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謝罪と感謝

 そのうちに迎えに来た保安(セリド)協同団の馬車に、モートン以外の全員が乗り込む。子どもたちの負担にならないようにとの配慮で、休憩も多めのゆっくりな行程。リーたちが赤の五番の宿場町に着いたのは昼もかなり過ぎてからだった。

 人数が多いので詰所内では対応できないからと、すぐに宿屋に通される。部屋は四人ごとだが、今は皆一部屋に集まっていた。

 子どもたちを帰すために事情を聞いている間、リーたち四人は詰所へと呼ばれ移動する。

 詰所は入って右側に話ができるようテーブルと椅子、奥には扉がふたつと二階への階段が見えた。通された二階は一階同様テーブルと椅子があり、逃走防止のためだろう、窓には金属の格子がはめ込まれているものの、部屋自体は明るく閉じ込められているような印象はない。

 予備の拘束用の部屋としても使えるようになっているからこんな造りなのだと、案内してくれた保安員(セリド)の男が謝りながら説明してくれた。

 お茶を持ってきますね、と言ってくれた男と入れ代わりに部屋を訪れたのは、別の保安員(セリド)に付き添われたソリッドだった。

 アリアとライルの姿に瞠られた黒い瞳は、すぐに泣き笑いのように細められる。

「ソリッド!」

 飛びつくアリアを受け止めて、駆け寄るライルを見返して。

「…よかった……」

 声にならぬ気持ちを集めたような、小さな呟きがソリッドから零れた。



 腰にしがみつくアリアを支え、微笑むライルに笑い返し。

 ソリッドはほっと息をつく。

 昼頃ここへ到着し、アリアたちもこちらへ向かっていると聞いてから数時間。大丈夫だと聞いていても、本当に長くて。

 ようやく会えたふたりには目に見える怪我もなく、その変わらぬ様子に心からの安堵を覚える。

 結局自分には何もできなかったが。

 ふたりが無事なら、もうそれでいい。

「アリア」

 声をかけると抱きついていたアリアが床に下り、ソリッドを見上げた。

「痛い…?」

 あちこち手当されている様子を見て心配そうに尋ねたアリアが気付いたように動きを止め、次いでうなだれた。

「ごめんなさい…。アリアが余計なこと言ったから…」

 アジトでのシエスタとアリアのやり取りを知らないソリッドは、何を言われているのかわからず首を傾げ。

「よくわかんねぇけど。アリアが謝ることなんか―――」

 ないと言いかけて、ふとヤトとの会話を思い出す。

「ひとつだけあった」

 そう言うと、うつむくアリアがきゅっと両手を握りしめた。

「ライルもだ」

 戸惑う様子のライルをアリアの隣へと呼び、ソリッドはふたりの前にしゃがみ込む。

 話をする前からしょぼんと落ち込む様子のアリアと、初めて狼狽を見せるライルを順番に見つめてから。

「アリアもライルもしっかりしてっけどさ、まだ子どもなんだから」

 本当は謝ってほしいわけではない。

 普通の子どもとはどこか違っているふたり。もしかしたら本当に自分たちでなんとかできたのかもしれないが。

 それでも―――否、そんなことは関係なく。

「頼むから。こっちにも心配させてくれ」

 自分たちだってふたりのことが心配なのだと、わかってほしいだけなのだ。

 手を伸ばし、ふたりをぎゅっと抱きしめる。

「ふたりとも、無事でホントによかった」

 引き寄せられ、ふたりはソリッドの肩越しにきょとんと宙を見上げて。

 言葉の意味が染み込むまでの、暫くの空白のあと。

 アリアはぎゅっと、ライルはためらいがちに、ソリッドの背に手を回す。

「ごめんなさぁい」

「…ごめんなさい」

 ふたりの声に応えるように、抱きしめる手に力を加えて。

「…俺らの方こそ。頼んない大人でごめんな。守ってくれてありがとう」

 言えずにいた謝罪と礼を、ようやく伝えることができた。



 ごめんなさいとありがとう、そして何よりよかったと。

