マイク来訪
下の世界ではちらほらと桜の開花の声が聞こえ始めていた。春の宴を明後日に控えた日、マイクが虹色のドアを通ってやって来た。
「シオリ、久し振り。タクミ、初めまして。」
マイクは、私たちに順番に頬を合わせる挨拶をして、微笑んだ。
まずは、打ち合わせのために【宴会課】のある124階に同行してもらう。
【宴会課】課長の伊勢課長を交えて、広めのミーティングルームで打ち合わせだ。
コンサートでは、何曲歌ってくれるのか、どの曲を歌うのか、照明やセット、音源、衣裳と決めなければいけないことが山盛りだった。
「伊勢課長、せっかく人手も確保できるし、舞台効果でやりたいことがあるんですが…」
当初、私と拓実の二人での企画だったはずが、マイクが絡んでくるとなると、この企画に賛同して手伝ってくれる人も多い。
「マイクさんがよろしければ、私には反対する理由がありませんよ。」
「もちろんOKだよ。それはロマンチックだね、タクミ。」
「それでは、準備を開始いたしましょう。必要な物や人手などの詳細をお願いしますね。」
打ち合わせが終わると、マイクの接待のため、3人で3階へと移動をした。
「マイク、何食べたい?オコノミヤキ?ソバ?それともラーメン?」
「しいちゃん。もうちょっと接待らしい料理の方がいいんじゃない?寿司とか会席料理とか。」
「NO、NO、タクミ。いいんだ。私は高級料理よりそういう方が好きだって、シオリは分かってるんだよ。」
結局、お好み焼や串焼きが食べられる大衆酒場のようなところに入った。
「マイク・アンダーソンだよね?一曲歌ってくれよ。」
日本でもファンが多いマイクは、ここでも声を掛けられ、やっぱりミニライブと化す。
「タクミ、何がいい?」
「俺のリクエスト聞いてくれるんですか?俺、中学の時から『Galaxy Romance』が大好きで、何万回聞いたか分からない。」
「タクミはロマンチックな曲が好きなんだね。OK。じゃあ、まずタクミのリクエストに答えよう。」
「しいちゃん、研修の間ずっとこんな贅沢な生活だったの?」
初めてマイクの生歌を間近で聞いた拓実は、興奮しきっていた。
春の宴の前日、【宴会課】より命を受け、今日から3日間は【振り分け課】の仕事は免除されている。
マイクの滞在しているホテルの部屋へ迎えに行って、124階の【宴会課】に一緒に出勤する。当然この期間、おばあちゃんや拓実は一緒に仕事をする同僚である。
「おはよう、美代ちゃん。おはよう、拓ちゃん。」
なんか、新鮮。おばあちゃんや拓実と同僚になるとは。
124階には、『干支交代式』や『春の宴』のために、2階のホールを少しだけ小さくしたような広いリハーサル室がある。マイクとリハーサル室へ移動して、大声でスタッフに声をかけた。
「おはようございます!明日の『春の宴』でパフォーマンスして頂く、マイク・アンダーソンさんです!」
広いリハーサル室には、音響機器や、簡易的な照明機器などがあり、各機器のチェックをしていたスタッフたちがこっちを向いて拍手をした。
「おはようございます!マイクさん、宜しくお願いしまーす!」
スタッフの中の一人が、そう叫び返してくれた。
「ミナサン、是非楽しい時間にしましょうね。」
マイクは、それだけ言うとスタンドマイクのチェックをし始めた。私の仕事は、主にマイクのアテンドなので、マイクがリハーサルに入ってしまうと意外と暇なのだ。それでも、曲の合間にドリンクやおしぼりを持って行ったり、スタッフへの橋渡しなどやることはあるにはあるんだけど。
「じゃあ、1曲目からランスルー始めまーす。」
スタッフの一言で本格的なリハーサルが始まった。拓実はうっとり顔で聞いていて、仕事的にはあまり使い物にならない。おばあちゃんはあまり興味がなさそうに、台本のようなリハーサル表をパラパラとめくっていた。
一通りのリハーサルを終えたマイクが休憩に入ったので、アテンド係の私の出番だ。
「マイク、お疲れ様。何か飲み物とか食べ物とかいる?」
「いや、大丈夫。こんな本格的なコンサートのリハーサルは久し振りだから、私も興奮しているよ。」
「アメリカ支社で、コンサートはやらないの?」
「やったことないなぁ。今度誰かに企画してもらおうかな。」
根っからのアーティストだ。歌うことが楽しくてしょうがないみたい。この大スターってば、ノーギャラで歌ってくれるんだから、アメリカ支社だっていくらでも企画してくれるだろうに。
スタッフと打ち合わせをしていた拓実が、話を終えて合流したので、昼食に向かう。
「124階の社食より3階の外食の方がいいよね?」と、マイクに一応聞いてみる。
「そうだね。せっかく日本支社に来たんだから、美味しい物食べつくして帰るよ。」
3階に降りて、どこの店にするかと悩んでいると、マイクが
「コンビニのおにぎりが食べたい。」と言った。
「え?コンビニ?」
「ニホンのコンビニって海外では有名なんだよ。おにぎりとレジフロントのチキンとスイーツが食べたい。」
なんて安上がりな大スターなんだろう。コンビニでしこたま買い物して124階の休憩スペースに戻る。
マイクはツナマヨと鶏五目のおにぎりを選んで、私はいくらのおにぎりと納豆の手巻き、拓実は明太子と赤飯のおにぎりにした。
マイクが包んであるシートからおにぎりを取り出すのに苦労していたので、手本を見せてあげた。
「まず、ここを引っ張るでしょ。それから両端を持って引っ張る。」
「おおっ。アメイジング!」
日本人的に、コンビニのおにぎりって誰でも剥けると思うけど、外国人からすると難しいらしい。
おにぎりを食べ終えて、チキンやスナック菓子をつまむ。スナック菓子なんて、太るからと長い間敬遠してたけど、そんな心配いらないので「これでもか」というほど食べた。その上、スイーツ。最近のコンビニスイーツってば美味しくて神レベルだよね。
お腹いっぱいの状態で、午後のリハーサルに入った。マイクは気持ちよく歌っているけど、聞いてるこっちは別の意味で気持ちよくなってきて、うつらうつらしてしまった。
そぉっと近付いて来た拓実に、リハーサル表で頭をペシンと殴られた。
「しいちゃん、おはよう。」拓実は冷たい目で嫌味を言ってきた。
「ちょっとお腹いっぱい過ぎて眠くなっちゃっただけじゃん。」
いや、分かってるよ。こんな贅沢な状況で眠くなってる場合じゃないって。
次回、春の宴本番です。




