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【8】この身をもって幸せにするので 中


 焚火がパチパチ鳴っている。

 作業用や入眠用に聞いたことはあったけど、こうして実際に聞いてみると雰囲気抜群でいいものだ。


 なにって、勿論、天根くんと二人きり星空の下ロマンチシズムな空間である。

 お礼にと、トムディムお爺様に「お若い二人で(意訳)」と言われたので遠慮なくいただいたご褒美だ。ほか二人もさすがに空気を読んだらしい。何よりである。


 ちらっと横を見れば、こぶし数個分開けて遠慮がちに身を固くした天根くんが座っている。ときどき乾いた枝を焚火に投げ込んでは、意味もなく手元に残った枝をいじっている。

 この様子だけでもずっと眺めていられそう!

 いや落ち着くのよ私。凝視していたら余計に天根くんが緊張するのでは。緊張なら私もめちゃくちゃしているけども!

 人の字を手のひらに書いて、飲み込む。


「あの、エオさん。今さ」

「うん?」

「人って、書いてた?」


 ためらいがちに聞かれたので、その通りとうなずく。


「緊張してる時や集中するときとかにすると、落ち着くから。そういえばこういうの……ルーティンって、昨今の研究でも熱いんだっけ」

「あ……! ええと、どうだったっけ。注目を浴びてきているのは確かかな。スポーツ選手がする決まった動作が、日常の生産性や幸福感を向上させるという有名な論文が出て」


 ふと虚につかれた顔をした天根くんは、思い返すように視線を動かして、それからぱっと嬉しそうに話し出した。

 何気なくしたことだったけど、いい話題作りになったみたい。


「それでテレビで話題になったのがあったのは知ってる? 野球選手の動きでさ、たしかこう」


 持っていた枝をグリップで握って回すような仕草をして、こっちを見る天根くんのきらきらとした眼差しと合う。

 天根くんが楽しそうで私も嬉しい。にこにことうなずく。


「ゼミでも流行った?」

「そう! だけど、エオさんどうして」

「覚えているもの」

「覚えて? 魔法で見てた、とか?」


 魔法も使っていたけどそれだけじゃない。天根くんと会話ができることのうきうき上昇気分で、笑顔で続ける。


「あっちの頃にいたときから、ずっと好きで見てたの」

「エオさん、もしかしなくても同じ大学……ですか?」


 かしこまって聞かれた。

 真剣な天根くんも素敵だ。うっとりと見つめながら、もちろんと即座に肯定する。


「うん。証明は……あー、ごめんね。ちょっとできないの」

「そ……っか、そっかあ……」


 ためて言葉を吐いて、天根くんは大きく息を吸って吐いた。

 沈黙。

 黙ったままの天根くんの目が、じわじわとにじんでいく。


 待って。

 私、受け答え失敗した?

 息を呑みそうになって、慌てて腰を浮かせるものの、うまく言葉が出てこなくて意味もなく「あー」だの「うー」だのが出てくるだけだ。


「ああああ、天根くん! 嘘じゃないよ、本当! ええと、その、信じてくれるなら、ゼミの有名教授のマネをしてもいいし……そうだ! 学祭でやってたやつ! あの、あれ、歌って踊るくらいはできるからね!」


