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交錯する思いの先で

 突然部屋に入ってきたアリアとライルを呆然と見ていたソリッドが、はっと我に返った。

「お前ら、また…」

 それだけ呟き、深く息を吐きながらうなだれる。

 ヤトとの話もまだ途中、正直頭は混乱していた。

 どうするべきかも、どうすればいいかもわからない。しかし。

 自分たちを見る金色の瞳。

 どうしたいのかだけは、わかっていた。

「…もうここを出ろ」

 ぼそりと吐き捨てた言葉に、ヤトは何も言わなかった。

「家に戻れ。追わねぇから」

「どうして?」

 子どもらしからぬ淡々としたその声は、決して大きくはないのに強く響く。

「アリアはここにいたいのに」

「何されてっかわかってんだろっ?」

 アリアを見ないまま、ソリッドが声を荒らげた。

「連れてこられて! 閉じ込められて! このままだと引き渡されて連れてかれんだぞ? それを―――」

「連れていかれても大丈夫だもん」

 突然の大声にも示された末路にも、アリアに動じた様子は一切なく。

「だからアリアはまだここにいたい」

 ただ静かに、そんな言葉を投げてくる。

 あまりに迷いなく言われ、すぐに二の句が継げなかった。

「……っかなこと言ってんじゃねぇよっ!! 大体―――」

 顔を上げて怒鳴りつけたソリッドは、見返す瞳に続く声を失う。

 自分を見つめる瞳は明るい金色のはずであるのに。

 捕らえ呑み込むような底知れなさが、そこにはあった。



 アリアを見たきり黙り込んでしまったソリッド。唇を引き結ぶその様子に、仕方なくヤトがあとを継ぐ。

「元の場所まで送るから。請負人(コート)の本部に行くにしても、オルストレイトは避けてった方がいい」

「行かない。ここにいるの」

「アリア」

 言い聞かせるように名を呼ぶが、子どもらしくふくれてそっぽを向くこともなく、真っ向から見返してくるアリア。

「誰かに会いに行くって言ってただろ」

「リーはアリアのところに来てくれるから大丈夫だもん」

「どこにいるかもわかんねぇのに。来るわけねぇだろ」

「リーは来てくれるもん」

 平行線の会話に苦笑を見せ、ヤトはアリアからライルへと視線を移す。

「ライルも。アリアを説得して連れて帰ってくれ」

「この旅はアリアのための旅だから。僕はアリアの望むように動くよ」

 アリアと同じ金の瞳を向けて。静かにライルが言い切った。

「アリアがここにいたいなら、僕はとめない」

「ライル……」

 名を呼ぶ声には呆れよりも懇願が混ざり。

 どうしてわからないのかと、苦々しく続ける。

「俺らはお前らを拐ったんだぞ?」

「それでも。ふたりは僕たちを傷付けるつもりはないよね」

 もちろんそのつもりはないが、ここは脅しておくべきだと頭ではわかっていた。しかしまっすぐに見返す金の瞳に、偽りの言葉が出てこない。

「なんでそんな言い切れるんだよ」

「僕が信じてるのはあなたたちじゃない。僕自身だから」

 苦し紛れに紡いだ言葉に返されるそれは、己の場しのぎのものなど比べ物にならないほどの重みを含んでいた。

「僕自身がそう思うから。だけど」

 見据える瞳に浮かぶのは、自負と責。

 見目はほんの子どもでしかないライルは、そうは見えない眼差しを向けて。

「間違ってないよね」

 自分たちよりも余程確立した信念を以て、疑問ですらないとばかりに言い放った。



 揃って言葉を失ったふたりを前に、アリアはどう伝えればと考える。

 自分が何かを言えば言うほどふたりを取り巻く影は濃くなり。しかし何も言わずにここを去ったとして、それがふたりにとってなんの解決にもならないことなどわかっていた。

 自分が龍であることは説明できない。なぜそう思うのか、肝心な部分は濁すしかなく。

「無理してるってわかるから。ソリッドとヤトが気になるの」

 だからせめて、言葉を重ねる。

「どうしてなのかなって。そう思ったから」

