春の宴
春の宴の当日、2階のホールに全社員が出勤するとなると、【宴会課】の社員たちは朝から大騒動だ。
ホールの入り口に受付カウンターが設置されて、入場する人たちに『本日のプログラム』と称した演目順と出演者を記した冊子が配られる。
マイクは朝一から、準備をしなければならない。私と拓実もマイクのお世話係のため、一緒に楽屋入りをした時に冊子をもらった。
「どれどれ、マイク以外にどんな演目があるのかな?」
・フラッシュ暗算 【経理課】 里中貴子
・コーラス 【見守り課】間宮和子 他8名
・漫才 【開発課】 菊池陽介 新川大毅
「あんまりパッとした演目ないみたいね。」
・モノマネ 【仕分け課】佐藤としえ
「え?佐藤さん?久し振りだな…今【仕分け課】にいるんだ…っていうか、モノマネ出来るの?」
・手品 【宴会課】 伊勢肇
「あれ?これって伊勢課長?手品するなんて、全然言ってなかったのに。なんか、ちょっと楽しみになってきた。」
・コンサート 【アメリカ支社】マイク・アンダーソン
企画 【振り分け課】 矢野詩織
【開発課】 早瀬拓実
「やっぱり、マイクのコンサートは一番の盛り上がりだから大トリだよね。でも、こうしてプログラム見てみると異質だね。」
「しいちゃんは初めての春の宴だもんね。いつもはぬるーい感じで終わるんだよ。伊勢課長の手品は毎年の恒例だよ。」
「それではぁ、毎年恒例のぉ春の宴を開催したいと思いまぁす。まずはぁ、ええっとぉ、【経理課】のぉ里中貴子さんによるぅ、フラッシュ暗算でぇす。」
「おばあちゃん?司会っておばあちゃんなの?」
「ホントだ。美代子おばあちゃん頑張るね。」
拓実ってば、ゲラゲラ笑っているし。私はちょっと恥ずかしいんだけど…
「はぁい。【経理課】のぉ里中貴子さぁん。ありがとうございましたぁ。見事な暗算でしたねぇ。続いてはぁ、【見守り課】の方々によるコーラスですぅ。曲目はぁ、ええっとぉ。」
この前の干支交代式が見事だっただけに、今回の宴の仕切りはとてもじゃないけど、見るに堪えない…
「もう、全部すっ飛ばして早くマイクの順番になって欲しいよ。」
「そう言うなって。美代子おばあちゃん、これが最後の仕事なんだから。」
そっか。これが終わっちゃうと、おばあちゃんと暫く会えないんだ。そう思ったらなんだか、おばあちゃんの拙い仕切りも悪くない気がしてきた。
「続いてはぁ、【仕分け課】のぉ、佐藤としえさんによるモノマネでぇす。」
あ、佐藤さんだ。【聞き取り課】時代の同期だけど、なんか気恥ずかしい。
「みなさぁん、こんにちはぁ。【仕分け課】の佐藤でぇす。これから、〇空〇ばりさんのモノマネしまぁす。
♬〇燦燦とぉ~♬」
う…うまいっ。選曲が絶妙に昭和だけど、上手い。佐藤さんにこんな特技があったとは…
「続いてはぁ、【宴会課】課長のぉ、伊勢肇さんによる手品でぇす。」
伊勢課長…トランプ落としてるし……それ、選んでたカードじゃないし……
ボックスに入った人を剣で刺しちゃってるし……水槽から逃げ出せてないし……
一個も成功しないまま手品が終わった。毎年やってて、これなんだろうか?
「続いてはぁ、鈿女宴会部長によるダンスでぇす。どおぞぉ。」
部長?課長クラスまでしか会った事ないけど、部長っているんだ。っていうか、宴会部長って…
「そうなんだよ。【宴会課】にだけはなぜか部長がいて、鈿女部長も毎年、春の宴で踊ってるんだよ。」
鈿女部長は女性の部長で、見た目年齢は30歳位。えらくグラマーでウエストはキュっと引き締まっている。ベリーダンスのように、お腹部分が露出された衣裳で、めちゃめちゃセクシーに腰をふりふり踊っている。当然、会場の多くの男性社員達は部長の踊りに釘付けである。私も釘付けだったけど、ふと横を見ると拓実も釘付けだったので、ほっぺをつねってやった。
「いでで。何すんだよ。」
「やらしい顔で見てるから。」
「だって、これは見ちゃうでしょ。」
もう一回つねってやった。
鈿女部長のダンスも終わり、いよいよ大トリのマイクの出番となった。私と拓実も急いで舞台袖に向かう。
マイクはもう万全の体制で袖にスタンバイしていた。
「マイク、宜しくね。」
「OK。楽しんで歌ってくるよ。」
「続きましてぇ、あ、最後の演目ですねぇ。マイク・アンダーソンさんによるコンサートでぇす。」
おばあちゃんの拙いMCの後に大拍手がおこった。みんなの期待が大きな拍手となっている。
照明が暗くなった。会場は水を打ったように静かになった。
静かに前奏が流れ始めた。一曲目は拓実たっての希望で、バラードからスタートだ。
上からのサスペンションライトがマイクを捉えて姿が露わになった途端、会場は黄色い声援に包まれた。
静かに歌い出すマイク。その後ろでプラネタリウムのように星が瞬いている。この舞台効果は拓実のこだわりだ。曲の盛り上がりと共に、流れ星が流れ出す。これも拓実のこだわりだ。
社員達はうっとりとマイクの歌声を聞いている。中には涙を流している人すらいる。やっぱり彼には、みんなの心を掴む何かがある。だからこそ生前大スターになったんだろう。他力本願だと言ったらそれまでだけど、この企画を実現できてよかった。私も拓実も、さして人に自慢できるような特技もないし。マイク様様だよ。
曲が激しいロックに変わった。マイクも縦横無尽に動き出す。舞台上だけでなく、客席に降りて泣きながら鑑賞している人の頭を撫でたり、握手をしたり、中にはドサクサ紛れに渡してくる花束を受け取ったりもしていた。
2曲歌ったところで、
「Hello, My Dear. マイク・アンダーソンです。今日は、エンあってここニホンシシャで歌わせてもらうことになりました。最後まで聞いてね。」
と、みんなに向けて挨拶がてらにウインクをした。
なんてチャーミングなんだろう。見た目をヘンに若返らずに、亡くなった時のままの姿で、言ってしまえば‘いいおじさん’なのに、可愛らしい。この性格のよさがチャーミングさになってるんだろうな。
「最後の曲です。私の一番のヒット曲『destiny』聞いてください。」
この曲はマイクの生前に一番ヒットした曲だ。日本語に訳すと『死んでしまうのも私の運命』みたいな歌詞がある。生前もバカ売れしたけど、亡くなってからもめちゃめちゃ売れ続けた曲だ。自分を殺した犯人が分かっているのに、一切恨み言を言わない。だからこそ、この会社に居続けられるんだろう。
…あれ?そういえば、私も拓実も寛樹や澄香のことを恨んでないや。
歌い終わって、マイクが一旦袖に戻ってきた。会場からは「アンコール」の声が沸き上がっている。
マイクは私が渡した飲み物を一口含んで、「じゃ、アンコール行ってくる。」と舞台に戻っていった。
「Thank you , Everyone アンコールは私の友人、タクミたっての希望で『Galaxy Romance』です。」
「これって、ロマンチックな曲だよね。拓ちゃんは昔からロマンチックなものが大好きだもんね。」
と、そばにいる拓実に話しかけたら、「うるさい。」と涙目で怒られた。
次回は、とうとうおばあちゃんが転生します。




