エルフならぬエルフ
夜通し馬を走らせ、早朝に紫五番の宿場町に到着したリー。宿で暫く仮眠を取ったあと再び発ち、夜に到着した紫四番で一晩泊まった。そして翌日夕方に、紫三番に到着する。
気付かれてはいるだろうが、とりあえず到着を知らせるべきだろうと受付棟へと向かう。受付には見覚えある女性職員がふたり座っていた。
「報告することがあるんだけど…」
報告先がマルクなのかミゼットなのかトマルなのかがわからなかったので、とりあえずそう言いながら所属証を出す。受付係は申し訳程度にそれを見ただけで、明日まで待つよう告げた。
「副長の手が空き次第の面会となりますので、明日の朝から面会室での待機をお願い致します」
誰に報告するのかの指示がなかったのは、自分からの報告はマルクが受けることになっていたからだと理解する。
(…っていうか、顔覚えられてんな……)
二の月と六の月、つまり年受付以外の時期にこれだけ頻繁に本部に立ち寄っていれば当たり前かと思いながら、礼を言って所属証を受け取ろうとした時。
「ラミエたちはもう食堂に行ってるわよ」
肩までの白金の髪の受付係がにっこりと微笑む。突然変わった口調と口にされた名に驚いていると、細めていた蜂蜜色の瞳をじっとこちらに向けてきた。
「友達なの。私はリリック」
「コルンよ。よろしくね」
隣の赤銅色の髪に青にも緑にも見える瞳の受付係もそう名乗ってくる。
「………リーです…」
なぜ急に名乗られたのかわからないがとりあえず自分も名乗ると、知ってるわよ、とケラケラ笑われた。
「エリアからも色々聞いちゃった」
ひとしきり笑ってから、口角を上げたままのリリックがリーを見つめる。
線が細く淡麗な容姿はさぞかし人目を引くだろうなと思う一方、告げられた内容には苦笑しか浮かばない。
「……色々って?」
「お姉さんに頭が上がらない、とか」
(…あいつめ……)
覚えてろよ、と独りごちる。
「あとはねぇ、優しいよって言ってたかしら」
「ラミエまで力説してたわよね」
「途中で我に返って真っ赤になって慌ててたけどね」
きゃっきゃと言い合うふたりについていけず、聞き流すリー。暫くふたりで盛り上がってから、揃って視線を向けられた。
「これからも顔を合わせる機会は多そうだし。仲良くしてね」
「私たちは常勤だしね」
「常勤?」
「年受付時期以外もいるってこと」
編み込んだ長い髪を揺らし、コルンが肩をすくめた。
「ハーフエルフの居場所なんて、そんなにないのよ」
「ハーフエルフ?」
「そうよ。見た目じゃわからないでしょうけど」
どこか諦めたような笑みを見せるコルン。確かにふたりとも耳は長くないものの、整った容姿はエルフの血が混ざっているからだと言われれば納得できる。
だが。
「エルフだって耳隠されたらわからないし、当たり前じゃ…」
ラミエがエルフであることにすら気付かぬ自分。耳の長くないふたりからエルフの血を感じることなどできない。
リーにとっては当然のこと。しかしふたりは顔を見合わせ、ふふっと笑う。
「ありがと」
「ラミエによろしくね」
(なんでそこでラミエが出てくるんだよ…)
ややこしいことになりそうなので、喉まで出かかった言葉は呑み込んで。また明日、と手を振るふたりに頭を下げて、リーは受付棟をあとにした。
宿には寄らず直接食堂へと行くと、目立つ赤髪の男が奥で手を上げた。四人席のテーブルには、男より少し淡い赤髪と金髪の小さなうしろ頭も見える。
「いらっしゃい」
パタパタと駆け寄ってきた制服姿のラミエが満面の笑みを見せた。
「おかえり」
周りに聞こえぬように小さく落とされた声音が、なんだかとても気恥ずかしく。
「…うん」
ただいまと返せなかったリーに、それでもラミエは嬉しそうに笑う。
「座ってて。すぐお水持っていくから」
水を取りに戻るラミエのうしろ姿をなんとなく見送ってから、リーはフェイたちの下へと移動した。
「おつかれ」
「ほふはへ〜」
「食いながら喋るなっ」
