台帳の秘密
地下13階のお使いがめちゃめちゃ疲れたので、芳澤ありさと私は午後休をもらった。
同僚なのに一緒に食事に行ったことがなかったので、二人で3階に繰り出すことにした。
「何食べに行く?」
芳澤ありさは可愛い顔でワクワクしながらそう言った。
「芳澤さんは何が好きなの?」
「私は大学生の時に死んじゃったから、大人の世界をあまり知らなくて…矢野さんの‘大人が美味しいと思うお薦め’って何?」
私は33歳で死んで、立派に大人と言われる年まで生きたけど、大人好みの料理って何?考えたこともない無理難題に暫く考えた。
「うーん…なんだろう…まず、ビールは欠かせないよね。」
「いいね。酒盛りしよう!まだ真昼間だけど。」
酒盛りという響きが、妙に大学時代のコンパのノリに聞こえてしまった。若いね。今は私も若いけど…見た目は…
「じゃあ、居酒屋さんでツマミ食べながら飲みましょうか。」
「そうしましょう!」
適当に小皿料理をいくつか注文して、お酒中心の食事を楽しんだ。
「芳澤さん、この前は本当にありがとうね。」
「いえいえ、私に何かあった時は助けてね。うふふ。」
こんなかわいい顔して、お酒をたくさん飲んでも全く変わらない。私もお酒に弱い方ではないけど、顔はすぐ赤くなる。
「矢野さん、さっきのお使いって何のためだと思います?」
「え?波出主任に機密書類を届けるためじゃないの?」
「そんな訳ないじゃないですか。」
私も、うっすらとそう思っていた。この世界で、わざわざ私達二人をあんな所にお使いに行かせるなんて、普通では考えられない。
「機密書類が波出主任の元に確実に届くには、波出主任自身が伏見課長の所に取りに来るのが一番安全だと思いません?
それに実は私、伏見課長が書類の準備してるとこ見ちゃったんです。書類は機密でも何でもなくて、‘この二人に地下13階に慣れてもらうため、ご協力していただきありがとうございます。’って書いてあったの。」
「え?何それ? っていうか、地下13階に慣れてもらうためって何?」
「それは分からないけど…」
「慣れてもらうってことは、また行かなきゃいけない時が来るってことよね。」
「うぅ…そうだね。それは嫌だなぁ。あの耳鳴りと声がなー…」
芳澤ありさの可愛い顔が崩れて、心底嫌そうな顔になった。
「ところで、お使いに行く前に言ってた、地下13階はヘルズ・コーポレーションと繋がってるって言ってたアレって、みんな知ってることなの?」
「うん。割とみんな知ってると思う。」
「でも、ドアなんてあった?」
「私たちはホンの入り口近くしか見てないけど、もっと奥の奥の奥の方にありそうじゃない?」
「何のために慣れさせられるんだろう?地下13階勤務になんて、ならないよね?」
「たぶん、それはないんじゃないかな? 私たちの共通点って言ったら`殺された人’ってことだよね? そこらへんに鍵がありそう。」
芳澤ありさはジョッキのビールをたいらげ、さらに注文した。
「その辺はさ、課長の台帳を盗み見ちゃえば分かるんじゃない?」
「盗み見る? そんなこと出来るの?」
「普通は出来ないと思う。私も色々な課を経験してきたけど、【振り分け課】の伏見課長って割と緩い気がするから。ほら、機密書類も私に見られてるの気付いてないし。」
前々から課長クラスが持っている台帳には興味があった。【聞き取り課】の出雲課長は、台帳を見ながら老夫婦の寿命の事言ってたし…
そもそも、死因を調べるのに【トク】がかかるって言うけど、拓実はどうやって調べたんだろう?
私の場合は、偶然知ることが出来たけど。
芳澤ありさは、また大ジョッキを注文した。
「矢野しゃんも、もっと飲みまひょうよぉ。」
あれ?顔には全く出てないけど、呂律が回らなくなってるぞ。これはそろそろお開きだな。
まだ昼の3時頃だというのに、酔っぱらって、つぶれかかった芳澤ありさを部屋まで送り、終業時間を待って拓実を呼び出した。
「拓ちゃんの死因って、どうやって調べたの?」
「何、いきなり?詩織はもう自分の死因がわかったでしょ。」
拓実はこの前から、私の名前を呼び捨てしている。
「そうなんだけど…」
今日伏見課長に地下13階にお使いに行かされたことを話した。
拓実は少し考え込んで、ゆっくり口を開いた。
「それは、もしかしたら…」
と、言い淀んでやめた。
「何?気になる。」
「いや、まだ知らない方がいいと思う。」
拓実は死因を調べることに関しては、すんなりと教えてくれた。
「俺がまだ22階の【閃き課】にいた時、そこの課長の日光課長という人が持っている台帳で調べてくれたんだよ。給料の3か月分位の【トク】がかかったけど。」
次回は、8月11日の更新予定です。




