第2話:「桜舞う祭りの夜、君との約束」
五月晴れの空が、街を覆っていた。蒼太は神社の境内で、友人たちと一緒に神輿の担ぎ手として準備をしていた。
「おい、蒼太! 早く並べよ!」
幼なじみの椿原陽翔に急かされ、蒼太は慌てて神輿に近づいた。
「わりぃ、わりぃ!」
蒼太が列に加わると、神輿はゆっくりと動き出した。
「わっしょい! わっしょい!」
威勢のいい掛け声が、街中に響き渡る。蒼太は額に汗を浮かべながら、必死に神輿を担いでいた。
ふと、視線を感じて顔を上げると、沿道に詩音の姿があった。彼女は友人の朝霧凛花と一緒に立っている。
「おーい、詩音!」
思わず大きな声で呼びかけてしまった。詩音は驚いたように目を丸くしたが、小さく手を振り返した。
「ふ~ん、詩音か。なるほどねぇ……」
陽翔が意味ありげに笑う。
「うるせぇよ」
蒼太は照れ隠しに強く言い返した。
神輿は詩音たちの前を通り過ぎていく。その時、蒼太は決意した。今年の春祭りで、絶対に詩音と話すと。
神輿を降ろした後、蒼太は人混みをかき分けて詩音を探した。ようやく見つけたとき、彼女は屋台の前で立ち止まっていた。
「詩音!」
蒼太の声に、詩音はゆっくりと振り返った。
「葛城くん……お疲れ様」
「ああ、ありがとう。楽しんでる?」
「うん。凛花と一緒に……」
詩音の隣には凛花の姿があったが、彼女はにやりと笑うと、「ちょっと用事思い出した!」と言って走り去ってしまった。
「あ、凛花……」
詩音が困ったように凛花を見送る。
「あのさ」蒼太は勇気を振り絞って言った。「よかったら、一緒に祭り回らない?」
詩音は驚いたように目を見開いた。そして、少し考え込むように俯いた。
「……うん」
小さな返事だったが、蒼太の胸に響いた。
二人で祭りを歩き始めた。最初は気まずい雰囲気だったが、屋台を回るうちに少しずつ会話が増えていった。
「羊の世話、慣れた?」詩音が小さな声で尋ねた。
「ああ、なんとかな。詩音のおかげだよ」
「私のおかげ……?」
「うん。いつも手際よくやってるの見てたから、参考になったんだ」
詩音の頬が、ほんのりと赤くなった。
二人は神社の境内に戻ってきた。夕暮れ時で、辺りはオレンジ色に染まっている。
「ねえ」蒼太が言った。「願い事、した?」
詩音は首を横に振った。
「じゃあ、一緒にしない?」
蒼太は詩音の手を取り、拝殿まで導いた。二人で鈴を鳴らし、深々と一礼する。
目を閉じて祈る蒼太。
(今年も、みんなが健康でありますように。そして……詩音ともっと仲良くなれますように)
祈りを終えて目を開けると、詩音が微笑んでいた。その笑顔に、蒼太の胸が高鳴った。
「なあ、詩音」
「うん?」
「これからも、一緒に頑張ろうな。飼育委員、勉強、なんでも」
詩音は少し驚いたような顔をしたが、すぐにうなずいた。
「うん。頑張ろう、葛城くん」
春の風が二人の間を吹き抜けていった。この瞬間、二人の心に小さな芽が生まれた。それが何なのか、まだ気づいてはいないけれど。