ケントくん
おばあちゃんが転生して1か月程が経ったある日、私は頼りになる先輩、芳澤ありさの隣のカウンターで受付のお仕事をしていた。
この1か月、おばあちゃんがいなくなったこと以外、特に変わったこともなく平穏な日々を送っていた。
「矢野さん。すっかり元気になってよかったわ。少し前まで地蔵のようだったもん。」
芳澤にそう言われ、驚いた。
「え?地蔵?」
「そう。何か言っても反応ないし、暗い感じで。あ、でもお地蔵様が悪いって言ってないからね。」
芳澤はお地蔵様へのフォローも忘れない。よく出来た人である。マイクの春の宴での歌を聴きながら思った疑問を芳澤に投げかけてみた。
「ねえ、芳澤さん。芳澤さんも殺されてこっちの世界に来たでしょう?そのストーカーのこと恨んでる?」
芳澤は、驚いた顔をして、
「そんなこと考えたこともなかった。矢野さんは?」
「私、旦那に殺されたんだけど、不思議なことに全く恨みがないんだよね。何でなんだろう?」
「私も全く恨んでないです。そっか、私達、殺されてるんですもんね。こっちの世界が快適過ぎて下の世界に未練がないからかなぁ。」
なるほど。そう言われてみればそうかも。
「あ、でも、自殺でこっちに来た人はそうではないみたいですよ。自殺の原因になる要因を恨んでる人多いみたいです。」
「へぇ。地下13階は快適そうじゃないもんね。」
そんな話をしていると、エントランスから黄色い声が聞こえた。
「何だろう?」
受付のカウンターから離れる訳にはいかず、残念ながら野次馬に行けない。あとで、案内係の人にでも聞こう。
「10604番の番号札を持ちのお客様、36番窓口までお越しください。」とアナウンスをすると、40歳前後の青年がやって来た。青年は顔を上げて私に番号札を渡してきた。
「…ケ…ケントくん?」
彼は、紛れもなくおばあちゃんが長年大好きだったストーム&ハリケーンのケントくんだ。
「なぜ、ここに?」
うっかり受付マニュアルにない事を質問してしまった。
たしか、私の生前の記憶によると、ストーム&ハリケーンは今年25周年記念で大型ライブが全国で催される予定だったはずだ。
「いやさー、付き合ってたモデルに毒盛られたんだよ。あの女、妊娠したからって俺に結婚を迫って来たんだ。事務所が対処して、上手く別れられたと思っていたんだけど。クソッ。」
…ん?この人相手の女性を恨んでる?
隣の35番カウンターでは、芳澤も気になるらしく、こちらをチラチラと気にしている。
恨みがましい一言を発したケントくんは薄い影に覆われた。
「でさー、あの女…」
「待って。それ以上言ってはダメ!」
影が段々濃くなっていくのを、本人も気付いたようで、
「うわっ、なに?この黒紫の影?」と言いながら肩周りをはたくような仕草をした。
「恨んではいけません。せっかくあなたはヘブンズ・カンパニーの方に来れたのに、このままではヘルズ・コーポレーションの方に連れて行かれてしまいます。」
「何だかよく分かんないけど、分かった。言わないよ。」
書類を確認すると、たしかに死因に「毒殺」と書かれていた。
「ケントくんは何歳のご自分で登録されますか?因みに、登録出来るのは20歳~亡くなった年齢までです。ケントくんの場合、39歳で亡くなっているので20歳から39歳の間でお選びいただけます。」
「ねえ、お姉さんは何歳の時の俺がいいと思う?」
と、カウンターに肘をつき頬杖をついて、私に向かって流し目してきた。
こいつ、アイドルだっただけあって、相当なタラシだな。おばあちゃんに言い付けてやりたい。
「ご自分でお決めください。」
「冷たいなぁ。20歳だとまだ青い感じだから、25歳くらいがいいかな?どう思う?」
たしかに、ストーム&ハリケーンの全盛期はケントくんが25歳くらいの時だったと思う。
「よろしいんじゃないですか?」
私は少し年を重ねたアイドルをボタンひとつで若返らせた。
「それでは、こちらをお持ちください。こちらのストラップは、ID、銀行口座、移動手段、その他にも色々な用途がありますので、首から下げて絶対に無くさないように気を付けてください。」
「ふーん。無くしたらどうなんの?」
「再発行に【トク】が大量にかかります。お気を付けください。」
「俺、お金ならあるよ。」
「生前のお金は何の意味もありませんよ。この世界にはこの世界の通貨がありますから。では、そちらの階段から2階に上がって頂いて、案内に従ってください。」
ちょっと冷たくしすぎたかな?
休憩に入ろうと、受付のカウンターから出ると、そこにケントくんがいた。
「ケントくん?入社式は?」
「ああ、参加したよ。でも退屈だったから出てきちゃった。」
「あんまり、勝手な事してると、その影増えますよ。」
脅しのように影の話をすると、ケントは思惑通りにびびっていた。
「おーい、ケント。」
2階から階段を降りながら、そう呼びかける人がいた。
「誰だよ、お前?」
「誰だか分かんないのか?冷たいもんだな。」
「もしかして、親父?」
「そうだよ。お前のお世話係だ。宜しくな。」
「親父。俺…会いたかったよ。」
そう言いながら父親に抱きつき、泣き出してしまった。この人はチャラいけど、本当はいい人なんだろうな。だからこそ、ヘブンズ・カンパニーに入社出来たんだろう。
おばあちゃんってば、あと1か月遅く転生してたらケントくんに会えてたのにね。あ、でも、また社員歴が長くなっちゃうから、おじいちゃんにとってはそれで大正解だね。
次回、寛樹の思いのお話です。




