地下13階
先日のアミューズメントパークの一件を伏見課長や下鴨課長に、拓実とケントくんと芳澤ありさと松下啓介と5人で報告した。
「そうですか。オンブロが松下さんに…よく事なきを得て…早瀬さん流石です。よく思いつきましたね。」
「あ、いや…まぁ…。」
拓実は桃源郷の効能に気が付いたのが、私とイチャつこうとしたアノ時だという事は言えない。
伏見課長はメガネを押さえながら、こちらをチラリと見た。
…な…なに?伏見課長ってば、こういう時ばっかり感がいいとか言わないよね…
「これからもこういうことがあるかもしれません。気を引き締めないといけませんね。」
私たちは強く頷いた。
「それから、松下さん。恨む心や妬む心は厳禁ですよ。」
「はい。気を付けます。」
「ところで、早瀬さん。私と一緒に地下13階へ視察に行きましょう。」
私と芳澤が地下13階に行く時はお使いと称して、内密に組まれたのに…
「芦谷さんと松下さんも行かれますか?」
芦谷さん…?芦谷さんって誰?
ケントくんがこっちを向いて「俺だよ。」と言った。
「え?ケントくんって芦谷ケントっていうの?」
「賢い人で賢人な。芦谷賢人が本名だよ。」
「ふーん…賢い人ねぇ…」
芳澤ありさが意味深にそう言った。何があったんだろう…?
「あの、話を戻しますが…視察されますか?」
「俺も行きたいっす。でも、うちの浅間課長に相談していいっすか?」
「もちろんです。松下さんはどうされますか?」
「俺は今すぐには…この弱い心を強く出来たら行きます。」
「分かりました。」
「あの…早瀬さんとなら私ももう一度行きたいです。」
「矢野さんも…大丈夫ですか?」
「この前は勝手がわかっていなかったので、ちゃんと分かった上でもう一度確認しに行きたいです。」
私の立候補に、芳澤も
「私も…芦谷さんが行くなら…」
うん。二人は順調みたいだね。よかった。
その日のうちに下鴨課長と一緒に、地下13階への視察になった。
37階の【開発課】で、下鴨課長は鍵付きの引き出しから真っ黒なカードを出し自分のストラップに入れて一振りした。すると、デスクの後ろに真っ黒のドアが現れた。
「この前、お二人には行っていただいたのでご承知だとは思いますが、このドアは出しっ放しには出来ません。この時計をお渡ししておきますが、‘5’を指すまでドアは出ません。
そして、その時計には懐中電灯機能がありまして、このボタンを押すと明るくなります。」
え!?伏見課長…この前そんなこと聞いてないんですけど…?
下鴨課長の説明を聞きながら、芳澤と顔を見合わせた後、伏見課長の方に視線を投げると、バツが悪そうに目をそらした。
「…言い忘れていました。申し訳ない…」
皆で時計をはめていざ出発だ。私には拓実が、芳澤にはケントくんがいるので、この前ほどの不安はない。何といっても、今回は`視察‘って言われてるし、下鴨課長も一緒だ。
「あの…伏見課長は行かれないんですか?」
「はい。私は留守番で…帰って来られる時にドアを出さなければいけないし…」
なんだか、もごもごとはっきりしない。さては、地下13階が苦手なんだな。
時計はキラキラとした砂が回転している。今は、時々止まって0と1の間を指している。
真っ黒なドアを通ると、途端に空気が重く冷たくなった。
薄暗い廊下で、下鴨課長が時計のライトを点灯させた。
「一人分の明かりでも十分ですね。」
この前の暗さと怖さとの闘いはなんだったんだろう。
全員がドアを通ると、伏見課長が消したようでドアが無くなっていた。
「ここで、働いている方々には話しかけてはいけません。‘声’に色々言われますが、それにも答えてはいけません。話していいのは波出主任のみです。
「あの…声って?」
ケントくんが恐る恐る聞いた質問に対し芳澤が、
「行けばすぐに分かるよ。」
