聞き取り課
「本日より勤務の皆様、こんにちは。わたくし課長の出雲と申します。宜しくお願いします。この【聞き取り課】では、現世に住まう方々の希望を聞いて、レポートを作成し、上に報告するのが主なお仕事です。最初は吟味する必要はありません。とにかく希望を書き留めて報告することに慣れましょう。」
私の他に沢山の人が並んで話を聞いていた。どうやら、この人達が同期らしい。
「では、この用紙を配ります。まず私に追いて来てください。」
出雲課長に追いて執務室を出ると、出退勤時にあるエレベーターではなく、謎のドアが出来ていた。ドアを出ると、とある神社だった。
年老いた女性が少し震える手で柏手を打ってこう祈っていた。
「神様、どうか主人の病気が治りますように。」
あれ?現世の人達の[思い]は聞き取れる…
不思議に思いながら、先程の説明の通りに、受け取った用紙に「ご主人の病気を治したい」と書き込んだ。切実な願いに、叶えてあげたいと強く思った。
次の参拝者は小さな女の子だった。
「かみさま、しょう君のおよめさんになりたいの。」
微笑ましい。実に微笑ましい。自然と笑顔になりながら、このお願いも用紙に書き込んだ。
続いての参拝者は、どうやら受験生のようだ。
「神様、次の模試はA判定がもらえますように。」
頑張れ!!と思いながら用紙に書き込んだ。
次、そして次と、どんどん書き込んでいった用紙には、お願いでいっぱいになった。
「それでは皆さん、一度帰社します。」
「皆さん、どうですか?聞き取れましたか?」
出雲課長は、新入社員達の用紙を覗き込みながら、「うん。いい感じですね。では、この一覧表と照らし合わせて先程の願いを【採用】【不採用】に分けてみましょう。
【採用】の用紙はこちらのボックスに、【不採用】の用紙は、こちらのシュレッダーにかけてください。」
一覧表には、老女の「神様、どうか主人の病気が治りますように。」という願いは不採用になっていた。
「…そんな…おばあさん可哀そう…」
そう呟きながら出雲課長に目を移すと、
「ああ、先程の老女のご主人の件ですね。その方はあと2週間ほどで、こちらにいらっしゃることになってますね。寿命については、こちらではどうする事もできないですから。」
そう淡々と話す出雲課長の言葉に、ハナエさんと旦那さんの事を思い出していた。
お互い想い合っていれば何年かの後には一緒になれるんだから仕方ないのかな。私も寛樹と離れちゃってるし。
「そうですね。彼女には何年か待っていただきましょう。いや、1年足らずで一緒になれるようですよ。」
と、出雲課長は何やら台帳のような物を見ながらそう言った。
次の幼い女の子の願いも【不採用】
幼いピュアなお願いも不採用とは…
「その子は将来、かなり年上の裕福な男性と結婚しますよ。」
…なるほど。是非幸せになってくれ。
その次の受験生は【採用】。希望の大学に入れるといいね。
次々に【採用】【不採用】に振り分け、なんとなく仕事のコツも掴んできた。
昼食の時間。食事を摂るのは、朝ごはんのお洒落な広いラウンジとは違う場所で16階専用の広めのフードコートのような社食だ。場所は違うけど、メニューの豊富さは大差ない。
「ねえ、今日から【聞き取り課】勤務の人よね。」
声を掛けられた方に振り返ると、若い女性と男性が立っていた。
「あたし、佐藤としえ。65歳で病死だったの。よろしくね。」
自己紹介で死因って、なんかシュール…
「俺は高山登。48歳で山に登ってて滑落死しちゃったんだ。友達からは『ノボルが高い山に登って死んだ』ってバカにされてると思う。はははっ。」
笑えない…私にはこのブラックすぎるジョークは、まだ笑えない…
「私は矢野詩織です。33歳で…どうして死んだのかわかりません。」
「ふーん。早くわかるといいわね。」
「死因が分からないって、殺されてたりして。はははっ。」
高山さんってデリカシーないんだなとカチンときながら
「私、誰かに恨まれるような人間じゃないと思うんだけど。」
と返した。少しムっとした顔をしていた私に気付いたのか、
「ああ、すまんすまん。仕事慣れた?」と高山は急いで話題を変えようとしていた。
「少しだけ。佐藤さんは?」
「あたし60代だったから、20代のこの体と脳みそが使いやすくてね。お陰様で1日目ですっかり慣れたわ。」
「朝、起きた時に体調いいですよね。」
「あらやだ。30代でもそう思うの?ほんの10年くらい遡っただけなのに。」
「俺は、生前から健康に注意して運動もたくさんしていたから、そんなことはないな。はははっ。」
「でも、過信し過ぎて亡くなったんじゃないですか?」
…あ、やばっ。言わなくていいキツい事言っちゃったかも。
「そりゃそうか。はははっ。」
笑ったよ。こんな嫌味たっぷりのブラックな言われように笑ったよ、この人。もしかしたら、そんなにイヤな人じゃないのかも。同期だし、仲良くやっていこう。
「残してきたご家族のこと、心配じゃないですか?」
「心配よね。でも、どうやらこの【聞き取り課】って、場合によっては、家族の様子とか見に行ったり、思いを聞き取ったり出来るらしいわよ。」
「そうなんだ。俺、息子がまだ小さいから見守りたいんだよ。」
「見守りは【見守り課】っていうのがあるらしいわ。」
「佐藤さん詳しいですね。」
「私のお世話係が細かく教えてくれてね。」
おばあちゃんってば、肝心なことを教えてくれていないのかもしれない。様子見に行くのに【トク】がかかるって言ってたし。
「さあ、注文しましょうよ。」佐藤さんがそう言うまで、まだ注文していないという事をすっかり忘れていた。
お昼ご飯はオムライスにしてみよう。テーブルの中心に向かってストラップを振る。
「あれ?まだお給料貰ってないのに、この支払いどうなるんだろう。」
「クレジットじゃないか?今度、給料貰うときに天引きってやつだろう。」
そっか。と、思っている間に10秒程でふわっとオムライスが現れた。さっそくスプーンですくって一口食べてみる。
「美味しい。」このトロトロ卵の上にかかってるケチャップ。中身はチキンライス。絶妙な神コラボ。デミグラスソースがかかってるバージョンも美味しいけど、私は断然ケチャップ派だ。
「美味しいよね。一体誰が作ってるんだろう。」
「そういう事は考えちゃいけないっておばあちゃんが言ってました。」
「はははっ。面白いおばあちゃんだね。」
食後にコーヒーを飲んで一息つくと、就業の時間になった。
次回、いよいよ拓実の登場です。