差し伸べられる手
ようやく落ち着いたライルには村の中から見えない場所で待っていてもらい、リーはセルジュにアリアたちと合流して赤の五番へ向かうことを告げた。
また詳しく話を聞く必要があるからと、セルジュ自身も赤の五番へ向かうという。
アリアとライルが関わるのだから、事情を聞くのはセルジュに受け持ってもらうのが一番だとは思う。しかしセルジュはここで暴れた龍がライルであることを知っている。
ユーディラルのしたことは罪には問われないかと遠回しに聞くと、ものすごく呆れた顔で見返された。
「請負人は魔物を人の理で裁くのか?」
心配ない、と言外に告げられて。リーはほっと息をつき、セルジュに頭を下げた。
村の外で待っていたライルと歩き出すが、その表情はまだ沈み、足取りは重い。
「ほら」
うつむく顔の前に手を出すと、足を止めたライルがきょとんとした顔でリーを見返した。
「何?」
「手。出して」
更に怪訝な顔をするライルの手を掴み、リーは歩き出す。
手を取られたことにも引っ張られることにも慌てながら、そのあとをついていくしかないライル。歩調は決して早くはないが、戸惑いから遅れがちになる。
「リ、リー。ちょっと待って」
「ゆっくり行くから」
返答にはなっていないとわかりつつ、そう返す。
そのまま暫く行くうちに、一方的に握られているだけだったライルからも手に力が込められた。
「…僕、見た目ほど小さくないんだけど」
態度と裏腹な言葉に、いいだろ、とリーが笑う。
「それでも俺より子どもだろ」
「絶対僕の方が先に生まれてるのに」
「そうだろうけど。今だけシェルバルクとオートヴィリスとカルフシャークの代わりってことで」
兄たちの名を出すと、ライルは何それ、とくすくす笑った。
「リーはリーだよ」
「わかってるけどさ」
交わす会話は他愛ないものであったが、次第にぎゅっと握られる手にリーも応える。
そのままなんでもない話をしながら歩き続けるうちに、ライルの表情にも少し明るさが戻ってきた。
もちろんその場しのぎでしかないことはわかっている。
それでも少しだけでもうつむく時間を減らせれば。そんな思いを込めながら、リーはライルの手を引く。
アリアの下まであと少しというところで、ライルは再び足を止めた。
「ありがとう。もう大丈夫」
その翳りが完全に消えたわけではないが、それでもまっすぐリーを見るライルの声音はしっかりとしていて。
短時間で立て直したライルの強さを目の当たりにし、ひとまずの安堵とともに、リーは頷きその手を放した。
「ライルお兄ちゃん!!」
姿が見えるなり走ってきたアリアがライルに飛びついた。
「皆を連れていってくれてありがとう」
しがみつくアリアを撫でながら、優しい声でライルが応える。
「アリアも皆も大丈夫だった?」
「アリアたちより、ライルお兄ちゃんが…」
「僕は大丈夫だよ」
その返答に、ますます強く抱きつくアリア。
「アリア、何もできなくてごめんなさい…」
「アリアがいてくれたから、僕はああできたんだよ」
アリアとてわかってはいる。しかしそれでも割り切れない思いを伝えるように身を寄せてくるのだろう。
「……ありがとう、ライルお兄ちゃん」
「僕の方こそ。ありがとう、アリア」
互いに礼を言ってから、浮いていたアリアの足を地に下ろす。泣き顔で見上げるアリアは今度はライルの手を握りしめ、それでも微笑み返してくれた。
アリアの声に起き出してきた子どもたちが、ライルの姿を見て駆け寄ってきた。浮かぶ喜びと安堵に、心配されていたのだと申し訳なく思う。
「ごめんね、心配かけて」
どこに行っていたのかと口々に問う皆に謝り、無事であることを喜ぶ中、こちらを見ているレックスの視線に気付いた。
レックスから向けられている気持ちは心配が大半を占め、あとは安堵や疑問が混ざる。
