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【1】私がここにいるわけは


 拝啓、天国にいるお父さんとお母さん。


 花の女子大生、十九歳。あなたがたの愛娘は、愛のままに我がままに……そして心のままに従った結果、異世界にいます。


 どこまでも広がるような大空、そこへ浮かぶ色とりどりの星々を見上げて伸びをしてみる。


 私は異世界転移者である。

 名前はない。

 正確にはあったけれど、異世界に来たついでに無くしてしまった。寂しくはあるけれど、大いなる目的のためなら私は何度だって同じ選択をする。


 そう、私は決めているのだ。

 うららかな日差しの下、輝く立派な城っぽい建築物に向けて私は両手を握りしめ、がんばるぞいっと気合いを入れた。ついでに声に出して目的を露わにした。


「待ってて、私の愛する天根くん! 勇者の仲間とか助けられたお姫様とか、そんなぽっと出に私は負けないわ!」






 天根由(あまねよし)くん。この世界に召喚された救世の勇者さま。

 そして私の同級生で、好きな人。


 私は、天根由くんが好きだ。

 どのくらい好きというと、火の中水の中土の中ついでに世界を跨いで彼の後を追うくらいには好き。

 天根くんが推しているバンドライブから帰る姿を見守って、機を見計らって声をかけようとしたら、急に姿を消したものだからさあ大変と追いかけてきたのだ。

 本当だったら、偶然会ったね、気が合うねって関係を深める会話をするはずだったのに。

 おのれ召喚、許さない。どうせなら私もまとめて召喚してくれればよかったものを。


 天根くんの召喚は、高鳴る鼓動を胸にアクションを起こそうとした、一瞬の出来事だった。

 しかしそこは私。抜かりはない。

 私の愛する天根くんが桜に攫われたらどうしようシミュレートも常日頃からしていたので、急な異世界召喚もそれの応用で対処できたのだった。



 なんでそんなことができたかというと話は単純だ。

 私が大覚醒した超凄い魔女だからである。



 これは自画自賛してもいいのでは。

 だって、世界超えられる魔女なら凄いでしょ。たぶん、きっと。愛の力で目覚めたとかもう、ドラマや映画の主役だって張れちゃうくらいだわ。


 元々、私の家系にはご先祖様に特殊能力を持った人がいて。

 まあ、要するに、魔法が使える魔女の血筋だった……

 というのはあまりにご都合主義的だけれども、事実なのだからしょうがない。ひいひいおばあちゃんくらい前の古めかしいアルバムにそう走り書きしていたのだもの。


 私は幼い頃から超能力じみたことができた、普通とは言えない女子だった。

 おまけにそこそこ容姿も良く、勉強だってそれなりにできた。まあ、自惚れもあった。

 なので、つまり、過去の私は嫌われる人には嫌われる女子であった。

 お高くとまった、「貴方たちとは違うのよ、私」というような女と出会ったら、今の私なら助走してビンタしている。

 天根くんと出会って以来、私は生まれ変わったのだ。一変したのだから、本当に天根くんは私のメシアといっても過言ではない。

 愛に目覚めた私は、気持ちが高じて天根由教だっておこしそうだった。

 実際、家に祭壇も作った。さらに言えば、携帯するためのコンパクトサイズな祭壇を作る計画もしていた。


 そんな天根くんとの出会いは、大学に入って間もない頃。とはいっても彼が私をよく知っているとは限らない出会いだけれど。

 同じ講義をとって、たまたま近くの席に座ることがあって、真面目で優しそうな人だなあと暇つぶしがてら観察していたのが最初だ。


 ああ、昨日のことのように思い出せる、ある日のこと。

 たまたま急な雨に降られて帰ろうか迷って、棟の入り口でぼんやりしていた私に「これ、よかったら。俺、予備がありますから」と無骨なありふれた青の雨傘を貸してくれた。

 その後、また同じ講義で出会ったときにお礼を言ったとき。

 風に揺れてそよぐ花のように、穏やかに柔らかく照れくさそうに「どういたしまして」と天根くんは私へ微笑んでくれた。


 あのときから、私の世界は変化した。




 はい。

 私と天根くんの尊いメモリー、出会い編は以上です。

 単純と言えば笑っても構わない。

 私に向けてくれた笑顔一つ。たったそれだけで、私は彼に心底惚れきった。

 自覚は早いと自負しているので、すぐに天根くんに夢中になった私は、なんかよくわからないながら不思議な力がどんどこ湧いたのである。

 物語でよく聞くような、恋に落ちた人が今ならなんだってできちゃいそう! が本当になってしまった。

 愛の力って凄い。


 以来、一年くらい天根くんを見守りながら、たまに見かける同期の学生としてやってきた。

 私は取り繕える演技力もある女。天根くんに迷惑行為をかけたり彼の名に恥じる行いはしないのだ。

 それにしても、突如とした異世界召喚には焦った。

 奥手で初心なところがとってもとっても素晴らしく愛らしい天根くん。押せ押せは嫌われちゃうのではと、ゆっくり他人から知人レベルに持って行き、外堀を埋めまくって世界に祝福される二人にと考えて計画していたのに……すべてが無と化したのだから。