もごもごしながらフォークを振るエリアに開口一番ツッコんでから、リーはフェイの隣に座る。向かいのティナは目線でリーを追いながらも、何も言わずに咀嚼を続けている。
相変わらずだなと思う一方で、どこかそれに安堵を抱いた。
「そういや赤いの。お前余計なこと言うんじゃねぇよ」
「ふぁに??」
飲み込んだところで声をかけたリーに、わざわざ肉を口に入れてから応えるエリア。わざとだろ、とジト目で睨んでから、リーは溜息をつく。
「受付のふたりに。俺のこと話しただろ」
「はらひらほ〜」
「だから食いながら喋るなって」
「はっへひーはひふはら」
「わかんねぇから!!」
「受付のって、リリックとコルン?」
リーの横から水を置いたラミエが口を挟んだ。
「話したんだ?」
「話したっつーか…」
その声に少し引っかかりを覚えてちらりとラミエを見上げるが、ラミエは変わらぬ笑みのままだった。
「ラミエたちと友達だって」
「うん。そうだよ」
色々と疑問の残る彼女たちの言葉。ラミエなら知っているかと思うが、ここで聞くことではないだろうと思い留まり、食事を頼んだ。
明日も研修だからとエリアとティナは先に帰ったが、空いているからいいよとの言葉に甘え、閉店まで居座ったリーとフェイ。ちゃんとふたり部屋を取っておいてくれたフェイに荷物を預け、リーは食堂の外でラミエを待っていた。
食堂では聞けなかったことを聞こうと思っているのだが、どうしても聞きたいのかというと、そうでもなく。
ではなぜ待つのかと聞かれると返答に困る自分を自覚しながら、それでもリーはラミエを待っていた。
「リー?」
閉店作業を終えて店を出たラミエが、外に佇むリーに驚いて駆け寄る。
「どうしたの?」
「…ちょっと話したくって」
傍に来た時点で既に赤かった頬が、リーの言葉に更に紅潮した。
食堂入口からは少し離れて壁際に寄り、ふたり横に並んで。互いの近況から少しずつ話していく。
触れそうで触れない肩と腕。時折窺うように向けられる視線は、合うと慌てて逸らされた。
「…そっか、リーは知らないよね。あんまりいい話じゃないんだけど」
リリックとコルンの話からハーフエルフの話題になり、ラミエは少し言葉を濁す。
「ハーフエルフって魔力はやっぱりエルフとは差があって。今は昔ほどじゃないらしいけど、エルフの村には居づらかったりするんだよ」
閉鎖的に暮らしてきたエルフ。人との混血も昔はさほど例がなかったのだろう。
「見た目はエルフだったり人だったりまちまちなんだけど、やっぱりどっちでもなくて。人の中に居るのも浮いちゃったりするんだって」
魔法に長け、人を絆す、長寿のエルフ。
エルフと人の血から成るハーフエルフは、エルフの容姿でもエルフほど強い特性はなく、人の容姿でも人にはないエルフとしての特性を持つ。
だからこそ、どちらの中でも生きづらい。
「ハーフエルフ、組織には結構いるんだよ。多分リーは、エルフか人のどっちかだと思ってるだろうけどね」
「そうなんだ…」
知らなかったと零すリーに、だろうね、とラミエは笑う。
「リーはエルフの私だって普通に見てくれるんだから。気付かなくて当然だよ」
龍の愛子であるリーは、エルフに絆されることはない。エルフのようでエルフでない違和感にも、人のようで人でない違和感にも、気付くことはない。
「でも。リーはそれでいいよ」
僅かに触れた手の甲同士。慌てて離れることはないけれど、その手が繋がれることもなく。
「……ラミエ」
ほんのり伝わる温もりに、リーはぽそりと名を呼ぶ。
自分の隣にある温もりを、自分はどう思っているのか。
まだはっきりとしない想いでは、何も示すことはできないけれど。
「ただいま」
せめてもと、最初に返せなかった言葉だけは返したリーに。
ラミエは正面を向いたまま、ゆっくりと瞳を細める。
「おかえりなさい…」
呟きながらうなだれたその顔も、震える小さな声も。
今にも泣き出しそうなほどの喜びに満ちていた。