とだけキリッとした顔で答えた。
「さあ、行きましょう。」
「ここ、これだけ明るくてもオドロオドロしいのに、ありさちゃん暗い中でよく行ったね。」
「でしょ。凄く怖かったんだからぁ。」
何か…ラブラブな会話だ。
ケントくんと芳澤は手を繋いで歩いている。それがちょっと羨ましいのでチラリと拓実の方を見てみた。
「これは、仕事だから。」
きっぱりとお断りされた。拓実は下鴨課長に遠慮してオンオフをはっきりさせているんだろうか。今まで甘々だったくせに、こういう時は冷たい。と思っていたら、
「何かあったら俺が守るから。」
と耳元で囁かれた。うん。甘いのは結構なんですけど、手を繋いでほしいんだけどなー…
キーーンと耳鳴りがした。みんな一斉に耳を押さえた。
下鴨課長も苦笑いをしながら、
「これがなければ、視察もそんなに大変じゃないんですけどね。」
と言っていた。
狭い廊下を曲がると、汚れたガラス張りの部屋が見えた。今日もたくさんの人たちが前に来た時と同じように、大きな円筒の中で柱に繋がれた鎖を引っ張っている。只管、歩き続けている。血まみれになりながら転んでいる人もいる。転んだ衝撃で古い血のような液体が辺りに飛び散っている。この前よりも明るい分、嫌な部分も見えてしまう。
「波出主任。どうも、ご苦労様です。視察に参りました。」
「下鴨課長。お疲れ様です。課長自ら視察ですか?」
「はい。先日、3階にオンブロが出現しまして。ドアの確認をしに来たんです。」
「え?オンブロが? わかりました。では、ご案内いたします。」
いくつもの円筒形を通り過ぎて、人が一人やっと通れるほどの狭い廊下に出た。その狭い廊下には四方八方からこちらを向いて筒状のカメラのような装置が配置されていた。
「ちょっと待っててください。」
そう言うと波出主任はストラップを翳し、装置を解除した。
全員が通り過ぎるのを待って、またストラップを翳し装置をオンにした。
廊下を暫く進むと、かなり広く天井も高い所に出た。正面には見たこともないような巨大な鋼鉄製のドアがあった。ドアにはいくつもの紋が刻まれていて、圧巻と言うに相応しい物だった。
「異常はないようですね。今は私の課紋しか光っていないですし。」
「カモン?」
「はい。課の紋です。今、あそこに光っているのは私の課【開発課】の紋です。」
「各課に紋があるんですか?」
「ありますよ。各執務室へのドアに刻まれているでしょう。」
そう言えば、ドアにあった。各課で違う紋だったんだ。考えたこともなかった。
「これが、5つ光らないとこのドアは開かないという訳ですね?」
「そうです。早瀬さん。さすがご存じなんですね。では、戻りましょうか。」
私たちは来た道を戻った。途中、またあの低い嗄れ声が頭に響き始めた。
「お前なんか、クズだ。世間のゴミだ。消えてしまえばいいんだ。」「消えろ。消えろ。消えてしまえ。」「恨むぞ。恨むぞ。」
この声は頂けない。私はまた前に進めずにしゃがみ込んでしまった。
「詩織!」
拓実が私を抱きかかえ、颯爽と来た道を戻る。
下鴨課長も、手を繋いだままのケントくんと芳澤ありさも「おおっ」という顔で拓実の雄姿を見守ってくれた。
戻ってくると丁度時計が5を指し、ドアが現れた。
「ナイスタイミング!」
ケントくんがそう言いながら、ドアを出してくれた伏見課長とハイタッチをした。
執務室に戻って来ても拓実はまだ私を抱きかかえたままだったので、
「拓ちゃん、降ろして。」
と言ったら、
「大丈夫か?」
とゆっくりと降ろしてくれた。
「ラブラブですねー。」
と、手を繋いだままの芳澤ありさに冷やかされた。
は…恥ずかしい…でも、芳澤さんもラブラブじゃないのー。
こうして、二度目の地下13階訪問は終わった。
次の更新も未定です…が、なるべく早く頑張ります。