「…レックス、ずっとうしろで皆を見てくれてたんだよ」
アリアの言葉にもう一度レックスを見て、龍の姿を見られていたのだと確信した。
それでもその眼差しには怯えも嫌悪もなく、レックスが自分を龍だと受け入れた上で心配してくれているのだとわかる。
「…驚かせた?」
周りにほかの子どもたちがいる中、どう言おうか考え、村を出る前に皆に告げた言葉を繰り返した。
「驚かないわけないよ…」
困った顔で見返すレックスに笑い、ごめんねと告げる。レックスも仕方なさそうに笑ったあと、すっと手を出した。
「ありがとう」
アリアと繋ぐのとは逆に合わせて差し出されたその手。驚いてその手を凝視してから、ライルは慌てて視線を上げる。
自分を見返す淡い緑の瞳には、やはり恐怖は見えず。
「…怖くないの……?」
龍の眼に見える感情からも恐れはなかったが、それでも信じられずにそう問うと。
「どうして? ライルはライルだよね」
さも当然と返されて、驚きと戸惑いを隠せない。
「だから。ありがとう」
更に続く言葉に呆けていたところを、繋いだままの手をぎゅっと握られる。アリアを見ると、ほら、とばかりに微笑まれた。
もう一度レックスを見て。その笑顔に覚える喜びと温かさ。
心の奥底、拭えぬ昏さはまだあるけれど―――。
泣き笑いのように顔を歪めて、ライルはレックスの手を取る。
「僕こそ、ありがとう…」
「助けられたのは僕らの方だよ」
ぎゅっとその手を握り返し、嬉しそうにレックスが応えた。
口を挟まず成り行きを見守っていたリーは、嬉しそうなライルとアリア、そして落ち着いた様子の子どもたちを見届けてから、フェイとモートンの下へと動く。
自分が持っていた野営用具はふたり分。どう見ても多い敷布はモートンが持ってきてくれたのだろう。
「おつかれ」
「ありがとな」
フェイとは短くそう交わし、火の番をするモートンのところへと行った。
「お疲れ様です」
立ち上がって迎えるモートン。子どもたちのために用意してくれているのだろう、火にかけられた鍋には既にスープができあがっていた。
「いえ、こちらこそありがとうございます」
頭を下げて礼を述べてから、リーは子どもたちを見やる。
「残ってくださって助かりました」
「いえ、ほとんどフェイさんが整えていてくれましたよ」
「フェイが?」
頷いたモートンが、座るようにとリーを促す。並んで座りながら、リーは少し離れた場所で子どもたちの様子を見守るフェイを見た。
「火も準備してもらえていましたし、何か温かいものを、と頼まれました」
「フェイが………」
向けた視線と、おそらく何を思っているのかに気付いたのだろう、リーを見返し呆れたように息をついてから、すぐに子どもたちへと視線を戻すフェイ。
カルフシャークといい、もしかして子どもには懐かれやすいのかもしれない。
本人が子どものようなものだからだろうかと思いつつ、リーもモートンへと視線を戻した。
「ヤトさんについては向かったというマレッジの町周辺の詰所に連絡がいっています。ここと同時くらいにあちらにも迎えが行きますので、ソリッドさんとは赤の五番で会えるかと」
「わかりました」
ありがとうございます、ともう一度頭を下げてから、リーは子どもたちに囲まれるアリアとライルを見る。
ここで会うまでのアリアの不安も、ラジャートでのライルの落ち込みも、今は見られない。
ふたりが棲処を抜け出したことから始まったこの騒動。
思わぬ事態に発展したが、それでもふたりが、そして子どもたちが無事でよかったと、リーは心から思った。
NGシーン
「そうだろうけど。今だけシェルバルクとオートヴィリスの代わりってことで」
「…カルフシャーク兄さんも入れたげてよ」
最初、本気で兄だということを忘れていました。スマヌ、カルフシャーク。
 




