おばあちゃんの決意
お昼休憩が終わろうとしている時、拓実が同席してきた。
「しいちゃん。今日も一緒に夕食どう?」
向かいの席では、佐藤と高山がさっきまで号泣していたくせに、ニヤニヤしてこっちを見ている。
「うん。いいよ。佐藤さん、高山さん、こちら幼馴染の早瀬拓実さん。拓ちゃん、こちら同期の佐藤さんと高山さん。」
こうもニヤニヤ見ていられたら紹介せざるを得ない。
「どうも。詩織がお世話になってます。【開発課】課長補佐の早瀬です。9年前からこっちに来ています。宜しく。」
なんか、カッコいい。サクッと‘詩織’って呼び捨てしたり、‘課長補佐’とか役職入れてくる辺り出来る男って感じ。
「うらやましいわ。私も主人に会いたくなっちゃった。」
「なんか、いいね。矢野さんの生前のご主人?」
いや、苗字違うし。二人ともなんか、勘違いをしているようだ。
「いえ、私の主人は存命なんです。彼は、私が24歳の時に少しだけ…」
「俺が死んじゃったから。でも、俺はご主人よりも詩織を思ってますよ。」
何それ?恥ずかしすぎるんですけど。あ、しまった。拓ちゃんに[思い]読まれる。
「ははは。そうだね、読んじゃった。じゃあ、3階のエレベーター降りたところで待ち合わせな。」
拓実はそう言って笑ったが、向かいに座っている二人はキョトンとしていた。
午後は近親者ではなく、ランダムにリストに記された家に訪問して聞き取りのお仕事をした。夫婦の本音や親子の本音を聞いたり、上司の悪口や、カップルの温度差が分かったり、不謹慎だけど結構興味深いものだった。
終業後、また48階のおばあちゃんの所へ拓実と食事をしにいくと伝えにいく。
「美代ちゃん。今日もまた拓ちゃんと一緒に…」
「ああ、わかってるわよぉ。なんか、いいわねぇ。私もケントくんに…いや、おじいちゃんに会いたくなってきたわぁ。」
おばあちゃんは、どことなく寂しそうに力なく笑った。
「ねえ。今日は美代ちゃんも一緒に行かない?」
「やだぁ。私はそんなに無粋じゃないわよぉ。二人で行ってらっしゃぁい。」
そう言って3階で降りる私の背中をポンと叩いた。
閉まりつつあるドアの向こう側で、おばあちゃんは優しい笑顔で手を振っていた。
「おばあちゃん…」
少し待っていると、拓実がエレベーターから降りてきた。
「お待たせ。お疲れ様。」
そう言って笑いかけてくれた笑顔で、おばあちゃんの寂しそうな顔がどこかに飛んで行ってしまった。
「今日は海鮮が食べたいな。」
「おっ、いいね。新鮮な取れたての魚。」
よく考えると、食材ってどこから来てるんだろう?取れたてって…どこで取れたんだろう?
「拓ちゃん、食材ってどこから来てるの?」
「下の世界からだよ。現世の漁師さんが取ってきた選りすぐられた魚や、農家さんの野菜や肉がこっちの世界へ転送されるんだ。食材だけじゃなくて、料理も一流の料理人が作った料理が転送されて来たり。でも物質そのものが来てるわけじゃなくて…」
「あ、もういいや。難しい話になりそうだから。」
「なんだよぉ、せっかく説明してるのに。」
拓実は呆れたような顔で遠くを見つめた。
「何見てるの?」
「あそこ。あそこにアミューズメントパークがあるんだよ。今度遊びに行こう。」
「すごい!!何でもあるんだね。」
二人は海鮮居酒屋の暖簾をくぐった。
「へい、いらっしゃい!!」
「俺、海鮮丼食いたい。あと、ビール。ジョッキで。しいちゃんは?」
「私も同じの。」
威勢のいい店員さんが厨房と思われる奥に向かって「海鮮丼2丁、生2丁。」と叫んだ。
「なんか、いいね、こういうの。ワクワクする。」
店員さんが運んでくると思いきや、ビールも海鮮丼もテーブルからふわっと現れた。
「厨房に向かって叫んだ意味あるのかな?」
「雰囲気出すために、叫びたかっただけじゃない?」
海鮮丼を米一粒残さず平らげて、ビールを飲みながら今日の出来事を拓実に報告した。
「今日ね、お父さんとお母さんの所に聞き取りに行ったの。なんか辛くてすぐ帰ってきちゃった。」
「そうか。俺も死んだあと、辛くてしいちゃんの所に行けなかったもんなぁ。」
