私の一周忌
7月、私がここに来て1年になった。
仕事の合間に伏見課長に呼ばれた。
「矢野さん、今日一周忌ですよね。」
「あ、はい。何かあるんですか?」
「一応、祥月命日の特典というものがあるんですが、行くかどうかは希望性です。」
「特典?…とは、何でしょう?」
「50階のモニター室に行くことが出来ます。」
「???…あの…モニター室とは?」
「1年に1回だけのチャンスですよ。」
伏見課長ぉ…聞きたいのはそこじゃないんですけどぉ~…
近くにいた櫛田チーフが、聞いてられないとばかりに、説明してくれた。
「下の世界には、矢野さんのお位牌を収められた仏壇があるでしょう?そしてこの時期、矢野さんの一周忌が行われることでしょう。その一周忌やご家族の様子がモニター室で見ることが出来るんです。
あの仏壇という物はよく出来ていて、カメラの役割があるんですよ。周囲の様子がモニターで確認できるんです。」
私の仏壇は当初矢野家に設置されたが、寛樹が自殺をしたことで神崎家に移されているんじゃないだろうか。という事は、お父さんやお母さんの様子が見られるという事だ。
「希望します!」
希望しない理由がない。
「分かりました。それでは、申請を出しておきます。」
やった。【聞き取り課】の時以来だ。お父さんとお母さんに会える。会えると言ってもこちら側の一方的な感じだけど、久し振りに顔が見れて嬉しい。
さっそく50階のモニター室に向かった。
部屋に入ると、更に細かくいくつかのブースに分けられていて、他の人が使用していると、ドアの上に‘使用中’というライトが点灯する仕組みになっている。
ライトが点灯していないブースに入り、ドアを閉める。きっとドアの外の‘使用中’ライトが点灯しただろう。
ブースの中は、正面に70インチ位のモニターと、その前には機材がデスク状に並んでいる。使い方が分からなかったので、キョロキョロしていると、天井のスピーカーから、
「使い方のご説明をいたします。」
というアナウンスが流れた。
「まず、左上にある電源ボタンを押してください。」
左上の電源ボタン…これか。
「次に、あなたのストラップをスキャンしてください。」
ストラップをスキャン…あ、ここにね。
「椅子に深く座り、背もたれに背中を付けてお楽しみください。」
…お楽しみ…?どういう事?
私は言われた通りに、きちんと背もたれに背中を預けて座り直した。
ブーという開始を知らせるブザー音の後、ブース内が暗くなった。
モニターには「矢野詩織一周忌」というタイトルが現れた。
「なんか、映画観に来たみたい。」
と、呟きながら見ていると、私の幼少期の思い出が次々と映し出された。私の行動と共に椅子が揺れる仕組みだ。臨場感が半端ない。
「お父さんとお母さん若―い。」
「え?これ、拓ちゃん。まだ小さい。可愛い♡」
幼稚園で泣く私を迎えに来てくれたお母さん、公園のブランコに乗る私の背中をずっと優しく押してくれていたお父さん。私が5歳位で亡くなって記憶も薄かったおじいちゃん。ストーム&ハリケーンのライブに連れて行ってくれたおばあちゃん。
拓ちゃんと一緒に学校行ったなぁ。と、思い出に浸っていると、モニターは現在の様子に変わった。
「本日は、お暑い中、娘の詩織の一周忌にお越しいただきましてありがとうございます。大したものはありませんが、どうぞお召し上がりください。」
集まった親戚に挨拶しているお父さん、横に並んでいるお母さん。二人共少し瘦せた気がする。やっぱり1年経っても二人の顔を見るのは辛かった。
一人娘に先立たれたら、なかなか立ち直れないよね。ごめんね。
一周忌の法要が終わり、お父さんとお母さんが二人だけになって晩酌を始めた。
「お父さん、詩織がいなくなってもう1年経つのね。あの子、ちゃんと天国に行けたかしら。迷子になってなければいいけど。」
「昔から方向音痴だったもんな。でも、拓実君と一緒にいるだろうから大丈夫だよ、きっと。」
お父さんって前に来た時も思ったけど、鋭いよね。こっちの世界のこと見えてるみたいな口ぶりだよ。
「あいつなんかと結婚させなければよかったな。挨拶に来た時に追い返してやればよかったんだ。それから、逮捕された黒田澄香って女、拓実君まで…俺は一生許さない。あの女、全く反省の色も見せないじゃないか。」
お父さんの怒りを、お母さんは黙って聞いていた。
「矢野寛樹の親も謝りに来たけど、お前らの育て方が悪かったんだろう。うちの娘を…」
お父さんはビール片手に、涙を流した。お母さんはグラスを持つお父さんの手を両手でそっと包むように握った。
モニターを見ていた私は堪らずに、
「お父さん、お母さん、怒らないで。私は大丈夫だよ。寛樹の事は恨んでないし、今は拓ちゃんと一緒にいて幸せだよ。」
と呟くと、お父さんもお母さんも、驚いた顔でふと上を見上げた。
「今…」
「詩織の声だよな。」
2人に声が届いた。今なら、聞いてもらえるのかもしれない。
「お父さん、お母さん。ごめんね。おばあちゃんはもう転生して…」
声はもう届かなかった。
でも、二人は笑顔で上を向いてくれた。私も釣られて笑顔になった。
映像が終了して、ブース内が明るくなった。
モニター室を出ながら、1年に1回こういう映像を見ると、早く転生するために頑張ってお仕事をして【トク】を貯めようという気が起きるんじゃないかな、と思った。もしかして、それってヘブンズ・カンパニーの魂胆だったりして。
次回は、お盆のお話です。