 一度で足りぬ言葉なら、何度でも。

「だからついてきたの。アリアがそうしたかったから、一緒に来たの」

 何度でも、自分の気持ちを伝えよう。そう思った。

「アリアはね。ふたりが心配なの」

 ふたりの様子に気付いたのは自分が龍であるからだが、心配なのは自分として。

「だからもうちょっとここにいたい」

 何もできないかもしれないけれど、それでもまだここで、もう少しふたりを知りたかった。

 精一杯告げた言葉に、視線を逸らしたままのふたりは変わらず沈黙したままで。

 届かなかったかと沈む気持ちに寄り添うように、隣のライルが手を握ってくれた。



 痛いくらいに突き刺さる、どこまでもまっすぐな、自分たちを気遣うアリアの言葉。

 こんな子どもにと思う一方で、素直に聞き入れてしまいそうになる。

 諦めながらも諦めきれずに流されてここまで身を落とした自分。今更誰にも縋れないと、わかってはいるのに。

 長い息をつき、顔を上げる。変わらずこちらを見る金の瞳には、羨むほどに迷いなどない。

(……情けねぇな)

 初志を貫くことだけでなく、足掻くことさえ最後までできず、今なおこうして迷い続けて。

 そんな自分の真逆のようなこのふたりが眩しくて仕方ない。

 出口を示す光ではないとわかってはいる。しかしそれでも、続く暗闇の中に差し込んだ光は温かく。

 見惚れ、近付きたいと思うほどに。見失いたくないと、手を伸ばすほどに―――。

「ソリッド」

 いつの間にか自分を見ていたヤトが、小さく名を呼んだ。何に迷っているのかは、おそらくヤトには知られている。

 ふっと緩んだヤトの表情に、そうだよな、と内心呟く。

 理由もわからない。それでいいのかもわからない。でも、自分でも驚くほどに、どうしたいのかだけははっきりわかっていた。

 先程までとはまた違う、その望み。

 一度目を閉じ、息を吐ききり。

 なけなしの覚悟を決める。

「……昨日会ったばっか、それも騙して拐おうとしてたんだぞ」

「いつ会ったかなんて関係ないよ。ふたりは今アリアの前にいるんだから」

 己自身に向けての言葉でもあるその問いに、迷うことなくアリアが返してくる。

『回収』が来るまであと八日。

 まだ日はあるから。

「…俺らは子どもを拐ってくるよう言われてて。八日後、ここに引き取り手が来る」

 自分を見る二対の金の瞳を、今度こそまっすぐ見返して。

「…だからその前にここを出るなら。もう少しだけ置いてやってもいい」

 あまりにバツが悪く、かなり上からの言い草になってしまったが。

 それでも嬉しそうに表情を崩したアリアに、ほんのり胸が温かくなる。

「アリア。ライル。それでいいか?」

「うん! ありがとう!!」

 満面の笑みのアリアと、そんな妹を優しい顔付きで見守るライル。

 からかうようにまた軽く蹴ってくるヤトを睨みつけてから、ソリッドはふたりを帰せなかったことを心中詫びる。

 これでいいのかはわからない。それでも。

 もう少しだけ、一緒に―――。

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― 新着の感想 ―
アリアの真っすぐに想いに徐々に動かされてきてますね。その正体がわかる訳もなく、ただならぬ雰囲気とはいえ、見た目は子供なふたりに事情を話すことも泣きつくこともできない。あと八日のうちに彼らの心境がどう変…
[一言]  ヤトとソリッドでした!  失礼しました。m(__)m  ライルくらい落ち着いた子どもなら、  しっかりと下の子のめんどうをみてくれて、  安心して任せられますね。  いざというときは守…
[良い点]  アリアが幸運の黄金龍だったとしても、  まっすぐな気持ちが二人を打ったのでしょうね。  ヤトとソリッドの葛藤が細かく描かれていて、  迷っている二人の心情がよく伝わってきます。  ア…
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