 礼を言うソリッドに抱きつきながらアリアはその思いを腕に込める。

 龍と知られていないとはいえ、助けに来てくれるなんて思っていなかった。

 あれだけ大丈夫だと言ったのに、と思う気持ちと。

 危険を承知で来てくれたということと。

 そして、その可能性に気付きもせず、彼を窮地に追い込んだことと。

 怒ればいいのか、喜べばいいのか、謝ればいいのか。

 わからないから、今はただ抱きしめる。

 そのうちソリッドの腕の力が緩んだので、アリアも離れ、ソリッドを見上げる。

「助けに来てくれてありがとう」

 礼がまだだと気付いてそう言うが、ソリッドは困ったように苦笑して。

「…助けられてねぇけどな」

「でも来てくれたんだよね」

 重ねて言うが、苦さは消えず。もういいから、というように頭を撫でられた。

「あの人がヤトには逃げられそうって言ってたけど、ヤト、大丈夫?」

 ライルの問いに、ソリッドは今度こそただ心からの笑みを見せる。

「明日の夕方、ここに着くって」

「ホント?」

 飛び上がる勢いで喜んで、アリアがリーを振り返る。

「リー!! アリア、それまでいていい?」

 喜色満面のその顔に笑いながらリーが頷くと、ありがとうと今度は本当に飛び跳ねた。



 少しアリアが落ち着いてから、話せる範囲でヤトの事情を話したソリッド。

「ソリッドたちは今からどうするの?」

 アリアの問いに、少しためらってから答える。

「…俺たちは、暫くここかな」

「ここ?」

「やったことの責任は取らないとな」

 返す声音には反感も困惑もなく。既に受け入れた事実としてだけ語られた。

「やったこと?」

「ふたりのこと拐っただろ?」

 ぱちくりとソリッドを見返すアリア。すぐにその顔が驚愕と、ほんの少しの怒りに染まる。

「アリアたち、自分からついてきたって言ったのに! やっぱり信じてない!」

 剣幕で言い寄られ、思わずたじろぐソリッド。

「いや、だって…」

「いいもん! ここの人に説明したらいいんだよね」

 アリアはそう叫んでライルの手を取り、部屋を飛び出していった。

「え…っと……」

 ぽかんと見送ってしまってから、ソリッドはどうしようかとリーを見る。

「いいよ。モートンさんが事情をわかってくれてるから、上手くやってくれるって」

 苦笑い、というよりは仕方なさそうな顔付きで笑ってから、リーはまぁ座れと自分の前を示した。勧められた席につく前に、ソリッドはリーとフェイに向け深々と頭を下げる。

「リーさん、フェイさん。ありがとうございました」

 自分を助けてくれただけではない。言葉通りアリアとライルを助け、また会わせてくれた。

 突然の別れで言えなかった謝罪も感謝も、ちゃんと伝えることができた。

「ちゃんと罪を償って。今度こそあのふたりに恥じないように生きようと思います」

 それがどう生きることなのかは、まだわからないけれど。流されず、諦めず。今までよりももう少し必死に生きてみようと思う。

 顔を上げたソリッドをまっすぐ見返すリーは、真摯なソリッドの表情と同じく真剣な眼差しを向けた。

「わかった。今はふたりの代わりに俺が聞いとくから」

 あくまで代わりなのだと、そう告げてから。

「いつかふたりに話してやってくれ」

 続けられた言葉は、これで最後ではないのだと示すもの。

 ソリッドにとっては、今までの許しとこれからの期待と同義であった。

 込み上げるものを堪えながら。

「はい…!」

 背筋を伸ばし、ソリッドが頷いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ソリッド、アリア、ライル、よかったです。  ふたりの正体までは知らないけど、なにかを  察しているはずのソリッド。それでもかけられた  言葉はふたりを思いやってのもの。  アリア、ライ…
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