終わりに思い始まりに向かう
これを含めあと三話。
目処が立ったので連投しますね。
予告なしですみません。
ミゼットに呼び出された日の午後から翌々日の午前中まで、リーはフェイとともにミゼットを手伝うことになった。
内容は至って簡単。要するに、的だった。
同行員の資格を取るための訓練中のラミエと双子。戦闘中に味方の邪魔をしないためにはどう動くかを知らねばならない。ようやく説明してくれたミゼットには、普段は手の空いている者に手伝ってもらっているがどうせなら本人がいいだろうから、とくすくす笑いながら言われる。真っ赤になってミゼットを叩くラミエからなんとなく視線を逸しつつ、引退した請負人だろう壮年の男と手合わせをした。もちろん体力も力も現役請負人のリーの方が上だが、経験には圧倒的な差があるようで。上手くかわされあしらわれ、力み過ぎだとうしろから蹴られ。普段力押しでどうにかする傾向のあるリーとしても、いい訓練となった。
リーがラミエとエリア、ふたりの補助魔法の的となる間、フェイはというとティナの容赦ない攻撃魔法の文字通りの的となっていた。二発撃つと昏倒するティナも、今はどうやら倒れずに済むようになったらしい。しかし威力は相変わらずで、さすがのフェイも一発で勘弁しろと泣き言を言いながら、二発目からはかなり本気で逃げていた。
三日目の午後にマルクから最終の報告を受け、今回の本部待機は終了した。
翌朝指定されたのは、本部裏のいつもの場所。待っていた面々は見覚えある顔ばかりだった。
「村に戻らなきゃいけないから、あたしたちが行くね!」
そう言い笑うエリアとじっと見たままのティナ。
「戻るって…」
また何かやらかしたのかと思い眉を顰めるリーを気にした様子もなく、そう、と頷く。
「もういくつか石持ってこないと足りなくなっちゃって。お腹すいちゃうの」
「ふたりとも魔力量増えたんだよ」
一緒に来ていたラミエが補足をする。
「ティナが増えた分魔力を渡すようになって、エリアも増えたんだよね」
「そうなの!」
嬉しそうなエリアと、それを見るティナもいつもよりは柔らかい表情で。
双子なりに成長しているんだな、としみじみ思う。
「そっか。よかったな」
「うん!」
「ありがとう」
あの常識知らずが、と内心感動すらしながら。そういえば、とラミエを見る。
「ラミエも行くのか?」
かけられた声にびくりと身動いでから、ラミエは慌てて首を振った。
「私はミゼットの代わりに説明と出発を見届けるために来たんだ」
「あぁ…」
確かに説明という点ではまだこの双子は怪しすぎる。
「ふたりともまだ職員としても見習いで同行員の資格も取れてないけど、相手がリーならいいかなってことになって」
(…どういう意味だよ……)
双子の知り合いだからという意味か、不慮の事態に陥っても自分なら構わないという意味か。なんとなくどちらもであるような気もしつつ、苦笑いを返してからこの場にいる残るひとりに視線をやる。
「で、そっちは今回も来てくれるんだ?」
「場所は知ってるからね」
向けられた眼差しに肩をすくめるのはネル。
「ふたりも乗せて帰らないとだし」
「…エリアとティナは石を取ったらすぐ戻るから。リーとフェイは歩いて戻ってきてね」
「ラミエ?」
なんとなく声に違和感を感じて名を呼ぶと、ラミエははっとした顔をしてからにこりと笑った。
「六の月、年受付でしょ?」
「あ、うん…」
「待ってるね」
その微笑みは既にいつもの微笑みで。
まともに見てしまってから、リーは慌てて視線を逸らす。
そんなリーの様子を見つめるラミエの瞳に揺らいだ一瞬の翳りには気付かぬまま。
エリアが皆へと視覚阻害魔法をかけ、事前に打ち合わせ済みだったのだろうが、なぜだかフェイに三人乗って。
いってらっしゃいと明るく手を振るラミエに見送られ、リーは本部を出発した。
何度乗っても慣れないフェイの上、リーは相変わらず下を向いたまま到着を待つ。
視覚阻害の魔法のお陰で下から見えることはないが、もちろん下を覗こうなどという気はなく。前回同様気持ちよさそうに眼下を眺めるティナの気が知れない。
「ねぇ、リー」
「話しかけんな」
振り返って声をかけてくるエリアに気を散らすなと訴えるが、全く気にした様子もなく。
