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ヘブンズ・カンパニー -天国で運命の人に再会しました-  作者: さがわウェンディフェリシア
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護身研修 1

 案内係のお仕事に就いて数日が経った朝、【振り分け課】の伏見課長に呼ばれた。

「矢野さん。明日から6日間ほど研修を受けてもらうことになりました。」

「研修ですか?何か不手際が…」

「いえ、そうではありません。ご安心ください。あなたに受けていただくのは『護身研修』です。」

「ゴシンケンシュウ?」

私は何のことやら分からず、首をかしげて、カタコトのように言葉を返してしまった。

「はい。身を守る護身研修です。以前のように危険な目に合った時に、最低限の身を守るすべを身につけていただきます。」

 予想外の話に驚いて目を白黒させていると、課長はこう説明を続けた。

「護身研修は、日本だけでなく色々な国の方が参加します。今年の研修先はアメリカ支社ですので渡航していただくことになります。といっても、ドアを出入りするだけですけど。」

「あの…課長。私、英語はさっぱりなんですが…」

そうなのだ。私は子供のころから英語が苦手で、拓実に家庭教師をしてもらっていたのにもかかわらず、なかなかの成績の悪さだった。何度呆れさせたか分からない。

「矢野さん。心配ありませんよ。もうお気付きかと思いますが、この世界では言葉だけではなく、[思い]で会話出来るでしょう。言語なんていざとなったら関係ないんですよ。」

 何それ?一生懸命お勉強してきた(身についていないが…)英語の授業がムダだったとは。

「ムダではありませんよ。生きている間には必要だったでしょう。」伏見課長はメガネを押さえながらそう、真面目にそう返してくれた。

 席に戻ると、小杉と野中が心配そうに「課長、何だって?」と聞いてきたので、明日から護身研修のため渡航すると告げた。

「護身研修?」

「何、それ?」

二人共、もうすでに受けているものだと思っていたが、そうではないらしい。

「全員、受けるものではないの?」と聞き返したが、二人共首を横に振っていた。


 その日の夜、夕飯を食べながら拓実に明日から護身研修に行く話をした。

「護身研修?ああ、俺も5年くらい前に受けたよ。」

「拓ちゃんも?なんで受けてる人と受けてない人がいるの?」

「うん…あまり考えすぎないで楽しんでおいで。研修自体は楽しかったよ。」

そう言った後、拓実は少し寂しそうに「そっか、しいちゃん研修受けるのか。明日から暫くしいちゃんに会えないんだね。」と呟いた。

「え?なんで?ドア通るだけでしょ?毎日帰って来るよ。」

「いや、ドアは行きと帰りだけで、向こうにホテルが用意されてるよ。」

「私、もう自分でドア出せるし、ちゃんと毎日帰って来て、拓ちゃんと一緒にご飯食べるよ?」

「日本支社と日本国内の行き来は出来ても、さすがに海外支社の行き来のドアは自分では出せないよ。」

「そうなの?聞いてない!」

私が駄々っ子になりそうだったので、拓実は慌てて

「すぐ帰って来られるから、頑張っておいで。」と私の頭を撫でながら、そっと抱きしめてくれた。これで機嫌が直るとは、我ながら単純なモンだ。


 翌日、出社すると伏見課長のデスクの後ろに、見たことのない七色のドアが用意されていた。

「矢野さん、こちらへいらしてください。」

私は、研修の渡航といっても、何を準備していいのか分からず旅行鞄のひとつも用意していない。

「伏見課長、あの…私、何も用意していなくて。」

課長はメガネを押さえながら、「必要なものは全てあちらに用意されているので大丈夫ですよ、ストラップさえあれば。それから、調節されているので時差もありません。」と珍しく少しだけ口角を上げてそう言った。

 櫛田チーフ、それから野中と小杉も自席で心配そうにこちらの様子を伺っていた。

「それでは行ってきます。」

私は意を決してドアを開けた。そこはアメリカ支社の広いホールの入り口だった。


「Welcome to the USA branch ! Where are you from ? May I ask your name?」ホールの入り口に座っているブロンドの髪をした綺麗な女性に声をかけられた。

伏見課長のウソツキ!がっつり英語じゃんかー!!ねいむ?ねいむって言った?

「あ…あいあむシオリヤノ。」必死に英語で答えようとしたら、ブロンド女性がカウンターの上に合ったラジオのような機器のチューニングダイヤルを回し始めた。

「どちらの支社から来ましたか?」女性の[思い]が、ラジオのような機器を通して翻訳されている。私はホッとして「日本支社です。」と言うと、受付の女性から研修のための日本語の冊子とヘッドフォンを受け取った。


 ホールの中には、簡単な折りたたみ椅子がいくつも用意されていた。私が通ってきた虹色のドアからは色々な国の人が次々に入ってくる。

あれ?あの人見たことある。え?あれ、2年位前に亡くなったアメリカンポップスの帝王のマイク・アンダーソンじゃん!一緒に研修受けるの?すごい!サイン欲しい!!

私が釘受けになって視線を投げつけていると、気が付いた彼がこっちを向いてニッコリと微笑んでくれた。いい人だ。

あれ?近づいてくる。どうしよう。

近づいてくるマイクに真っ赤な顔で舞い上がっていると、彼は私の持っているヘッドフォンを指差し自分のヘッドフォンを耳にはめた。

これをはめろってことかな?