 あれか、証明できないことが天根くんをがっかりさせたのか。

 浮かれすぎてて回答までポンコツ極まってしまったみたい。どうしよう。

 天根くんの好きな曲を思い返して励ますべき!? ぐるぐる考えながら必死で探る。


「いや、いいよ」


 きっぱり否定して、天根くんはあの懐かしくなる優しい顔で笑った。


「ごめん。困らせたよね、エオさん」


 涙をぬぐって、天根くんが手先で座ってとうながす。拒否する道理はないので、素直に従う。


「俺ももしかしたらそうかなって思ってて……だけど否定されたら、きっとすごくショックだろうなって思うと、ずっと聞けなかった」

「私のほうこそ! ごめんね天根くん。早くきっぱり言えばよかった」


 不甲斐ない自分に悔やんでも悔やみきれない。

 でもそんな私に、天根くんは「そんなことない」と穏やかに返してくれる。


「エオさんにはエオさんの事情もあるだろうし。俺の個人的な安心や拠り所にして負担をかけるのは、俺が嫌だよ」

「天根くん……!」

「というか、そこまで気にかけてもらいすぎると気が引けるというか……まあ、小市民的な気持ちの問題」

「天根くぅん……! 奥ゆかしいとこも好き!」


 どうしよう、好きが止まらない。

 大丈夫かな、目から愛の光線が出てないかしら。


「いや、本当、俺そこまで好かれるようなことした覚えないんだけど」


 焚火の明るさだけじゃない赤い頬を脳裏に刻み込む。

 ぽうっと見惚れていたら、天根くんは困ったように眉をさげて顎をかいた。視線がそろっと外されて照れ臭そうに呟いては、残った枝を火に焚べた。


「俺、そんなに凄いやつでもないし」

「すごいよ! 私がこんなに好きになるくらい! 天根くんのどこが好きか言っていいなら、いっぱい話せるわ!」

「ほんとに、俺のこと好きなんだ」

「うん!!」


 食い気味に力強く肯定して、今ならもうちょい距離を詰められるとばかりに、上半身をぐぐっと天根くんに寄せてみる。

 のけぞられたけど、辺りを見回してから天根くんは紳士的に私の肩に手を置いた。


「わ、わかったから。わかったから、エオさん待って」

「待ちます!」

「あ、うん。素直……ええと、エオさん。あんまり俺、浮かれちゃまずい立場で……だから、だからさ」

「はい」


 少しためてから、天根くんがまっすぐこちらを見返してくる。肩に置かれた手はちょっと震えててあったかい。

 今、天根くんに触れられてることに叫びたいくらい嬉しいけれど、聞いて、と天根くんに言われそうなのでしっかりと負けじと見つめる。


「ここの解決をして、エオさんもあっちに戻れるように。俺、頑張るから……終わったら、その」


 一秒一瞬たりとも見逃さず、じっと耳を澄ませる。


「俺からちゃんとエオさんに、応えさせてほしい」


 応えさせてほしい。

 こたえ。こたえ?

 この反応的に、悪くない意味であるはず。

 ということは、つまり……。



 ──天根くんとお付き合いできるってことかしら!?



 私の反応を待っている天根くんに、喜びで挙動不審なことをしでかさないように懸命に堪えてうなずく。何度も何度もうなずけば、天根くんは小さく笑ってはにかんだ。

 ほ、と緩んだ表情が愛しくてたまらない。心の天根くんアルバムにベストショットが更新され続けていく。


「これ以上は、体が冷えるとまずいし、エオさんは休んで。俺、これからもっと、エオさんに好かれても恥ずかしくないくらい頑張るから。じゃあ、その……おやすみ」


 そろりと肩から手が離れていく。

 終わるまではそういうことも遠慮しちゃう天根くん、奥ゆかしさ百億点満点。脳内で紙吹雪が舞い、高らかに天上のラッパがかき鳴らされ続けている。

 優しく専用の天幕にエスコートされるのを、されるがまま受け取っているうちに、いつの間にか真っ白の世界に意識がふうっととんだ。




 衝撃が過ぎると人はショートするらしい。

 朝爽やかに目覚めて、私は実感するのであった。

 最高に情けないが、最高の気分だ。


 いやはやしかしなんとも鮮やかで美しい朝だろう。

 ああ、世界が輝いている。


 昨晩は天根くんが少なからず私の好意に応えてくれる気になった記念すべき日だ。記念日として祝典を開くようにジュジェに言っておこう。あいつ、天根くんの宗教開祖扱いになっていたし、マウントついでにちょうどいい。


 それから、天根くんの願いを直接聞くことができた時間でもあった。


 ──天根くんは元の世界に帰りたい。


 なるほど、当然と言えば当然だ。

 だけど、ここの世界の澱みをどうにかすることを優先しちゃうのは、優しい天根くんらしい。さすが救世主であり、私の好きな人だ。

 となると、私の行動方針は天根くんのために動くことなので、当然決まってくる。


 天根くんを助けながら、なおかつ澱みを解決して、天根くんを元の世界に戻す。


 ただ問題となるのは、私が元の世界での存在をなくしたので、私が戻れるかどうかということ。

 駄目だったらとか、できないとか、否定の言葉は最後までしまっておこう。挑戦しなきゃ何も始まらないもの。

 何より、天根くんの願いは何においても優先すべき。私は彼のためのご都合主義の魔女になるのだから。

 私に恥じない自分になると言ってくれた、他でもない天根くんのために。


「私があなたの希望になるわ! 天根くん!」


 決意を新たに、頬を叩いて気合を入れる。

 それから昨日補充しきった好きの気持ちを込めて魔法を飛ばす。

 もちろん先は、天根くんのお世話である。ついでに余剰分は宗教団体あたりに寄付や食料を落としておいた。これで慈善活動でもして、天根くんの威光を広めるといい。




 目標が定まって、やる気がみなぎる私のがんばりは我ながらにちょっとすごい。

 快進撃と言ってもいいくらい、みるみると澱みを取り除き(除いたのは天根くんというのはともかくとして)各地の澱みから来る争いも跳ねのけた。

 勇者一行の補給係兼お助けの魔女としても面目躍如といっても過言ではない。


 その並行で、天根くんを元の世界に戻す方法についてももちろん探した。

 一番の協力者はトムディムお爺様だった。


「エオ殿が協力してくださるのは心強い」


 白ひげを撫でながら、穏やかに仰ってくれたトムディムお爺様。

 儀式を行った者のなかにいて、ただ一人天根くんを慮って、保護し尊重すると決めた御方。勝手にこの世界に私の天根くんを連れ去ったのは遺憾だけど、その慧眼はすばらしい。

 なにより大変な知恵者なので、常識や魔法のことについて勉強になる。なぜか私には大変敬意をはらってくれるのが謎だけども。天根くんがいうには、かつての勇者と同じふうに来たからだとか。


