寛樹という男 1
最近は、案内係と受付とどちらに就いてもサマになるようになってきた。
今日は、朝から案内係をしている。エントランスは相変わらず大勢の人でいっぱいだ。
「あれは…?」
***
俺は、生まれながらに運のいい男だと自負している。さして努力をしなくても、中学では1年ながらに野球部のレギュラーだったし、3年では、もちろんキャプテンだし。高校受験でも、運よく実力より上の進学校に受かったし。そしてこの高校で、俺の運命を変える出会いがあった。
「なんだ?あの完璧ないい女?お前あれ、誰だか知ってるか?」
高校での野球部の仲間に聞いてみた。
「ああ、彼女は黒田澄香だよ。俺、同中だったから。」
黒田澄香。彼女はこの上なく俺の好みだった。芸能人ですら、こんなに好みな顔はいない。俺だって、割とイケメンだと思う。俺の運の良さをもってすれば、ワンチャンいけるかもしれない。
「黒田さん。俺、黒田さんが好きです。付き合ってもらえませんか?」
瞬殺だった。俺には高嶺の花だったのか。いや、俺には運が味方に付いている。
何度も告っていれば、そのうち…
2年になると澄香と同じクラスになった。
やっぱり、おれは運がいい。澄香に纏わりついていると、そのうちクラスで「あの二人は付き合ってる。」という噂がたった。というか、同じ野球部の祥太に噂をたてさせたんだけど。
澄香はいつも薄笑みを浮かべていて、本性が分からない。時々この女は裏があるんじゃないかと思っていた。
「いいかげんにしてよ。」
いい女の薄笑みが、見たことないような険のある顔になった。俺は正直「しめた。」と思った。澄香がこんな裏の顔を見せるのは俺にだけだと確信したからだ。
それ以降、案の定澄香は俺にだけは‘素’を見せてくるようになった。だから、澄香の言うことは何でも叶えてやろうと心に決めた。
「じゃあ、あの真面目な優子を誑かして。あの子、この前私に向かって注意したのよ。目障りだわ。」
と、澄香が言うので、俺は優子を呼び出し、二人でカラオケに行った。帰りに優子の家の前まで送って、半ば強引にキスしてやった。
チョロい。これだけで、優子は俺にゾッコンになった。
「じゃあ、優子をこっ酷くフッてやって。」悪い笑みを浮かべた澄香がそう言うので、俺は言われた通りにフッた。優子は泣きながら俺に縋り付いてきた。ちょっと良心が傷んだけど、これは澄香のためだ。
大学受験で、成績優秀な澄香と同じ大学へ行こうと俺は懸命に勉強した。が、悉く降ってくる澄香からの命で集中させてもらえなかった。
「あ、落ちた。」
澄香は合格していた。くそっ。俺の運の良さは大学受験には通用しなかったか。
別の大学に進んだが、澄香からの呼び出しは絶えなかった。
「寛樹、早瀬君のことを調べてちょうだい。」
ちょっと待てよ。早瀬君って誰だよ。調べるってどうすんだよ。おれは探偵じゃねえぞ。
澄香の大学に学生の振りをして潜り込んで、やっとの思いで早瀬という男を見つけた。
この男の後を追ってみると、同じ女子高校生と頻繁に会っている。結構可愛い子だ。
今度はその女子高生を追ってみる。なるほど、この子の家と早瀬の実家は隣同士だ。
「ねえ君。この前、早瀬君と一緒にいたよね。俺、彼の友達なんだけど。」
かなり怪しまれたが、この子は『神崎詩織』という名で、早瀬とはただの幼馴染ということが分かった。俺は、そのことを澄香に報告した。澄香は嬉しそうだった。
暫くすると、澄香が「神崎詩織がうちの会社に入社したのよ。」と言ってきた。敢えて彼女には早瀬のことは話していないらしい。
ある日、違う会社に勤めていた俺に「寛樹、うちの会社に中途採用で転職してきなさいよ。部長に話を付けておくから。」と言ってきた。
澄香の勤めている会社の方が大手だし、給料もいいので、俺は無条件で命を受けることにした。同じ会社に呼ぶなんて、俺は澄香にとって特別なんだなと思っていた。
澄香の部署の部長は澄香に下心があるのはバレバレで、俺は余裕で採用された。
ある日、いつもとは声のトーンが明らかに違う澄香から連絡があった。
「神崎詩織が早瀬君と付き合ってるって言ってたわ。なんであんな不細工と?私の方がいい女なのに。」
悔しがる澄香だったが、それとは裏腹に俺を交えて3人でよく飲みに行くようになった。
澄香は神崎詩織を表向きは、凄く可愛がっているようだった。‘表向きは’だが。
澄香にまた呼び出された。
「早瀬拓実を殺すわ。車に細工してもらうように頼んだわ。」
俺は、驚いて澄香を止めようと思った。でも、よく考えたら俺にとって早瀬は邪魔者だ。俺の方が澄香をよく知っている。やつが生きてるせいで、俺は澄香の‘一番’になれていないんだ。間違っても、澄香が逮捕されないように俺も知恵を絞って協力した。
澄香の下僕の中に、車の修理業者がいる。そいつにブレーキにバレないような細工をさせた。
早瀬は、死んだ。事故として処理された。計画は大成功だ。これで澄香は俺のものだ。
神崎詩織は毎日出勤してきたが、明らかに人相が変わっていた。泣き腫らした目で、毎日健気に仕事をしていた。俺は、自分の痛む心を押し殺していた。
「詩織ちゃん。元気出して。今日も私と寛樹が飲みに付き合うわよ。」
澄香はなにを企んでいるのか、神崎詩織を懸命に慰めている振りをしていた。
次回も、寛樹のお話が続きます。




