再会
急いで執務室へ戻る途中、「しいちゃん?」と呼び止められた。懐かしいこの声、絶対彼だ!!私がこの声を忘れる訳がない。
「拓ちゃん!!」
突然の再会に涙が溢れてしまった。
彼は早瀬拓実。家族ぐるみの付き合いで、小さい頃からいつも一緒にいた。幼馴染の2歳年上の大好きだったお兄ちゃんだ。優秀な大学を入学も卒業も上位でするような頭のいい人だったので、よく勉強も教えてもらっていた。私が大学を卒業して社会人2年目の時、お互いに妙に意識するようになり、自然と付き合い始めたが、9年前に事故で亡くなってしまった。
「拓ちゃん。会えて嬉しいよ。」
「俺も嬉しい。なんでこっちに?」
「うーん、なんでなんだろう。わかんないの。」
「わからない…?」少し考え込んだ後「いつから?」と聞かれた。
「今日が初出勤なの。【聞き取り課】に配属されたばっかり。拓ちゃんはどこ?」
「みんな最初は【聞き取り課】に配属されるからな。俺は今【開発課】の下鴨課長の補佐なんだ。」
少し離れたところから、佐藤さんと高山さんが目配せをしている。
「拓ちゃん、もう行かなくちゃ。」
「しいちゃん。俺今37階なんだ。終業後に少し話そう。」
「わかった。後でね。」
そう言って別れたが、ウキウキが止まらなかった。拓ちゃんに会えた。これだけで、もう何もいらない気がした。
午後からは、5~6人ずつに分かれて、色々なお寺や神社を回った。
沢山のお願いを聞いて、用紙に書き込む。それを社に持ち帰って【採用】【不採用】に分ける。この【採用】と【不採用】って誰が決めてるんだろう?偉い人達が会議開いて決めてるのかな?出雲課長の持っているあの台帳って何が載ってるのかな?まだまだ、わからないことばかりだけど、1日目の仕事は終わりを迎えた。
執務室を出るとそこには、朝おばあちゃんが言っていた通りに、数十基のエレベーターが出現していた。
まず、迎えに来てくれると言っていたおばあちゃんに、拓ちゃんと会った話をしようと【企画課】へ向かう。
48階では、丁度おばあちゃんが執務室から出てくるところだった。
「おば…美代ちゃん。」
呼び止めると、おばあちゃんはこちらに振り返った。
「ねえ、拓ちゃんに会ったの。拓ちゃんがいたの。」
興奮する私に、おばあちゃんは優しく微笑みながら、
「そう。会えるの早かったわねぇ。ゆっくり話したいでしょ。一緒に食事にでも行ってらっしゃぁい。」
そう言いながら、エレベーターの下へ行くボタンを押した。
「明日もお仕事なんだから、あまり遅くならないようにねぇ。」
下に降りるエレベーターに二人で乗り込み、私は37階のボタンと住宅棟に続く2階のボタンを押した。
おばあちゃんは、37階で降りようとする私の後ろ姿に、
「よかったわねぇ、しいちゃん。また明日ねぇ。」と言ってくれた。
【開発課】の執務室からたくさんの社員が家路につこうと流れ出てきている。
人の流れが一段落した所で、入口から中が見えた。
あ、拓ちゃんだ。
誰かと真顔で話している拓実が、こちらに気付いて、笑顔になった。
「しいちゃん。お疲れ様。」
「今のは誰?お仕事途中じゃないの?大丈夫?」
「ああ、今話してたのは【開発課】の下鴨課長だよ。基本的に、この世界では残業なんてないから、仕事は終わり。大丈夫だよ。」
そう言って笑う顔が、昔と何にも変わっていなくて、途端に懐かしさが込み上げた。
「しいちゃん。ご飯食べに行く?」
「うん。行こ。話したい事いっぱいある。」
エレベーターに乗り3階へ向かう。
「3階って、おばあちゃんと朝ごはん食べたラウンジ?」