「私は、行くまではちょっとワクワクしてたんだけど、行ってみたら二人の辛そうな顔で、居たたまれなくなっちゃって。」
「旦那さんの所へは?」
「行った。けど、只管謝るばかりで申し訳なくなっちゃって。」
「謝る?…どうして?」
「わからないけど。」
拓実は、考え込むように下を向いていた。
「しいちゃん、死因を調べようよ。」
「でも、出雲課長がすごく【トク】がかかるって。」
「そうだけど…うん、そうだな。これは、俺が払ってやることは出来ないからな。」
また暗い話になりそうだったので、急いで話題を変えようと必死に考えた。
「あ、おばあちゃんね、ストーム&ハリケーンのケントくんの大ファンでね。部屋にポスター貼ったり、ストラップに写真入れたりしてるんだよ。」
「美代子おばあちゃんらしいね。そういえば俺、中学生の頃、美代子おばあちゃんに『あんたジョリー事務所に入りなさいよ。』って履歴書送られそうになったことあるよ。」
「ええっ!?マジで?」
おばあちゃんってば。自分に女の子の孫しかいないからって、まさか拓実を男の子専門の事務所に入れてアイドルにしようと思っていたとは。
「俺も美代子おばあちゃんに会いたいなぁ。明日一緒にご飯食べようって誘っといて。」
「うん、わかった。伝えとくね。」
翌朝、おばあちゃんと朝食を食べている時に、昨日の拓実の話をしてみた。
「拓ちゃんが、今日一緒に夕食食べませんかって。」
「ええ、本当ぉ?いいのぉ?私がお邪魔して本当にいいのぉ?」
「美代子おばあちゃんに会いたいって言ってたよ。」
「まぁ。拓実君にも‘美代ちゃん’って呼ばせなくっちゃ。」
おばあちゃんはウキウキしているようだった。
「孫を拓実君に取られてちゃって一人で夕食だったからねぇ。」
「ごめんね。」
16階でエレベーターの扉が開いたので、私が降りようとすると、
「今日もお仕事頑張るのよぉ。」と、私を満面の笑顔で送り出してくれた。
その日の夜、拓実とおばあちゃんと食事に行った。
「どこ行きます?」
という拓実の質問におばあちゃんは
「拓実君の好きな所でいいわよぉ。」
と答えた。埒が明かなそうだったので、私が代わりに「天ぷらと日本酒。」と答えた。
2人とも笑顔で「いいね。」と言ってくれた。賛同を得られてよかった。
テーブル席に座ると、おばあちゃんは私の隣ではなく、お向かいに座った。
「あ、そっちに座るの?」
「だからぁ、私はそんなに無粋じゃないのよぉ。」
私の隣には拓実が座る。おばあちゃんはその様子を微笑ましそうに目を細めて見つめていた。
「拓実君久し振りよねぇ。」
「本当ですね。お久し振りです。」
「なんかぁ、二人を見てるとうらやましくなるのよねぇ。これってベターハーフってやつなんじゃないかしらぁ。」
「そう言ってもらえると嬉しいです。俺もそう思います。」
ちょっ…何言っちゃってるの?
「しいちゃん、二人とも[思い]は読めちゃうんだから、声に出しても同じよぉ。」
「恥ずかしいから止めて、そういうこと言うの。私には寛樹という旦那がいるのに。」
「もう死別してるから関係ないでしょう。」
「そうですよね。」
「いや、不倫になっちゃうでしょ。不倫したら【ゴウ】ができちゃう。」
「ならない、ならない。」
二人は一斉に否定した。
「しいちゃんの魂のゲージを見れば、どんな結婚生活だったか大体わかるのよぉ。拓実君の方が絶対に似合ってるわぁ。」
拓実も眉毛を上げておどけた顔はしているが、激しく同意するように何度も頷いている。
「なぁんか、二人を見てると、私ももう一度幸せな生活をしたいなぁって思っちゃうわねぇ。」
「【トク】積んじゃいますか?」
二人の言ってることがよく分からずにキョトンとしていると、おばあちゃんは
「私ぃ、【トク】貯めて早く生まれ変わるわぁ。暫くケントくんに会いに行くのも我慢するぅ。」
と宣言した。
「え?おばあちゃん。生まれ変わっちゃったら私のお世話係は?ていうか、寂しいじゃない。」
「お世話係はそろそろ終わりよぉ。もう独り立ちねぇ。それに来世でまた縁が出来るから大丈夫よぉ。明日からお仕事により励むわぁ。」
拓実は笑って聞いていたが、私は複雑な気持ちだった。
次回、詩織の勝手な行動で小さな事件がおきます。