#6もしも変化があるのなら
月に一回の頻度で帰っている孤児院。
お正月だから孤児院に帰って、先生の手伝いをしていたら気がついたら三が日が終わっていた。年明けで何かと忙しかったけれど余裕ができて、そろそろ家に戻ろうかと優音ちゃんと話していた。先生からも提案されて、荷物整理をすることになった。
優音ちゃんとは相部屋だから、住んでいる家と比べると狭い。ここで生活しなくなっても、帰ってきたときのために部屋を空けてくれているのはありがたい。
優音ちゃんは荷造りに飽きてしまって、休憩という名目で他の子と遊びに行った。一人で黙々とカバンに自分の物を入れていく。
そろそろ終わるというところで、部屋の扉がノックされた。誰だろうと扉を開けると、そこには十五歳の男の子が立っていた。
絶賛受験生の彼はお正月休みなどないと言わんばかりに毎日勉強をしていた。そんな彼が私の部屋に来ることはないと思っていた。それどころか、今まで話すことはあっても部屋に来たことはなかった。何かあったのだろうか。勉強を教えてほしいと言われても私に受験の記憶はないから無理なのだけれど。
「光音さん。今時間ある?」
そういった彼の声に元気がなさそうで心配になった。
「うん。入っていいよ。あ、座る?」
今は優音ちゃんがいないから、この部屋は二人きりで話すには良い場所だ。男の子を優音ちゃんがいつも使っている椅子に座らせて、私も自分の椅子に座り彼のほうを見る。
「元気なさそうだね。どうしたの?」
「実は、俺、里親決まったんだよね。」
「え、すごい。良かったじゃん。」
孤児院において、里親が決まることはとてもおめでたいことだ。私たちは決まることなく、自立の道を選んだけれど。
「まあ、良かったっちゃ良かったんだけどさ。」
良い報告のはずなのに、彼の表情は暗い。
「なんか、ここで暮らしてた時間が長すぎて他の人のところで暮らすのに違和感しかないんだよね。俺にとって先生がお父さんでありお母さんだったから。」
彼は物心つく前から孤児院で暮らしていたそうだ。十五年間も続いていた生活が変わるのだ。無理もない。
「高校はどうなるの?この間希望校決まったって言ってなかった?」
「その人の家が希望校のどれともそれなりに近いところにあって。だからそれは心配ないんだけど。」
「緊張してるんだ。」
男の子はこくりと頷く。いつも明るい彼も、繊細なところがある。今まで知らなかった『家族』というものに触れるのは緊張するだろう。
今思えば、私も高校に初めて行くときには緊張していた。その時は感じていなかったみたいだけれど。ああ、私も変わったんだな。
「なんか、光音さん変わったよね。」
「え?」
心を読まれたのかと思うほど、考えていたことと同じことを言われて驚く。
「ふーん、自分でも気づいてるんだ。」
声は先ほどよりも明るい。けれど、目の奥が笑っていない。君は何を考えているんだ。わからない。
「いいなあ。なんか俺だけ置いて行かれてるみたい。でもさ。」
やめてほしい。それ以上言わないでほしい。
言われてしまえばそれが本当のことに思えてしまうから。
「昔の光音さんに戻っていっているみたいで、俺は怖いよ。」
そう言って、彼は立って扉のほうへ向かう。
扉の前で振り返った彼は、今までで見たことのない表情をしていた。
「じゃあね。光音さん。」
*
「えぇっ!光音、記憶戻ったの!」
「…そんなこと言ってないんだけど。」
はぁ、と光音がため息を吐く。
「だから、記憶があったときみたいに感じるって言われただけなの。私、記憶消したすぐから変わったと思う?」
「んー。」
孤児院から家に戻る道中。光音に話を聞いてほしいと言われたから聞いてみたけど、難しい話をされてよくわからない。
光音が変わったかどうかなんて、誰が見てもわかるんじゃないかな。本人はわかってないみたいだけど。
「楽しそうな顔することも増えたし、学校行き始めて変わったと思うよー。」
「適当だな。」
「そんなことないよ!いつも真剣だよ?」
光音は知らないんだ。楽しいも悲しいも、本当は感じているのに感じ方を知らない。
なんて、難しい話をわたしにしたのがいけないんだよ。そういうのは先生にしないと。今は家に戻る途中だからもう遅いけど。
空乃と二人きりで話してきたときも、ひとみちゃんのことをずっと気にしていたときも、今までの光音ならそんなことはしないだろうなと思って眺めていた。
それに比べて、何も変わっていない自分に気づいた。変わることが絶対に良いこととは思わないけれど、やっぱりもやもやする。
記憶を消す前の光音を私は覚えていない。だから、光音がずっと気にしているあの子の言葉を理解することはできない。でも、知っている人がそう言うんだから合っているんだろうな。
「あーもう!変なこと考えないの!ほら、学校始まってみんなに会えるの楽しみだね!ね、そうでしょ。」
「…。そうだね。」