【4.5】偶然のたまものだとしても
町での買いつけがある程度終わった時、薬の調達に行っていたはずのジュジェがこちらにやってきた。
「ヨシ、ここにエオはいるかな」
神妙な顔といえばいいのか、なんともいえない顔をしてジュジェが声をかけてくる。
「エオさん?」
虚空に浮かぶ光の球を見ても、なんの反応もない。
たまにエオさんは意識がないような機械的な反応をする。こちらの声も届かないような。
「エオさんに何かあった?」
「いや……まあ」
言葉を濁したジュジェは、じろじろと浮かぶエオさんを眺めている。
「いないのか」
「多分。呼べば反応してくれるとは思うけど」
「いや、そこまでは。僕の見間違いかもしれな……それもないか」
一人で納得して、ジュジェは俺の持っていた買い物袋を「持つ」といって一つ取ると顎で先をうながした。歩きながら話そうっていうことだろう。
早足で進むジュジェに並ぶ。
「教会でエオらしき奴と会った。癪だが助けられた」
「えっ」
「光で慮外者を焼いたまではいいんだが、お前の妙な宗教が立ち上がった」
「え、なにそれ」
なんだそれ。
冗談か。いや、それにしてはジュジェの顔はいたって真面目だ。性格的に冗談も好きじゃないし、ふざけているってわけでもないだろう。
「まあ聞くんだ。エオのふざけた魔法があるだろ」
「ああ、あのピカッて光線飛ばすの」
「あのせいで記憶が一部焼かれたのか、お前に対する信念? らしきものを垣間見た? そうで、ヨシは自らの救い主となりうる奇跡の存在となった」
「ええ……?」
「巻き込まれた僕は、教会派生の新興宗教団体教祖にされた」
「この短期間で?!」
「団体名はアマネヨシ教らしい。御神体はデカくなったエオだ。これ、君に任せていいかな」
任されても困るんだが。
えー、と気の抜けた声が出れば、ぎろりと青い目が睨んでくる。
「仕方なしに上へ報告したんだよ。僕は教会所属の治療官だからね、どれほど馬鹿げてても教会内での異常は報告義務がある」
ジュジェは嫌そうに顔をしかめた。ここ最近一かもしれない。
「それで?」
「通信魔具で話した途端、奴らは正しく導くのも教会の勤め、僕に管理を任せると言ったのさ! あの! ド腐れ低脳の保身野郎!」
ジュジェ、口が悪くなったなあ。これまでの旅路の成果だろうか。それか、温室育ちから厳しい環境で耐えてきた弊害だろうか。
「やめるのか?」
「いや。不本意だが、いい機会だよ……この機に、僕の勢力を伸ばそうと思う」
「じゃあ、旅が終わる頃にはもっと偉くなれるな」
「……御神体がエオになるのが、僕としてはとても嫌だが。まあ、君の頑張りを広めるのは悪くないかもね」
「ありがとう」
ふん、と鼻を鳴らしてジュジェは足をさらに早めた。
照れ隠しか。
けど、エオさん、また派手なことをしたんだな。
俺の宗教か……宗教ってなんだろう。
さらっと流したけど、考えれば考えるほどよくわからない。
今日泊まる宿に戻ると、ジュジェは、荷物を馬車に置くと「依頼した薬を取りに行く」と言ってまた出かけて行った。薬を買いに行く前にさっき言っていたトラブルにあったのだろう。
それからしばらく。
まだ隙間の時間があるなと、ぼんやりしていたら、今度はハイメさんに呼び出された。
「お、ここに居たか。探しに行く手間が省けた」
そう言うなり、俺に向かって羊皮紙をぐるりと巻いたものを投げよこしてきた。
慌てて受け取ってみれば、ごわごわの羊皮紙に光る文字が出ている。
「これは?」
部屋の備え付けの木椅子にどっかと腰かけたハイメさんは、辺りを見てから言った。
「俺の女からの手紙」
「えっ」
「向こうが書いた文字がこちらに反映される魔法がかかってるんだとよ。俺ァ、そういう知識はよくわからねえが、爺さんに聞いたからそういうもんなんだろ」
「はあ……」
「ともかく、お前に伝えておいたほうがいいかと思ったんでな。読んだら俺が処分しておく」
うながされて、丸まった紙を伸ばして中身を見る。
こっちの世界に呼ばれたときに言葉も通じるようにさせてもらっていたので、俺でも読むことができた。
女性らしい細い字で、簡潔に書いてある。