私はヘッドフォンをして、マイクの方を見た。

「あなたはどこから来ましたか?」

 おおっ。これは翻訳機なんだね。

「私は日本支社からきました。ヤノシオリです。宜しくお願いします。」

「可愛い方ですね。今日、研修が終わったら一緒に食事でもいかがですか?」

 ナ…ナンパ?でも、こんなこと冥途の土産になる…ってもう死んでるけど。

「は…はい。是非。」

「それじゃあ、終わったらご一緒しましょう。」そう言って近くの席に座った。


 「それでは、皆さん揃ったようですので研修を始めたいと思います。まず、ストラップ・ソードを扱えるようになるための研修です。受付でお渡しした冊子の12ページをご覧ください。」

 講師の男性の言われた通りに冊子の12ページを開いてみると、そこには大きく剣が図解されていた。

「え?ソードって剣?」

正直な話、子供の頃からあまりゲームのたぐいをしてこなかった私は『ソード』と言われてもピンときていなかった。

 なんか、‘護身’というより‘戦い’みたいなんだけど。

「冊子の裏表紙にカードがあります。それを剥がしてストラップに挟んでください。」

 なるほど、これでドアの時のようにソードが出せるようになるんだな。

そう思っていた私を裏切るように、講師はストラップを首から外して紐をピンと伸ばした。

すると、紐の部分が鋭く尖った剣になり、カードを入れる部分はグリップになった。

会場は湧き上がるような拍手に包まれた。

「完成形を想像しながら紐の部分を伸ばします。このように剣が出来上がったら合格です。」

 さっそくやってみるが、なかなか上手くいかない。紐を放すとダラリと垂れ下がる。

会場のあちらこちらで「出来た。」という声が上がり始めた。そんな声が上がってくると余計に焦ってしまう。

近くに座っていたマイクも「出来た。」と言ったあと、自身のヒット曲のフレーズを鼻唄まじりに口ずさんだ。

 私は、マイクの生歌に、こんなチャンスは二度とないとジーンとしてしまった。

「シオリも出来てるじゃないか。」

マイクにそう言われて、自分の手元を見ると、ちゃんとカッコいいソードが出来上がっていた。

「やったぁ。マイクの生歌のお陰だ。」マイクは私の上げた右手にハイタッチしてくれた。


「次は18ページのストラップ・ウィップです。」講師は先程ソードに変えた刃先とグリップを持って一振りした。すると、しなやかに空を切るむちが出来上がった。

 あ、ウィップって鞭のことなのか…そう思いながら一振りしてみると、今度は難なくストラップ・ウィップが出来た。

「ナイス!シオリ。」マイクも出来上がったウィップを振りながら笑顔でそう言った。

ストラップ・ウィップを使って、台の上にある空き缶を動かす練習が始まった。なかなか難しい。鞭が思った通りの軌道を描いてくれない。そんな中、マイクは難なく鞭で空き缶を取り、自分に引き寄せて見せた。

「さすが、スーパースターは違うね。」

「いや、鞭の扱いはPVを撮る時に散々練習したんだ。」と笑っていた。


 一日目の研修は二種類の武器の実習で終わった。私はマイクと約束していた食事に行くためにドレスアップしようと、一度ホテルの部屋に帰った。

「そうだ。拓ちゃんがマイクの大ファンだった。自慢しちゃおう。」

ストラップを「拓ちゃんに電話、拓ちゃんに電話。」と唱えながら宙に向かって振る。

「しいちゃん?研修一日目終わったの?」

「終わった。ねえ、拓ちゃん聞いて!マイク・アンダーソンと研修一緒だったの。」

「えっ?マイクと?」拓実は驚いて、身を乗り出した。

「これから、マイクにお誘い受けて一緒にディナーに行ってくる。」

「それは…嫉妬しちゃうな…」

「拓ちゃんの分もサイン貰ってくるね。」

「しいちゃん。どうしても行くの?サインなんかいいから早く帰るんだよ。」

「え?嫉妬って…どっちに?」

「マイクにだよ。決まってるじゃないか。」拓実は真っ赤な顔で俯いた。私は拓実がマイクと一緒で羨ましく思い、私に対して嫉妬しているのかと思っていた。

「研修終わったら、早く帰るね。」


 結構なドレスアップをして来たのに、マイクに連れてこられたのはハンバーガーショップだった。

場違いだな…マイクはTシャツと短パンだし。

「シオリ、フレンチフライも食べるかい?飲み物はコーラ?コーヒー?」

天下のスーパースターと食事に行くって言ったら、ちょっと期待しちゃうのってしょうがないよね?

「シオリ、高級レストランじゃなくてゴメンネ。生前はお金持ちだったけど、今はお【トク】持ちじゃないからね。あ、でもご馳走はするよ。」

囁くようにそんないい声でそう言われたら仕方ない。高級ディナーは諦めよう。

 店内には、生前のマイクのファンだったであろう人達がチラチラこちらを見ている。私は注目を浴びることにあまり慣れていないから、そわそわしてしまった。

「マイク、あなたのヒット曲歌ってよ。」客の一人が近付いてきてそう言った。

「いいよ。何がいい?」

マイクは気さくにヒット曲を数曲歌ってくれた。途端によくある街のハンバーガーショップがライブ会場になった。

 こんな贅沢なひと時、ありがたや、ありがたや。これ、録画して拓実に見せてあげたいなと考えながらマイクの歌を聞いていた。

 結局、ミニライブになってしまったのでマイクとはあまり話が出来なかった。

「ごめんね。明日も一緒にディナー行こうね。」

なんだか分からないけど、マイクには気に入られたようで明日のディナーも約束して別れた。


次回は、護身研修の続きです。

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