第3話:「君との距離、毛刈りと共に縮まる夏」
梅雨の晴れ間、蒼太と詩音は羊舎で大仕事に取り組んでいた。羊の毛刈りだ。
「よっしゃ、頑張るぞ!」
蒼太は意気込んで羊に近づいたが、羊は不安そうに後ずさりする。
「あれ? おいで、おいで~」
詩音は蒼太の奮闘を見ながら、小さく笑った。
「葛城くん、そんなに急に近づいたら、驚いちゃうよ」
「え? そうなのか?」
詩音はゆっくりと羊に近づき、優しく頭を撫でた。羊は穏やかな目で詩音を見つめる。
「ほら、こうやってね」
蒼太は詩音の仕草を真似て、羊に近づいた。今度は羊も逃げ出さず、おとなしく立っている。
「すげぇ! 詩音、動物の扱い上手だな」
「えへへ、ありがとう」
詩音の頬が少し赤くなる。蒼太は詩音のはにかんだ笑顔に、どきりとした。
二人は協力して羊の毛を刈り始めた。最初は慣れない作業に戸惑ったが、徐々にコツをつかんでいく。
「なあ詩音、この毛ってどうなるんだ?」
「えっと、地域の特産品の原料になるんだよ。羊毛のセーターとか」
「へぇ~、そうなんだ」
蒼太は感心しながら作業を続ける。ふと、祖父の話を思い出した。
「そういえば、俺の爺ちゃんも昔、羊毛織物の職人だったんだ」
「え、本当? すごいね」
詩音の目が輝いた。蒼太は嬉しくなって、もっと話を続けた。
「うん。爺ちゃんの作ったマフラー、家に飾ってあるんだ。今度見せてあげるよ」
「うん、見てみたい」
会話が弾むうちに、作業も順調に進んでいった。しかし、最後の一頭が難しかった。おとなしくしていた羊が突然暴れ出したのだ。
「わっ!」
蒼太が驚いて後ずさりしたとき、足を滑らせてしまった。
「葛城くん!」
詩音が慌てて蒼太を支えようとしたが、二人とも倒れてしまう。
「いてて……」
気がつくと、蒼太は詩音の上に覆いかぶさるような格好になっていた。二人の顔が、数センチしか離れていない。
「ご、ごめん!」
蒼太は慌てて体を起こした。詩音も顔を真っ赤にして立ち上がる。
「大丈夫? 怪我してない?」
「う、うん。大丈夫」
気まずい空気が流れる。しかし、その時、逃げ出そうとしていた羊が二人の方に走ってきた。
「わっ!」
二人は同時に叫び、反射的に羊を抱きかかえた。羊は二人の腕の中でおとなしくなる。
「はは……」
「ふふ……」
思わず二人で顔を見合わせ、笑い出した。緊張が解けて、また楽しく会話しながら作業を再開する。
夕暮れ時、やっと全ての羊の毛刈りが終わった。二人は達成感に満ちた表情で羊舎を見渡す。
「やったね、葛城くん」
「ああ、詩音のおかげだよ」
蒼太は詩音の肩を軽く叩いた。詩音は少し驚いたが、すぐに嬉しそうな表情を浮かべた。
「ねえ、葛城くん」
「ん?」
「また、一緒に頑張ろうね」
詩音の言葉に、蒼太は大きくうなずいた。
「ああ、もちろんだ!」
羊舎を後にする二人の背中に、夕日が優しく差し込んでいた。この日の経験が、二人の距離をまた少し縮めたことに、まだ気づいていない。