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抜け道

「なぁ?」

 突然声をかけられ、ライルは足を止めて顔を上げた。

 声の主は街道の向こう側から来た黒髪の若い男。そのすぐうしろには暗青の髪をうしろで束ねた同年代の男がいた。

「こんな時間に子どもふたりで。親はどうしたんだ?」

 心配そうなその声に、ライルはじっと男を見上げる。

 こちらを傷つけようというような悪意は感じない。しかしどこか本心が掴みづらかった。

「おい? 聞いてるのか?」

 半歩踏み込んだ黒髪の男を、もうひとりが引き戻した。どうやら怖がらせると思ったらしい。

(わり)ぃ 」

 素直に退く黒髪の男は本当にそう思っているようで。すまなそうに笑ってから、もう一度ふたりを見る。

「親とはぐれたのか?」

「いえ。僕たちふたりです」

 害意はないと判断し、ライルはそう答えた。目を瞠る男からは依然として悪いものは感じないが、うっすら纏わりつく影に加えて複雑に絡み合った感情が、意図的にではないもののどうにも本心を隠してしまっている。

 棲処の池を訪れる人は、父ウェルトナックが護り龍をしているメルシナ村の住人とリーくらい。自分たちを龍と知り、間違いなく好意を持ってくれている彼らに比べ、道行く人々の感情は複雑で。まだ僅かなこの道中、多くは明らかに害意もなく、心配と疑念が混ざったような感情を持たれているとわかりはするが、まっすぐこちらに向けられているわけではないものを読み取ることは難しいのだと知った。

 黒髪の男は気を取り直すように息を吐き、肩をすくめる。

「ふたり旅する歳じゃねぇな」

「少し事情がありまして」

 幼子らしからぬ返答に少し面食らったような顔をしつつも、黒髪の男はそうかと返す。

「…まぁ、しっかりしてるみたいだけど。どこまで行くんだ?」

請負人(コート)組織本部です 」

 刹那、男ふたりの感情が波立った。



 あどけない見目にそぐわぬ受け答えをする少年の口から出た目的地に、一瞬動揺したものの。

 すぐに立て直し、そうかと黒髪の男は返す。

「兄貴でもいるのか?」

「リーに会いに行くの」

 それまで黙り込んでいた少女が突然口を挟んだ。

「リー、いないけど。会いに行くの」

「いないのに…?」

 うしろで訝しげに呟く暗青の髪の男。同じ気持ちではあったが、口に出すのはやめた。

「なら紫三番か。まだ先は長いな」

「楽しいからいいの」

 にこにこと無邪気に応える少女。幼い身での長旅を前に、不安も躊躇も見えない。

 自分を見る澄んだ金の瞳を見ていられず、男はさり気なく視線を逸らした。

「紫三番…」

 逸した視線のままうしろを振り返り、もうひとりの男に小さく頷く。それから再びふたりを見て、なら、と告げた。

「街道沿いでなくてもよけりゃ、近道教えてやれるけど……」

 じっと見上げる二対の金の瞳はどこまでも静かで感情が見えず。意図せず深淵を覗き込んだような、そんな焦燥を覚えた。



 確かに、少し様子はおかしいけれど。

 目の前の男たちについて、ライルは無害だと判断していた。アリアもそう感じたからこそ自ら話しかけたのだろう。

 近道についても嘘ついてる様子はないので、本当に知っているようだ。

 とはいえ、こちらは黄金龍のアディーリアとの旅。万が一にでも正体を知られるわけにはいかない。まだ色を変えられないアリアと兄妹であることを怪しまれないように、自分もアリアに合わせて金を纏っているのだ。どちらかが龍だと気取られたら、その色から容易に黄金龍の可能性へと辿り着ける。

 だからこそ。

 断ろうとしたライルの手を、アリアがぎゅっと握りしめた。

「教えてくれるの?」

 受諾でしかないアリアの言葉に振り返りそうになったライルだが、ますます強く握られる手に踏み留まる。

「どうせ帰る途中だし」

 男の言葉に嘘はない。害意もない。

 だが、自分は間違いなくこの男の心を読み切れているのだろうか―――。

「お兄ちゃん」

 アリアの声に我に返る。今度こそ振り返ると、自分を見つめるアリアがにこりと笑った。

「行こう」

 迷わず言い切るアリア。その瞳が自分を、次いで男たちを映す。

「近道、教えてください!」

 男たちに向けそう言い放ったアリアに続き、ライルもふたりを視界に捉えた。

 驚きに喜びが混ざる、その奥。

 絡み合い隠されたそれを、まだ見つけられないが。

「よろしくお願いします」

 アリアの言葉を継ぐように、ライルもそう告げ頭を下げた。



 こんなに上手くいくものなのかと。

 自分たちを見上げる兄妹を見ながら、黒髪の男は独りごちる。

 渋られると思っていた。それをどう言いくるめようかと考えていたのだが、すっかり杞憂に終わってしまった。

 疑ってなどなさそうなふたりの様子に、子どもらしい素直さをありがたくも羨ましく思う。

「とりあえず家まで一緒に。そこでまた説明するけど、ここを…ガレーシャを斜めに、赤の四番に抜ける道だけどいいか?」

 街道に囲まれた内側には町や村が点在するので、もちろん道はある。場所によっては行けぬこともあるが、大抵は次の街道へと抜ける道があった。尤も、知らねば迷う道も多く整備も不十分となると、地元に詳しい者にしか使われない。