 ともあれ、トムディムお爺様と二人してああだこうだと旅をしながら研究をまじえるだけでも、めきめきとさらに力が伸びる。


 なんとその過程で、私の魔法が思いの強さに比例するということが判明した。私の仮説というか当初の考えは大体間違っていなかった。

 もっとも、正確に言うなら、何かを代償に行使しているようだ。

 わかった経緯はふとしたトムディムお爺様との相談会のことであった。


「そもそも召喚とはどこでもできないのかしら。どうでしょう、トムディムお爺様」

「理論上可能ではありましょう。魔法を複数回行使したことによって、場が整えられているところのほうが成功しやすいのです」

「ふうん。できなくはない……繋ぐ感覚を私も覚えれば糸口になるかしら」


 というわけで物は試しとやってみた。


 召喚魔法とは、かつて召喚されたものの魔力の名残やつながりを辿って呼びだす魔法だそうだ。

 儀式場であったら、そういった物はいらないらしいが、ここではそうもいかない。

 天根くんは、天根くん自身がそうだけど生物なので危険を考慮してなし。武器もこの世界で鋳造した特別製らしいので、召喚媒体に向かない。

 私はあっちでの縁が消え去ったので無理。

 なので、ハイメが持っている武器の一つが召喚されたものだったので、それを使ってみることになった。


「では、使ってみましょう」


 一応何かあってもいいように、天根くんたちが見守りをしてくれるなか、トムディムお爺様が不思議な言語の呪文を唱える。

 それを集中して目を凝らしてみる。

 魔力の流れ(仮)は揺れ動いている。

 ハイメの武器にはなんにも見えないけれど、空間の向こうから生命力というか私が理解できる魔力の流れ(仮)が感じるような気がする。


 ちょっと気合を入れて探ってみる。

 あっ、なんか力抜ける。これ、やばいやつでは。


 危機感を覚えると同時に、こことは違う世界とはつながる感覚がなんとなくわかった。

 そして、私の小指の爪が消えた。

 こう、光になってさらさらーと消えた。何回か試したらさらに爪が消えた。

 それを見たトムディムお爺様によって、明らかになった、というわけである。


 なお、再生治療もできるらしいジュジェには治療の際に詰められ、天根くんには無茶はやめてねと怒って言われた。私のために怒ってくれるなんて申し訳ない気持ちと嬉しさが爆発しそうだ。好き。

 ハイメは「なんか変な属性がついてねえか」と武器を検分して苦い顔をしていた。いつもより武器が軽くなって澱みに対する耐久性が上がったらしい。いいことだ。


 そんなこんなもあって、私の魔法についてもわかり、天根くん帰郷も一歩前進したのではと思える。

 あの力が抜ける感覚は、よくよく思い返せば私がこちらの世界に来た時にもあったような気がする。

 つまり、私は代償を払ってこっちにきた。

 同様に、天根くんを送り返そうとするならばそれなりの代償が必要ということではないか。

 そう推論をたてることができる。


 だがたかだか代償一つ二つで、天根くんの希望を壊すことができるだろうか。

 代償を払えば可能なのだ。

 天根くんの願いを叶えるのなら、役に立てるなら、私に否はない。

 思いの強さで私の魔法が力を増すなら、もっともっともーっと天根くんを思えばいいのだ。それならいくらだってできる。


「天根くん! がんばるね!」

「エオさんはいつもがんばってるよ。俺も、がんばる」


 私に笑いかけてくれる天根くん。

 手を差し出してくれる天根くん。

 手料理をごちそうしてくれる天根くん。


 あのあと、天根くんのとの距離は縮まった。間違いない。

 手も繋げるようになったし(私から強引にだけど拒まれなかった)よくお話しするし、近くに座るとにこにこしてくれるし!

 ただまあ、好き好きいう私に対して、天根くんからは茹蛸で「す」しかまだ聞けてないけども。九割好きと言っているとみなしてもいいだろう。

 純で奥手で義理堅い、私の愛する天根くんが私に見せてくれる姿、それだけで力になる。


 毎日、愛のレベルアップを起こす私に不可能はない。できるできるやればできる!

 事実、快進撃は続いている。


 想いを確認しながら、順調も順調に旅は進んだ。

 徐々に活気づく町々の様子を共有すれば、士気もどんどんと上がっていく。

 澱みが形作って現れるモンスターもなんのその。

 日々澱みをはらい、障害もぶっ飛ばして、天根くんを褒め讃える聖句を教会に届け。


 そしてそして、愛の力をもってして、八面六臂の活躍で世界最大といわれる澱みも、私たちはばばーんと吹き飛ばした。

 ノリに乗った私たちは、間違いなく救世の勇者一行と評されるにふさわしい活躍をもって、世界の滅びを遠ざけるという偉業を成し遂げたのであった。



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