後日の出来事
実は、ベターハーフの石についてはよく分からないまま受け取ってしまった。
何となく、美味しいご飯を食べて、美味しいお酒を飲んで、雰囲気のいいお店で跪かれて、ずっと一緒にいたい的な殺し文句を言われて…正直、雰囲気に流されて受け取ったことは否めない。
この石を二人で分けて持つという事は、何度生まれ変わってもずっと一緒に歩んでいくという約束をしたという事で、魂同士の結びつきを意味している。一度石を分けたら、他の魂とは結び付けない。私が思っていたよりも重い約束だったという事だ。
「え?受け取った時、感動の涙を流してたよね?」
拓実が死ぬほどガッカリしている。いや、潤んではいたけど、涙は流してないし…
「あのね、拓ちゃん…後悔している訳じゃないの。ただ、もうちょっと説明して欲しかっただけで…。拓ちゃんとは一緒にいたいんだよ?」
あ…すねちゃった。黙り込んで無表情になってる。
私だって、拓実と一緒に歩んでいきたい。でも、ベターハーフの石の意味を理解した上で渡されたら、もっと感動していたんじゃないかと思っているだけで。
「ごめん。言い方が悪かったよね。すねないでよ。もちろん、意味が分かってても受け取ったよ。受け取ったし、もっと感動して号泣してたと思うよ。」
拓実は無表情のまま微動だにしない。
「ごめんね。何でも言う事聞くから許して。」
「何でも…?」
やっとこっちを向いた拓実にもう一度言ってみた。
「何でも言う事聞くから。」
「ほんとに?」
決して安くなかったであろうベターハーフの石を購入して緊張しながら渡したのに、渡した相手から文句言われるなんて思ってもみなかっただろう。そんな仕打ちをしておいて言えた義理もないけど、どんなお願いをされるか怖い。
「あ、でも一つだけね。」
「じゃあさ、もう矢野の姓を名乗るのやめてくれないかな。」
なるほど。そうきたか。将来を約束している相手に違う男の姓を名乗られたら面白い訳がない。
「姓を変えること出来るの?」
「出来るよ。【寿命管理課】に申請すれば。」
なんだ、そんな簡単に変えることが出来るのか。自分を殺した男の姓をいつまでも名乗っているのも可笑しな話だ。
「役所で離婚届け出す感じ?」
「そうだね。」
「あの…私、早瀬になるの?」
「うーん…俺もそれが出来るか分からないから、取り敢えず神崎に戻そう。お墓も仏壇も神崎の家にあるんだから、それが自然だろ。」
それもそうだね。割とまともで簡単な内容にホッとしていると、拓実が悪い笑顔になりながら
「後ね…」
と、言うので
「一つだけって言ったでしょ。」
と釘を刺した。
翌日、お昼の時間に拓実と待ち合わせて145階の【寿命管理課】に行った。
「矢野さん。じゃあ、こちらの書類に記入して提出して下さい。あ、それから早瀬さん。こちらの書類がまだ提出されてないのでお願いします。」
拓実が渡されたのは、[転生希望申請書]だった。
「あ、忘れてました。すいません。今書いて出します。」
拓実には、もういつでも転生出来るだけの【トク】が貯まっている。その場合、転生するかしないか本人の希望を記入して、この書類の提出が必要になるらしい。
前に私の【トク】が貯まるのを待ってくれると約束した通り、拓実は[希望しない]に丸をつけて提出した。
私の方の書類はというと、[変更届け]と書いてある簡単な物だった。
「何かを変更するには、何でもこの書類みたいだね。」
私は、その書類の変更内容の箇所に[苗字]と、備考欄に[矢野→神崎]と記入して提出した。
「はい。神崎さん受理されましたよ。ご確認ください。」
自分のストラップを確認すると、確かに神崎詩織になっていた。
下の世界で4年…こっちに来てから1年経ったので、合わせて5年の間、[矢野]を名乗ってきたのにこんなに一瞬で神崎に戻った。何となく複雑な心境だった。それに引き換え、拓実は嬉しそうに笑った。
ベターハーフの石を受け取った後、詩織の余計な一言でトラブルが勃発しそうになりました。
次回は芳澤ありさのSSです。




