爪痕
黒田澄香の一件が解決し、数日間の休日の後、日常が戻ってきた。
私は受付ブースに座り、いつもの業務へと戻った。
「詩織さん。おはようございます。今日のお昼どうします?」
「ありさちゃん、おはよう! 3階の和食屋さんでも行っちゃう?」
「いいですねー。私達、頑張りましたもんねー。贅沢しちゃいますか。うふふ。」
芳澤ありさは相変わらず可愛い。そんな笑顔で小首を傾げられたら、そりゃケントくんだってイチコロなのは納得だわ。
「聞きましたよ。何でも今回の勝因は、詩織さんと早瀬さんの愛の力だったらしいじゃないですか。」
「え? ちょ…ちょっと…ありさちゃん…何言ってるの…?」
「流石ですねー。私、早瀬さんから詩織さんへの想いの方が強いと思ってたんですけど、詩織さんもなかなかの想いだったんですね。」
私は自分の顔が、みるみる熱を持って行くのを感じて、何とかその話題を変えようと必死になった。
「そ…そういうありさちゃんだって、ケントくんとどうなのよ?」
「あー、一緒に戦ってみて頼りになるなーとか、カッコいいなーとか思ったから、OKしちゃいました。」
OKって…もしかして…
「そうなんです。これ…」
そういいながら、首元から鎖を引き上げ、ピンク色の中にオーロラのような輝きを放つ半球の石を引っ張り出した。
「とうとう? ケントくんの想いが成就したんだね。」
「ちょっと重いかな?とも思ったんだけど、ま、いっかって思って。」
…やっぱりありさちゃんとケントくんじゃ想いの比重が違うらしい…頑張れ、ケントくん!!
ランチタイムに、朝から芳澤ありさと約束していた通りに3階の和食屋さんへと出向いた。
「何食べよっかなー。 私『特上にぎり』いっちゃいます。詩織さんは?」
「私もそれにしよっかなー。 私達頑張ったもんねー。ご褒美、ご褒美。」
ランチタイム料金とはいえ、立派なお値段のお昼ごはんを食べながら、芳澤ありさに戦いのことについて根掘り葉掘り聞かれた。
彼女はエントランスで戦っていたので、145階でどんな戦いになっていたのかを知らない。
逆を言うと私も145階に移動してからのエントランスでのことは何も知らないのだ。
二人で戦いの様子の情報共有していると、ふと芳澤ありさがこんな事を言い出した。
「ああ、あいつが暴れて体当たりしたから寿命管理システムが損傷しちゃったんですね。なるほど、そういう事か…」
「寿命管理システムが損傷…?
ねえ、それって何か問題があるのかな?」
「よく分からないんですけど、転生予約が出来なくなってるみたいです。」
「ふーん…」
私はこの時、それがどんな大変な事かを分かっていなかった。
ランチタイムを終えると、伏見課長から呼び出しがあった。
「神崎さん、お時間を頂いてすみません。実は…」
伏見課長は、言い難そうに、申し訳なさそうに話し始めた。
「145階での戦いにおいて、寿命管理システムが損傷してしまいまして…転生予約が稼働出来ない状態になっておりまして…」
まるで、上司に怒られて言い訳している部下のように話している伏見課長に、
「それが私に何の関係があるのでしょう?」
と聞いてみた。
しばらく話せずにいた伏見課長をじっと待っていたが、ようやく口を開き、更に言いにくそうに、
「転生予約が出来ないという事は、転生出来るだけの【トク】が貯まっている場合、自動的に転生させられる事になります。」
私は、すぐには理解出来なかった。でも、
「早瀬さんが転生してしまう、という事になります。」
伏見課長のこの一言で、大事だという事をやっと理解する事が出来た。
え…どうしよう…拓ちゃんいなくなるの?
あと2話で完結します。
次回の更新は3月30日土曜日7:00の予定です。




