死後の世界
記録的な暑さの中、突然目の前が暗くなって、私は膝から崩れ落ちた。
いったい何時間、いや何日眠っていたのだろう。
目を開けると、そこには真っ白な世界があった。どこまでも巨大で神殿のような建物に沢山の人々が往来している。
「何?ここ、何処?」
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ。」
突然、若い綺麗な女性が私の顔を覗き込むように言った。
「こちらの用紙に記入していただけますか?」
渡されたのは、役所でよく見るような形式の書類…
…え?いったい何なの?
しぶしぶと書類に目を通し、記入していく。
【あなたの死亡原因はなんですか?】
…え?死亡原因?
【氏名、現世住所、享年】
…え?現世住所?享年?
「あ、享年は亡くなった実年齢の年数です。数え歳じゃないですから気を付けてくださいね。」
え?ちょっと待って。私って死んだの?
「はい。亡くなりましたよ。」
え?え?え?ちょっと待って。私、今 声に出してないよね。
「こちらでは、声に出さなくても[思い]を読み取れるようなスキルを身につけていただけます。」
「あの…あまりにも色々と衝撃的過ぎて理解不能なんですけど。」
「ああ、そういう方多いですよ。でも、すぐ慣れますから。」
その若く綺麗な女性は淡々と説明をしてくれる。
何?まるで会社説明会みたい。
「そうですね。言うなれば会社説明会みたいなものです。」
あ、そうだった。思ってることがお見通しだったんだっけ。
真っ白な廊下を進み、大きな病院の総合待合室のような所に着いた。
壁も、天井も、柱も、人々の着ている衣服も、すべて眩しいくらい真っ白だ。
「なぜ、みんな白い服なんですか?」
「白く見えてるだけですよ。2~3時間もすれば目が慣れて色が戻ってきます。」
そういえば、高く高く天井を貫くように建っている柱に当たるスポットライトのような光が、虹色に輝いている。雲の切れ間から射す‘天使のはしご’のような天井からの光も虹色だ。
「それでは、こちらの番号札を持って、呼ばれるまでお待ちください。」
そう言って、若く綺麗な女性は【16652】という番号札を私に渡して、次の案内へと行ってしまった。
なんか、首からストラップ下げてたな。IDか何かかな。
暫く待っていると、どこからか「16652番の番号札を持ちのお客様、23番窓口までお越しください。」と呼ぶ声がした。
23番、23番。随分沢山の窓口があるんだな。
「矢野さん、矢野詩織さんですね。先程記入して頂いた書類を出していただけますか?」
「あ、はい。これです。」
そう言いながら、先程の書類を受付の若い女性に手渡した。
「死亡原因が未記入ですね。ご自分で死因をご存じないですか?」
「いや、あの…死んだことすら判ってなくて…」
「そうですか。大丈夫ですよ。後日調べる事が出来ますから。」
受付の若い女性は、そう言いながら書類に大きな判子を押し、丁寧にファイルにしまい込んだ。
そういえば、周りの殆どが若い人達だな。何か違和感を感じる。
「年齢や見た目は、生前の自分の好きな年齢でご登録いただけるんですよ。」
…そうだった…[思い]が読み取られちゃうんだった…
受付の若い女性はクスリと笑いながら「すぐ慣れますよ。」と言った。
「矢野さんは何歳のご自分で登録されますか?因みに、登録出来るのは20歳~亡くなった年齢までです。矢野さん場合、33歳で亡くなっているので20歳から33歳の間でお選びいただけます。」
最近、歳と共に贅肉とか弛みとか気になってたのよね。やっぱ、ここは20歳の一択でしょう。
「多くの方が20歳を選ばれますよ。でも中には結構高いご年齢を選ばれる方もいらっしゃって。」
「へぇ。」と言いながら周りを見渡してみた。殆どが若い男女のようだ。ふと、さっき来た方向へ目を向けると、向こう側にも受付らしき場所が見える。
「あっち側の受付って…?」
「あちら側は他社の入り口になります。追々分かると思いますよ。」
そう言いながら、受付の女性からストラップを手渡された。
「こちらのストラップは云わば、ID、銀行口座、移動手段。その他にも色々な用途がありますので、首から下げて決して無くさないように気を付けてください。」
…ん?
「IDは分かります。銀行口座もなんとなく。でも移動手段ってどういうことですか?」
受付の女性は慣れた口調でこう説明した。
「ここには、お給料が振り込まれます。銀行口座やキャッシュカードのような役割ですね。そのお給料から生活費などが引き落とされます。移動手段というのは各部署の出入りが記録されるのはもちろん、これが乗り物のような役割をしたりもします。まあ、追々わかります。」
あ、随分とふんわりした説明だね。途中で説明が面倒くさくなったな…
「そんなことはありませんよ。今説明してもきっとご理解いただけないと思ったんです。」
受付の女性にまたも[思い]を読まれてしまった。
慣れないな…慣れるのかな…
「大丈夫ですよ。そのうち慣れます。それでは、2階に上がって頂いて、案内に従ってください。」
次に向かった先は、ホールのような広い広い綺麗で明るく殺風景な所だった。
たくさんの座席があり、前方には舞台のような場所にモニターやスピーカーが用意されている。
これだけの広さがあるのに、徐々に大勢の人で埋め尽くされていく。私も適当な席を確保して座った。