【10.5】ただありたいだけだから
朝起きて顔を合わせて、まず一言。
「天根くん、おはよう! 今日も好き!」
眠る前にいたわりをこめて、一言。
「天根くん、おやすみ! 明日も好き!」
毎日昼夜問わず、おはようからおやすみまで全力で好意をぶつけられて、気にならないほうがおかしい。
本当にご都合主義の小説や漫画みたいに出来過ぎている。
俺の夢じゃないよな、と思う気持ち半分。これまでの旅路での苦労を思えば、現実だよなと思う気持ち半分。
俺が望んで、エオさんに旅の同行をしてもらうようになってから何日も経った。
それと、夜にエオさんと話して、エオさんに恥じない自分になるとさらに決意をもってから数日。
ジュジェが最初こそ頻繁に俺の頭部や感覚器に治療魔法をかけてくれたので、洗脳のたぐいでは決してない。俺が自発的にエオさんに対してどんどん好意的に感じているのは間違いないことだった。
(好かれると好きになってしまうって、俺は単純なのかもしれない……)
だって、エオさんは、この世界に来てから何かを成すことを期待されて当たり前だった俺を、全力で肯定してくれる。
俺のやりたいことを応援する。それを口を憚らずに言ってのける。
きっと俺が世界を救う手伝いをしなくても、疑う余地なく味方をしてくれるのだろう。
甘えて溺れてしまったら、どこまでもやっていけなくなりそうだ。
だからこそ、俺は奮起しなければならない。
エオさんみたいに、すごい魔法は使えなくても。
エオさんみたいに、全身全霊で好意をぶつけることができなくても。
「天根くん、私がんばるね」
そう言って、俺のためと頑張るエオさんに何か返せるように俺も応えたい。
(あんまりに俺の力が足りないと、エオさん、張り切りすぎてすごいことするもんな……目を離さないようにしないと)
エオさんは、とても衝動的で行動力あふれる女性だ。
なまじ、なんでもできる力を持っているだけに、予想につかないことをする。
ハイメさんからは、「お前が手綱を握れよ」と言われた。ジュジェには「押し付けてすまない」と謝られた。トムさんだけは、あのきらきらとした瞳で「この年で学ぶことがあろうとは」とエオさんのすることに興味津々だった。
だから、別の空間と繋げる実験で二人とも怪我をすることになったこともあったっけ。
あのときのジュジェの形相は、澱みの化け物とタメをはるくらい怖かった。
かくいう俺も、少なからず腹を立てた出来事だった。
エオさんが行動するには、俺のためであることが大前提だ。
それは、間違いじゃないだろうし、俺も疑っていない。まあ、俺の感情を慮ってくれるのは確かだけど、結果的に俺のためになるなら度外視されがちになる。
今もそうだ。
「天根くん、大丈夫だよ」
恐縮するエオさんが足首をおさえている。
俺のためだって飛び立ったエオさんが、近くの情報を上空から見てくれたところ、襲われたのだ。
世の中、破滅願望を抱く人はいるようで、俺たちを目障りに思う輩の襲撃は何度かあった。そのせいで傷つく人もいて、さらに俺たちに期待と重圧が重なって……いや、いまはそれどころじゃない。
なんでもできるエオさんだけど、怪我はする。飛び道具が当たらなかったのは幸いだったけど、着地に失敗してしまったのだ。
本当だったら、そのまま着地できたはずなのに。俺に向いた攻撃を逸らすために無理やりな態勢で落ちてきたから。
「せめて心配くらいはさせてほしい」
「そんな! ジュジェに頼んで残りもしてもらうから!」
あらかたの怪我はジュジェが治した。だけど、わざと足首の怪我は残したようだった。ジュジェは、無茶な怪我にはきつい対応をするから。
「だいたいわざとじゃないわよ。天根くんを万事尊重することは当たり前なのに、まったくあの男」
「待って、エオさん。ジュジェは今、トムさんの治療に言っているから、それまで俺にさせて」
