒い?」
「ちょっと……」
蒼太は迷わず、自分の上着を脱いで詩音に掛けた。
「これで少しはマシかな」
「え? でも、葛城くんは?」
「俺は平気さ。それより、」
蒼太は勇気を振り絞って言葉を続けた。
「せっかくだし、もっと話そうよ。お互いのこと」
詩音は少し驚いたような顔をしたが、すぐにうなずいた。
「うん、そうだね」
二人は羊舎の隅に腰を下ろした。最初は気まずい雰囲気だったが、徐々に会話が弾んでいく。
好きな本の話、将来の夢、家族のこと。今まで知らなかったお互いの一面を知っていく。
「へえ、詩音って絵を描くのが好きなんだ」
「うん。でも、あんまり人に見せたことはないかな」
「俺に見せてくれない? きっと上手いんだろ?」
詩音は照れたように俯いた。
「い、いつか……機会があればね」
話をしている間に、雨は小降りになっていた。
「あ、雨上がりそうだ」
蒼太が立ち上がると、詩音も続いて立ち上がった。
「葛城くん」
「ん?」
「今日は、楽しかった」
詩音の瞳が、いつもより輝いて見えた。蒼太は思わずどきりとした。
「あ、ああ。俺も楽しかったよ」
二人は羊舎を出た。雨上がりの空には、大きな虹がかかっていた。
「わあ、きれい」
詩音の声に、蒼太も空を見上げた。
「ほんとだ。すごいな」
二人の肩が触れ合う。でも、今は離れようとしない。
「な、なあ詩音」
「うん?」
「夏祭り、一緒に行かない?」
詩音は少し驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかな笑顔を見せた。
「うん、行こう」
蒼太の胸が高鳴る。この瞬間、二人の関係が新しい段階に進んだことを、どちらもまだ言葉にはできなかった。でも、確かに何かが変わり始めていた。
虹の下、二人は並んで歩き始めた。これからの日々が、きっと素晴らしいものになる予感がしていた。