『魔女来る。勇者殿の協力をすると希望。我が家の輸送を依頼す。名はエオ』
簡潔すぎて経緯がふんわりとしかわからない。
「魔法の力によって届けられる文字数が限られるそうだ。これでも、十分なくらいなんだぜ」
「そうなんだ……でも、なんでエオさんが」
相変わらず光球は俺の上あたりをふよふよ浮かんでいる。エオさんの本体らしきものが、ハイメさんの彼女のところにいるってことだろうか。
「ぶっ飛んでる魔法使いや魔女の考えることなんざ、俺にゃあわからんな。ましてやエオのことなんか知らねえ。おおかた、お前関連だと思うが心当たりないのか」
「いや、俺にもよく……そもそもエオさんがよくしてくれる理由もわからないし」
「まあ、エオが女ってのはわかったし、今度の輸送にくるのはわかっただろ」
来るんだろうか。
思わず、まだ留守モードみたいに浮かんでいる光球のエオさんを見る。反応はない。
「なんだ、今は操ってないのか」
「わかるの?」
「勘」
魔法素養がないんでね、とハイメさんはこちらに片手を出してきた。返せってことか。
「そんなに気になるなら、爺さんに聞いてみりゃあいいだろ」
「トムさんに?」
聞き返しながら、手紙を返す。
それを受け取ったハイメさんは、躊躇なく火をつけた。燃えている紙を見つつ、「そうか、お前こっちの常識なかったな」と今更気づいたみたいに言った。
「魔法を使う奴ってのは、この世界じゃごく少数だってのは聞いたことあるか?」
「あ、最初の頃教えてもらった。使いこなせる者はごく少ないって」
「そう。そんでもって、やたら強い魔法を使える奴はさらに限られる。その限られたなかに居た爺さんなら、同輩のことをよくわかるだろうよ」
「ジュジェは?」
「あのお坊ちゃんは箱入りだろうが。聞くなら爺さんのほうが手っ取り早い」
魔法使いネットワークみたいなものがあるのだろう。たぶん。
へえ、とうなずいて聞いているうちに、手紙はすっかり燃え尽きたみたいだ。ハイメさんはその塵を窓から投げると、数度手をはたいた。
「もし知らなかったら」
「知らん。どっちにしろ会えばすむ話だ」
面倒くさそうな口調のわりに、ハイメさんは律儀に答えてくれた。
「聞かれる前に言うが、教会でも前線でも妙な魔法を使うぶっ飛んだ魔女の話は聞いたことがなかったぜ」
それじゃあ、結局トムさんに聞いても意味がないんじゃあ。
「あー、話したら喉がかわいた。おい、ヨシ。飯食いにいくぞ」
言うだけ言って、ハイメさんは来た時と同じようにさっさと部屋から歩いて出て行った。自由な人だ。
もう一度、気ままに浮かんでいる光球を見上げてみる。
相変わらず反応はないけれど、俺の傍を漂っているのは変わらない。
(エオさん、魔女なんだ……)
どんな人なんだろう。
日本語がわかっていて、ハイメさんもよく知らないすごい魔法を使える人。
それでもって、俺のことを助けてくれる人。
なんだか落ち着かなくなってきた。
部屋の向こうから俺を呼ぶハイメさんに返事をして、慌てて立ち上がる。
「あ、荷物」
この世界は、物騒だ。治安もお世辞にもいいわけじゃない。
部屋に荷物を放置しておけば盗られることもある。うかつに宿に預けても安全とは限らない。
どうするかな、と口にすれば、ぴかぴかと光ったエオさんが荷物の四方に結界らしきものを魔法で張ってくれた。
「エオさん、ありがとう」
すると、途端、意思をもったように分裂して、光でグッドサインを作った。
エオさんの意思か何かが戻ってきたのだろうか。それともさっきのことも聞いていたのだろうか。
「さっきの……」
言いかけてやめる。
いつから聞いてたかなんて確認しても、何かあるわけでもない。
エオさんが誰だろうと、助けてくれているのは事実だ。あれこれ聞くのはぶしつけかもしれない。
「これからご飯を食べにいくんだ。エオさんもどうかな」
あ、見るからに「もちろん!」というような動きだ。
意思疎通がとれる姿が、ちょっとおかしくて笑ってしまう。
きっと悪い人じゃない。
それだけは、確かな気がする。
それを考えれば、会うのが楽しみだと素直に思えた。