足をひょこひょこ動かすエオさんがジュジェに文句を言いにいこうとしている。それを止めて、せめてと固定を手伝いを申し出る。
「やだ、ご褒美……!」
「エオさん、喜ぶところじゃないよ。座って」
「う、うう嬉しい! はあい!」
本当に嬉しそうにニコニコして、俺を見るエオさんの視線が熱い。
好きを前面に押し出されて、することなすこと幸せそうに受け入れるエオさんに何も言えなくなってしまう。心を鬼にして、心配したとか、怒ってるんだとか、言えたらいいんだけど。
その場に腰かけたエオさんの足に「痛かったら言って」と触れる。
「俺がいたらないばかりに、庇ってくれるのは仕方ないけどさ。エオさんが傷つくのは、見たくないよ」
生憎、強い口調で責め立てることはどうにも難しい。
腹立ちももちろんある。あるけど、エオさんの俺のことを好きだという視線と態度で丸込まれてしまう。
(……やっぱり俺、単純かもな)
溜息をつきそうになりながら、怪我をしていた右足首をきっちり固定し終えた。
エオさんは、顔を赤くして口元に両手をあてておさえている。感動している風で体をわななかせて、小声で「好き、好き」と言っている。
エオさんの好意に応えたいと思った時点で、たぶん、俺は彼女が好きなんだと思う。
「エオさん、立てる?」
手を取って、立ち上がるのを手伝う。
エオさんが瞳を潤ませたまま、繋がった手と顔を交互に見ている。
(あ、手をつないだの初めてだ)
視線につられて、俺も手を見て気づく。
気づいたら、無性に恥ずかしくなってきた。待て、今、俺はエオさんを心配しているんだ。浮つくな。
「あの、天根くん。もうちょっとこうしていい?」
「え、あ……うん」
柔らかい手が俺の手を握る。
(ど、どうしよう。こういうときどうしたら)
ハイメさんを参考に浮かべてみるも、うまくいかない。あんな風に慣れた調子でエオさんに接してみるなんて、俺には無理だ。肩を抱くとか抱きしめるとかもハードルが高い。
さっきみたいに、エオさんの身勝手さにムッとしてたらまだ思考が働いたのに。
「うれしい」
はにかむエオさんが近づいて、手を握ったまま俺にもたれかかってくる。
(あ。好きだ)
ふと思った。
可愛いな、エオさん。思考がぽんと飛ぶ。
顔が熱い。人体って発火できたっけ。切れ切れに飛ぶ考えに、どうにか落ち着けと必死に堪える。
まだ、遠目にジュジェたちがいてよかった。
つばを飲み込んで、大きく息を吸って吐く。
「がんばろう」
「うん? 天根くんは、ずっと頑張ってるよ」
「いや、そうじゃなくて」
エオさんに好かれる俺を、もっと好きになれるように頑張ろう。
「うん、頑張りたくなった」
「やる気にみなぎる天根くんもかっこいいわ! いっぱい好き!」
俺も。俺もエオさんが。
言い返そうとして、結局言えなかった。
「おい、魔女エオ。ヨシに手間をかけさせてないな。精神治療は専門じゃないから、慎めよ」
エオさんがたまに言う、「おのれジュジェ」という言葉、ちょっと気持ちがわかったかもしれない。
(でも、まだ機会はある。もっといい雰囲気で……ちゃんとやり遂げたら)
心に決めたところで、ぐっと我慢をする。
まさかその先で、後悔するなんて夢にも思わないで、終わりを期待した。
***
旅は続けば、終わりもくる。
召喚された王都には、大規模な澱みを祓ったあと即座に戻された。
成し遂げたことを祝うより先に、お伝えすることがとトムさんと共に召喚された場所に呼び出される。
それから。
もう戻ることは不可能。今後の俺は心やすくここで過ごせ。
要約すると、そう言われた。
トムさんから前もって言われていたけれど、はっきり国から言われると複雑だ。それに、ここで俺が過ごすことが当たり前に考えられていると知って、理不尽な気持ちにもなる。
でも不快な気持ちはすぐに驚きに塗り替えられた。