「ああ、ラウンジで朝ごはん食べたんだ。その他にもレストランやバーなんかもたくさんあるよ。何食べたい?」
「ううんとね…朝はステーキ食べたから…」
「朝ごはんにステーキ?さすが、しいちゃん。昔から肉食だもんね。」
「ちょっとぉ、人を猛獣のように言わないで。」
二人で笑っていると3階でエレベーターの扉が開いた。
「久しぶりだから、前によく一緒に食べたパスタとかどう?」
「うん、いいね。」
ラウンジの横を右に曲がると、そこには都会を凝縮したような街並みの風景があった。
「すごい!!何でもあるんだね。」
「そうだね。ここは快適だよ。何年いても飽きないようになってるんだ。」
「おばあちゃんも、そう言ってた。快適だって。」
店内に入ると、「2名様ですか?」と声をかけられた。
「ねえ、拓ちゃん。あの人も亡くなってるってことだよね。」席に着きながら、拓実に聞いた。
「そうだよ。ここも、ヘブンズ・カンパニーの一部で、あの人も社員なんだ。【サービス課】の人達だよ。
「配属ってどうやって決まるの?私もそのうちレストラン勤務になったりするの?」
「それはないと思うよ。しいちゃんが生前働いてた職業を元に考慮されてるから。」
「ふーん。」
「それよりしいちゃん。死んだ理由が分からないって言ってたよね。」
「そうなの。気が付いたら、こっちの世界に来てた。」
「そうか…病気とかあった?」
「ううん。健康だったと思うよ。子供は出来なかったけど。」
「子供?結婚したの?」
拓実は驚いて、息を飲んだ。
「うん。4年前にね。同じ会社の人と。」
「じゃあ、神崎詩織じゃないのか。」
何だか、がっかりして見えるのは気のせいだろうか。
「そう、矢野って苗字になったの。」
「しいちゃん、俺の‘およめさん’になるって言ってたよね。」
拓実は取り繕うように少し冗談っぽく言った。
「そんな…子供の頃の…だって、拓ちゃん事故で死んじゃうから…」
少し間を置いて、拓実は絞り出すように言った。
「俺、事故死じゃないんだ。」
「え?」
「俺、殺されたんだ。」
「どういうこと?誰に?」
「こっちに来て暫くは、俺自身も交通事故で死んだと思っていたんだ。でも調べたら殺されてた。」
「犯人は?捕まってるの?」
「いや、まだ捕まってない。」
「なんで?拓ちゃん、人に恨まれるような人じゃないじゃない。」
「俺もそう思ってたけど…だから、しいちゃんの死因がわからないっていうのを聞いて、もしかしたらって思ったんだ。」
拓実はテーブルに向かってストラップを振った。
「とりあえず、今日は暗くなる話は止めて、再会を祝して乾杯しよう。何頼む?」
ふわっと食前酒のシャンパンが現れた。
グラスを少し上げながら乾杯し、口に含んだ。
「俺、トマト系のパスタにしようかな?しいちゃんは?」
「じゃあ、私はクリーム系にする。」
「サラダは?」
「魚介のサラダがいいな。あ、カルパッチョも。」
明るく振舞っているけど、さっきの強烈な拓実の告白が気になって仕方がなかった。
きっと時が来たら話してくれる。
そう考えそうになって、ふと止めた。拓実に[思い]を読まれてしまうから。
程なくして料理も並んだ。
「シェアする?」
「するする。」
こっちに来てからまだ3食しか食べてないけど、何食べても美味しい。正に天国だ。
ほろ酔いの心地よい感じで、部屋のドア前まで送ってもらって、拓実も自分の部屋へと帰って行った。
軽くシャワーを浴びてベッドに入ったが、さっきの「殺された」発言が気になって寝付けなかった。
次回、飼い猫のミィ太も出てきます↼