 天根くんを世界救済の勇者に選んだのはお目が高いと言わざるを得ない。

 まあ、天根くんは存在するだけで場の空気を浄化してくれる人間空気清浄機(私調べ)だからね。当然の摂理。



 天根くんが召喚されたとき。

 私は根性と愛の力で何を犠牲にしてもと、念じに念じて世界を跳んだ。天根くんの痕跡と召喚の名残を追って、確かにたどり着いた。

 静まりかえった暗い路地のどこかに出て、天根くんを見守るために鍛えた隠匿魔法で見張りをやり過ごして外へと出た。

 日頃の行いがよい私だったからか、運も良かった。

 お祭りらしきイベントがされていて、人ごみにまぎれられたのだ。

 だから、私という存在はおそらく感知されていない……はず。でないと、世界を移動してきた勇者と同郷の女なんて大問題、見逃さないはずだ。

 捕まってしまって、天根くん探しをする前に障害が増えてもたまらない。


 ともかく、外に出て私が見たものは、パレードらしきものの中心で歩く目立つ一行。

 それも何やら強そうな魔法使いっぽい老人に、これまた歴戦の戦士っぽい強面の男、司祭服を着た優男……に囲まれた天根くんが照れたように軽く手を振っている姿だ。

 心のアルバムに刻み込んでいるので、今も色濃く思い出せる。

 夜空、星明かりと町の灯りに照らされた天根くんは輝いていた。夜闇に燦然と現れた私の心の一等星だった。天根くんは素敵だった。


 周囲の聞き耳結果から、勇者、つまり天根くんがこの世界に来てからそれなりの時間が経っていることや各地で奮闘していることを知ることができた。


 悲しいことに私の愛の力では同時の時間軸へ飛べなかった。

 見知らぬ地で二人一緒に手を取り合って愛を育む計画が崩れ去り、勇ましい天根くんの姿を拝める嬉しさとそこに共に立てない悔しさに涙が出たものだ。

 そんな私に引きながら教えてくれた親切な町の住人曰く、勇者一行の歓迎パーティーなんだとか。

 そして一行の男たちと一緒に居るお姫様みたいなひとは、天根くんたちが偶然助けた領主の娘らしい。


 なんということ!

 私のあずかり知らぬところで、天根くんはどこぞの顔がよくて身分がある女を助けていた。

 というか距離が近いわよポッと出の女!

 天根くんは女の子に免疫がないのよ!

 ほら、ちょっと困った顔が……可愛い! 好き!


 そしてその領主の娘さんとやらも、天根くんをにこやかに見つめている。天根くんの仲間とやらも。

 天根くんは何やら打診されていたけれど辞退していたことはいい。

 きっぱりノーと言える天根くんにホッとする。しかし表情はぎこちなくて、無理していそうだと私にはわかった。

 ああ、とんでもないことに気づいてしまった。



 天根くんは救世の勇者だ。

 つまり、世界が彼の魅力に気づきやすい。いいことだけれど私にとってはいいことじゃない。

 恋敵が量産される可能性がある。


 それになにより問題なのは、天根くんのどこか寂しそうな儚い笑み。

 これはいけない。いけないったらいけない。



 それが私に決意を抱かせた。

 この世界に召喚されて、天根くんは普通の男の子じゃいられなくなっちゃったんだと理解したから。

 天根くんが天根くんとしてあれることが、私の望み。

 彼に苦しい役割を押し付けることは、解釈不一致の地雷でしかない。



 だから、決めた。

 ──私は、天根くんのための魔女になる。



 天根くんのためだけの、ご都合主義の魔法使いになる。

 あの仲間や彼に好意を寄せる奴らよりも、彼を愛して守ってみせる。


 しかしながら。

 今、この場で飛んでいき同郷なんです! と主張して合流したとしても、うまくいくかどうか。

 周囲がどんな反応をするかも未知数ななか、迂闊には近寄れない。

 大丈夫。私は慎重に考えることができる女。

 そもそも救世の勇者という重要人物に、こんななかでおいそれと会えるわけがないと理解している。

 かといって、機を見計らっても、あの仲間たちが妨害するかもしれないし、その力は私よりも強い可能性だってあるかもしれない。

 もちろん愛のためなら、粉骨砕身でどんな手段を用いてもいい。殴りあうことだって辞さない。這いつくばってでも執念で相手してみせよう。

 けれど、そんなことをしたら、あの優しくて慈悲深い天根くんが悲しんでしまう。私は天根くんの笑顔を守るのだ。ここはぐっと我慢しなければならない。


「力、力を得なければ」


 ふらりと足に力を入れて立ち上がり、私はその場を後にした。



 そうして話は最初に戻って、今に至る、というわけだ。









 極力魔法を用いずに旅をしては、人気がない場所では魔法の修行をすることにした。

 ご先祖様の情報によると心の強さこそ魔法に直結するとのことなので、私は天根くんへの愛を叫び、恋を謳った。


 結果、私の魔力は強く魔法もそれなりの出来であるとわかった。

 どこからともなく襲ってくる変な生物や通り魔的な盗賊にも言われたので確かである。


 だが、まだまだ正面切って会いにはいけない。

 大手を振って「天根くんは私が生涯守る!」と言えるくらいでないと。

 それには、奴らを納得させるような実力が必要である。

 今の段階では、天根くんのことをばれないように探っては遠くを見つめる作業をこなすばかりである。ああ、直に声が聞きたい。

 空に浮かぶ欠けた太陽へ向かってヤッホーとばかりに愛を叫ぶ。


「天根くーん! 今日もとっても可愛い! 素敵! 好き!」


 人の顔ほどあるハートが飛び出した。私の物理的な愛である。食べることもできる。

 叶うならば、この愛を天根くんに食べて欲しい。

 朝の仕度がてら覗いた宿屋のなかで黒パンとスープを寝ぼけ眼でもらう天根くんを見てたら、つい出た。

 これをこっそりと天根くんの元へ贈るのは、さすがに怪しいし警戒される。

 ので、天根くんが滞在している町に分割して落とした。私の愛のお裾分けだ。


 ふう、と息をついて身支度を調える。

 今日も今日とて、私は愛のため修行をするのである。






更新はだいたい週一くらいのゆっくりめです。


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