SS 伏見課長
私がこのヘブンズ・カンパニーで【振り分け課】課長に就任したのは、かれこれ1300年ほど前の話なんですが…
当時の日本は、今とは違ってそれほど便利な世の中ではなかったと記憶しています。
ヘブンズ・カンパニーも、下の世界程ではなくても今よりもずっと不便だったと思います。
ストラップの機能も今より少なかったし、何よりもストラップ自体が木札に麻紐でしたし、食事をするにも給仕する方がいて、テーブルから食事が出てくるなんて考えられない世の中でした。
その後、【閃き課】が発足して、色々な便利なアイデアを生み出してくれました。生まれたアイデアは、下の世界でカタチにしてくれそうな人に、どんどん閃きという形で与えていったのです。
そうして、今のハイテクノロジーの世の中になっていきました。
この【振り分け課】はというと、【寿命管理課】に次いで古くからある課でした。
まず、下の世界で寿命を向かえてここにやって来た方々が迷ってはいけないと、この課が出来たと聞いています。
そんな大事な課を私に任せていただけるなんて思ってもみませんでした。
課長に就任するには様々な誓約があり、課長である以上は責任を持って臨まなければなりません。転生を望まないこと、一般社員を守ること、50年に1度の護身研修受講の必須。まず弊社に危険が迫るようなことがあれば、最前線に立たなければならないというのは当然です。
私がここに来る前、下の世界に生息していたのでしょうか?その頃の記憶が全くありません。あまりにも昔のことで忘れてしまったのでしょうか?それとも、生活基盤が下の世界には無かったのでしょうか?
一般社員の方々がよく生前のお話をされているのを聞きますが、私にはそれが出来ません。私だけが生前の記憶がないのかと思い、一度【聞き取り課】の出雲課長に相談をしたことがあります。
「私にも下の世界の記憶がありませんよ。でも、想像で自分の生前の姿を創り上げることにしました。私は先読みすることが得意だと自負しておりますので、棋士であったことにしています。案外、自分の人物像を決めるのは楽しい物ですよ。
下の世界での私たちの記憶は、消えてしまったのか、それとも最初から存在してないのか…どちらかでしょうね。」
出雲課長は、そんなことは取るに足らないこととばかりに笑いながら仰っていました。
課長たる者、このくらい器をどぉーんと大きく構えていた方がいいのでしょう。参考にさせていただくことにいたしましょう。
最近の【振り分け課】では、何やら積極的な女性がお二人いらっしゃいます。
芳澤ありささん。彼女は大学生の時にストーカー…と言うんでしたっけ?まあ、好意を持たれた方に殺されてこちらにいらっしゃいました。可愛さ余って憎さ百倍とでも申しましょうか。
何せ1300年もの間に目まぐるしく技術も言葉も進歩しているので、多少ついていけない所はございますが、そんなに言葉の意味がズレているという事もないと認識しております。
それから、矢野詩織さん。彼女はご主人に殺されてしまったようですね。こちらにいらした当初はご自分の死因もご存じなかったようですが、高い【トク】を支払うことなくあっさりとご自分の死因をご理解されたようです。
お二人共、こちらで愛する方を「げっと」…こういう時に使うんですよね? 「げっと」されて、生活を謳歌されているようです。
このお二人の積極性で、ヘブンズ・カンパニーの長い歴史の中で初めて「護身術部」なる物が発足いたしました。お陰様で50年に1度、護身研修を受けてはいるものの、武器の扱いがテンでダメな私も良い練習の場となっております。八幡課長や妙見課長のように、武器の名手を目指して頑張りたいと思っております。
そんな折、受付にいらした矢野さんから連絡が入りました。その時私は、申請書などの書類に目を通して押印などの仕事が山積みでしたが、事が事…オンブロが出たと聞いては飛んでいかない訳にはまいりません。
オンブロが現れた時の対処法などのマニュアルがあったと思うのですが、調べている時間も勿体ないと思い、受付に駆け付けました。…これがいけなかったようです。
近付いて話を聞いてみようとお声がけをさせて頂いたのですが、その方と目が合うと…
いや、あの…その方の目の色や目の形は覚えているんですよ。瞳には黒紫の奥に渦巻くような怪しいものがあったんですよね。
あ…これは…
そう思った時にはもう遅かったようです。私の意識はここで途切れてしまいました。
その後は、なんだか夢を見ていたようです。
薄汚れた丈の短い着物を来て、今にも鼻緒の切れそうな草履を履いた子供の姿が見えた気がします。もしかしたら、あれは私なんでしょうか?
粗末な食卓を囲んで、母親らしき人と沢山の兄弟と共に笑顔の少年がおりました。
「朝臣、草履を寄こしなさい。この布を割いて鼻緒を結び直すから。」
貧しくても、幸せなひと時のようでした。
少し立派なお屋敷に丁稚奉公に出されました。貧乏人の子だくさんの家にはよくある話です。番頭さんも旦那さんも良い方だったので、それほど悲惨な目には合っていないようでした。
「伏見課長!伏見課長!!」
そう呼ぶ声で、見ていた夢が終わりました。
意識は戻りましたが、どうにも体が動かせません。唇も動かせないので喋ることも出来ません。
愛昏主任は、私に不思議な味の液体を飲ませながら、
「良かった。意識は戻りましたね。もう暫くは動けませんよ。このラモリール液を飲んでればすぐに治りますからね。」
と、仰っていました。
数日後、やっと手足が動く様になったので職場復帰をすることになりました。まだあまり唇を動かすことが出来ないので、上手くは喋れませんが…
「ほはひょうほはひはふ(おはようございます)。」
「伏見課長!!」
皆さんが口々に私の名前を呼びながら拍手で復帰を喜んでくださいました。
「伏見課長、大丈夫でしたか?」
「ひゃのはん、はいひょうふでふ(矢野さん、大丈夫です)。ほひんはいほおはへひまひは(ご心配をおかけしました)。」
ふと、芳澤ありささんに見つめられながら言われました。
「伏見課長。いつもにも増して何言ってるか分からないですね。だったら、[思い]で会話すればいいんじゃないですか?」
それもそうです。
私はよくズレているとか、的を射ないとか言われています。こういう所なんでしょうね。
伏見課長も無事帰ってきました。最近、拓実の出番が少なかったので、次話は拓実に登場してもらおうかな…未定ですが…