「またこうして皆で行けて楽しいね」
うるさいと言いかけて、リーは口を噤む。
ふたりがネルにではなくフェイに乗った理由。ふたりなりに思うところがあるのかもしれない。
自分にとってウェルトナックの依頼が大きな転機となったように、ふたりにとっても前回の騒動は色々なきっかけとなったようで。その先でまたこうして過ごすことを喜んでもらえていることは、なんとなくこれまでの自分を肯定してもらえているような、そんな感覚もあり。
言おうとしていた文句は呑み込んで、リーはぎゅっとロープを握りしめて少しだけ顔を上げた。
空の上では見下ろさねば流れる景色もさほどなく、抜ける風にただ速さを感じる。
これを心地いいとはまだ思えないが、それでももし何かあってもなんとかしてもらえるだろうという程度の信頼はあった。
自分もまた知り合えた彼らを肯定し、こうしてともに在ることをよしとしているのだろうなと思う。
もちろん、口に出したりはしないが。
「見えてきたよ〜! ほら!」
「見ねぇっつってんだろってかやめろ頼むからっっ!!」
指を差して振り返り見ろとばかりに腕を引っ張るエリアに、最後は半ば懇願しながら。
やっぱり信用しきれないと、内心独りごちた。
前回と同じ場所に着陸し、かけ直すからいいと一旦全員の視覚阻害を解いたエリア。
「じゃあまたね」
「ああ。また本部で」
「気をつけてな」
「ふたりも」
ネルにも礼を言い、見送られて歩き出す。
到着したメルシナ村で村長に挨拶をしたあと、皆のいる池へと向かった。
もちろんこちらに気付いているアディーリアからは、浮かれる気持ちと同時にどこか緊張した様子が伝わってくる。珍しいなと思いながら到着した池で、リーはその理由を知った。
池から身を出し迎えたのはウェルトナックと龍の姿のメルティリア。二匹の間にアディーリアとユーディラル、うしろにシェルバルクたち三匹が並んでいた。
物々しいその光景に息を呑んでから、リーはゆっくり驚愕を吐き逃がす。ウェルトナックとメルティリアにとって、そしてアディーリアとユーディラルにとって、これはひとつのけじめと区切りなのだろう。
リーもまた気を引き締め、請負人として龍たちの前に立った。
水色の鱗と動きに合わせて広がる波紋が日差しに煌めく。そこかしこで返される光の中、一際輝きを放つ黄金の龍は微動だにせずじっと自分を見上げていた。
水面に七匹の龍が揃う光景は、ここが小さな池であることを忘れるほどに壮観で。暫く引き込まれるように見つめてから、リーはウェルトナックとメルティリアを見上げた。
「依頼完了の報告に来ました」
見据える二対の深い青。普段は見透かし包み込むそれにも、今は感謝と喜びが見て取れる。
「ありがとうございます。間違いなく依頼通りに」
「リー。フェイ。アディーリアとユーディラルが無事に戻ってきたこと、心から礼を言う。本当にありがとう」
ウェルトナックたちはそう言い頭を下げてから、真ん中のアディーリアとユーディラルを促した。少しだけ前に来た二匹は、リーたちを見上げてから頭を垂れる。
「助けてくれてありがとうございます」
「たくさん迷惑をかけてごめんなさい」
いつもだったら顔を見る前から飛びついてくるアディーリアも今は大人しく、両親に挟まれて申し訳なさそうに縮こまっていた。
フェイを見やると任せるとばかりに肩をすくめられたので、リーはウェルトナックたちが頷くのを確認してから二匹を見下ろす。
「ちゃんと怒られたか?」
「反省してます」
ユーディラルはすぐさまそう返し、頭を上げられないままのアディーリアは必死にこくこくと頷く。
片割れでなくとも伝わるだろう猛省と不安。ユーディラルの返答が早いのも、結局はアディーリアが頷くだけで答えられるようにだろう。
自分が力を尽くしたのは請負人として依頼を受けたからというわけではもちろんなく。彼らを知るからこそ、心を砕き、懸命に動いた。
自分としてはただそれだけ。両親に怒られふたりが反省したならば、もうそれで十分だ。
「俺から言うことはひとつだけ」
ちらり、と視線を上げたアディーリア。その不安を拭うように、表情を緩めて。
「ふたりとも、無事でよかった」
「リー!!」
池から飛び出したアディーリアが、リーの胸元へと激突した。