「僕らでも歩けますか?」

 兄の方にそう問われ、男は少し考え頷いた。

「多少勾配はあるけど、山越えはないから」

「それなら大丈夫です。何日くらいかかりますか?」

「三日かな」

 そんな話をしている間に、少女がうしろで立つ暗青の髪の男の前へと移動し、何やらふたりで話し始めた。

 簡素ながらも道中の町には宿もあるので野営の必要はないことや、自分たちの家には三時間ほどかかることなどを説明していると、少女が戻ってきて兄の隣へと立った。

「お兄ちゃん。ヤトはヤトって呼んでいいって言ってもらえたよ」

 飛び込んできた言葉に耳を疑い、上げかけた声を呑み込む。

「そうなんだ。よかったね」

「うん!」

 兄妹が話すうちにそろりと一歩後退り、バツ悪そうに顔を背けるヤトに並んだ。

「……なんで名前」

 互いに名乗る偽名を予め決めていたにも関わらず本名を告げたヤトに、男は兄妹に聞こえぬようにぼそりと問う。

「……言っちまってたんだよ…」

 同じく低く返すヤト。溜息をつきたいのをなんとか堪え、男はこちらを見る兄妹になんでもないと笑みを見せた。

「あなたはなんて呼んだらいい?」

 小首を傾げて尋ねる少女の金の瞳が、じっと自分を見ている。

 明るい金色のはずなのに、引き込まれそうなほどの深みが見えるようで。少女の口から出た声も、どこか強い響きを含む。

 ごくりと、思わず息を呑み。

「……ソリッド」

「ソリッドさん」

 かわいらしい声で繰り返された己の名に、ヤト同様自分も本名を名乗ってしまったと気付く。

「…俺も呼び捨てでいい」

 横から刺さる視線を感じながら、ソリッドは仕方なくそう続けた。

 正面からの絡め取る眼差しが、ふっと緩む。

「じゃあソリッドとヤトって呼ぶね! アリアはアリアだよ」

「僕のことはライルと」

 にこやかな兄妹に、ソリッドは出そうになった嘆息を噛み殺し、よろしくと返した。



 橙街道の途中で西へ、ガレーシャ地区へと入る。アリアの歩幅に合わせたためにそこから四時間かけて、森の奥に隠れるように建てられた小さな小屋に到着した。

「ここにふたりで住んでるの?」

「仕事で。ちょっと借りてんだよ」

 アリアにそう答えながら、ソリッドは小屋の鍵を開ける。

 自分たちのものではないので、借りているというのは間違いではない。

 ただ普通と違うのは、ガレーシャとオルストレイトにこの鍵で開けられる小屋がいくつもあるということだ。

「どーぞ」

 大きく扉を開き、ふたりを招き入れる。興味深げに見回しながら入ってきたそのうしろ、ヤトが扉を閉めた。

 入ってすぐは狭い調理場と食器が重ねて置かれたままのテーブルと椅子がふたつ。すぐ壁があり、扉がふたつある。

 何が面白いのか、楽しそうにきょろきょろとするアリアとライルを通り越し、ソリッドは左の扉を開けた。

「ここ、椅子ふたつしかねぇから。ちょっと奥で待ってて」

「はぁい」

 素直な返事を残してふたりが部屋へと入ったところで、ソリッドはバタンと扉を閉めた。

「ソリッド?」

 中からの疑問の声に答えず、外から鍵をかける。

「……ごめん…」

 苦々しい小さな呟きが、思わず零れた。



 次回、予定では四日ですが、メンテナンス日に当たるので五日に上げますね。


 代わりというわけではないですが、三日に【池淵】上がりますので…。

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― 新着の感想 ―
なにやら訳ありの様子ですね……悪い人じゃなさそうな人が「悪い」と言わなければいけないのはどういった状況ですかね。人質? 生贄? うーん。 アディーリアの深い瞳に見据えられると、人は嘘を付けないのでし…
[良い点]  あらららら。     あちらはあちらでなにか事情がある様子。  根っから、そうではないような感じが見え隠れ。  アリアとライルと知り合って、どう変わるのか  ……な?   [一言]  …
[一言] こんな性格だからうまくいかないのだろうけど 止められない事情もあるんだろうなぁ アリアの心の動きも気になるところです。 ライルとはまた違った考え、違った思いで 言葉を交わしていそう。
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