「あなたのご都合主義の魔女が、願いを叶えるわ!」
関係者以外入れないはずの部屋に、堂々とやってきたエオさんが、魔法を使った。
使って、俺の世界とつなげて、消えかけて。
それから驚きは怒りに変わって、エオさんを必死で繋ぎとめた。
好きな人にそこまでさせたくない。
身勝手に、俺の幸せを決めないでほしい。
どんなことを言っても、しても、エオさんがいるならいいやと反射で答えて、それで。
「トムさん、俺の記憶を消してほしい……いや、あのときの記憶どうにかしてほしい」
「何を言うんだい、ヨシ。あの中での大胆な告白は、なかなかにできるものではない。エオ殿も喜ばれていただろう。私も嬉しいよ」
「ちがう、ちがうんです……」
「おや、ヨシはエオ殿に言ったことは本意ではないと?」
「それはそうじゃない! そうじゃないけど」
好きだと告白するより前に、結婚承諾してしまった。
場の勢いで、エオさんが「結婚して」に「俺でよければ!」と言って、それがこの国で成立してしまった。
あと、最悪なことに俺の母親にまで聞かれた。ちょうどエオさんが世界を繋げた魔法の先に居合わせたらしく、あの告白のやりとりを見事に聞いていた。
俺、一人暮らししていたはずなのに、タイミングよく俺の家の掃除に来たらしい。そういえば、母はそういうことをする人だった。
懐かしくなって泣きたくなるより、恥ずかしさで泣きたくなるとは思わなかった。
母に「あんたいつのまに!?」と驚かれたのをどうにか宥めて、ヒートアップするエオさんを宥めて、話し合って。
(結果的に、あちらとこちらが繋がって行き来ができるようになったのはいい、いいんだけど。それどころじゃない)
「俺から言いたかった……」
「はは、ヨシ。エオ殿より君のほうがよほど浪漫を求めるのだね」
「なんでもエオさんに任せてばかりで、情けない……」
こうして俺は、勇者という大層な肩書に対して、大変に意気地のない男になり下がってしまった。いや、俺の気持ちの問題なだけなんだけど。
「ほら、教会との打ち合わせもあるだろう。ジュジェも待っているだろうから、そろそろ行かねば」
「はい……はあ、ジュジェにちくちく言われそうだ」
「甘んじて受けたまえよ。ジュジェも、親しい友と認めた君がとられて悔しいのだ」
「はあ」
俺の予想だと、ジュジェは少なからずエオさんと仲もいいし、その気持ちもあるとおもう。言ったら、二人して「絶対にない」と否定していたけど、仲が良いことは確かだ。
「ところで、当のエオ殿は? ヨシがあちらに行く間、魔法談義でも出来ればと思うのだが」
「ハイメさんのお嫁さんの家に……その、花嫁修業だとかで」
言いながら照れてしまう。
トムさんは、相変わらずのきらきらした目で「それはそれは」と言う。
「では、なおさらヨシは教会に行かねばね。ジュジェときっちり準備をしておきなさい」
「はい」
「年よりは楽しみに待つとしよう。行っておいで」
ひげを撫でたトムさんに見送られて教会に行く。
話した通り、エオさんは相変わらず俺の傍に魔法を置くが、ここにはいない。何かあったら呼びかけてね、とのことで、おそらくこちらの会話も聞いてはいないはず。試しに聞いてみても、前のような保留音声だった。
しばらく歩いて、誰もこちらを気にしていないよなと確認してみる。
俺の周りを漂う、エオさんの魔法で出された光球をそっとつついて呼びかけてみる。
「エオさん」
言いかけて、やめた。
「あとでね」
そのかわりに、これだけ言って息を吐く。
一呼吸置いて、今度こそ足を急いで進めた。
澱みが見えなくなった空は、どこまでも青くてまぶしかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
拙い勢いばかりの出来ですが、ほんの暇つぶしにでもなれたなら幸いです。




