最良と最善
シエスタと男たちを縛ったリーは、どうしようかと迷ってから、結局村人たちも軽く拘束することにした。もちろん彼らに自分をどうこうできるとは思わないが、逃亡と自傷防止のためにと本人たちにも説明する。
それから村の中を見回り始めたのだが、手前の方の被害のなかった家々の中には男たちの伴侶だろう女性や老人が隠れていた。危害を加えぬことを約束した上で一ヶ所に集まってもらい、扉が開かぬよう男たちをふたりほど引っ張っていって前に置いておいた。
村の中を見て回ったが、あとは人も、そしてユーディラルもおらず。村の中央に全壊した小屋があるほかは、どこかしら壊れる程度の被害だった。中に人のいた家に全く被害がなかったのは、もちろんユーディラルが故意に狙わなかったからだろう。
一通り見回ってから戻り、あとは見張りながら保安員の到着を待つ。
飴色の髪の青年が来たのは半時間ほどしてから。辺りもすっかり明るくなった頃だった。
駆け寄ってきたセルジュが縛られた男たちをぐるりと見回す。
「リーさん、お強いんですねっ」
きらきらしい目で見られても、中身を知っているだけに喜ぶどころか薄ら寒い。
半眼で見返すリーから顔を背けて小さく舌打ちをして、セルジュはむんずとリーの手首を掴んで引っ張っていった。
「子どもも保護した。あとで説明するから、とりあえず状況を」
セルジュの姿にジャイルの態度も違和感があるが、むずがゆくない分マシかと割り切る。
ここであったことを簡単に報告すると、セルジュは紙に書き取り、首から下げていた小さな銀色の笛を咥えた。
上を見上げて吹いているようだが、リーには何も聞こえない。怪訝に思って同じく上を見上げていると、やがて白いものがものすごい勢いで飛んできた。
セルジュから少し離れて地に降りたのは、掌程の大きさの白い―――。
「これがリルダヴ…」
真っ白の体に長い尾羽、頭には二本の飾り羽根。目と嘴と足は青がかった黒。
魔物であるリルダヴは、一見小さなトリにしか見えない。しかし飛翔速度、感知能力、地形把握など、魔物らしく抜きん出た特性を持っている。
リーも保安がこのリルダヴを連絡通信に使っていると知ってはいたが、実際に見るのは初めてだった。
「かわいいだろ? 請負人にゃ使えねぇからな」
先程書いた紙を端が二本のベルト状になっている三つ折りの細長い革で包みながら、セルジュが笑う。
「え?」
「龍、いるだろうが」
言われた言葉をもう一度噛み砕き理解するが、そうすると今度は別の疑問が生まれる。
セルジュの足元にいるのは、魔物であるリルダヴ。
本人が言うように、魔物の頂点である龍を、普通魔物は避けるはずなのに。
「じゃあどうして…」
「慣らしてんだよ」
しゃがみこんだセルジュは、先程の革をリルダヴの腹側に当て、首と尾の付け根にベルトで固定する。
「南本部と北本部。月代わりで世話しに行ってる」
保安協同団の本部は二ヶ所ある。青の六番の宿場町近く、テーラーにあるのが南本部。黄の二番の宿場町近く、アルザスにあるのが北本部。
リルダヴでの意思疎通ができるならば、複数ある方が各地への迅速な対応をしやすいとの判断なのか、一処に力を集めぬようにするためか。それはリーにはわからぬことではあるが。
「だから俺には慣れてんだよ」
そう言うセルジュは外見に見合う笑みを浮かべてリルダヴの頭を指で撫でる。一方撫でられるリルダヴは置物のように硬直したまま身動きどころかセルジュを見もしない。
(…慣れて……?)
思い起こせば初めからずっとリルダヴは固まったままであったことに気付き、リーはデレ顔でリルダヴを構うセルジュを見下ろす。
セルジュは慣れていると思っているのだろうが、どう見ても恐怖心から従っているようにしか思えない。
全く想いの通じていないセルジュを嘆けばいいのか、恐怖を強いられ続けるリルダヴを憐れめばいいのか。
わからず、リーは考えるのをやめた。
放たれたリルダヴが空へと舞い上がった。
もしかすると馬も慣らせば乗れるようになるのかと少し期待したが、どのみち貸馬では不可能だと気付き、無駄に落ち込む。
緩んだ顔でリルダヴを見送ってから、セルジュはぽんとリーの肩を叩いた。
「子どもは今モートンがついてる。やっと眠ったとあのお嬢ちゃんが言ってたし、ここには来たくないだろうからな」
いくら床が平らで屋根があっても、子どもたちがここで安らげることはないだろう。
「あっちにも迎えが来るから、悪いが一緒に赤の五番まで来てくれ」
「俺は先にライルを探してから―――」
「外にいるぞ?」
あっさり返された言葉にリーが瞠目する。
「外?」
「ああ。出て右。行ってやれ」
「ありがとうございますっ!」
礼もそこそこに村を駆け出し、右へと入る。村の入口からは見えづらい場所に、座り込む金髪の少年の姿があった。
木の根元、小さな身体を丸め込むように膝を抱えて座る少年。人に変わった姿を見たことはないが、間違いはないだろう。
「ライル」
気配でも足音でも自分が来たことには気付いているだろうに、それでも動かぬライルに声をかける。
「待たせてごめん」
視線を落としたままリーを見もせずに、ライルは小さく首を振った。
「……ごめんなさい…」
「謝るのは俺にじゃないだろ」
前に立ちそう言うと、明らかにびくりと身体を揺らすライル。
ライルが何を気に病んでいるのかは、なんとなくわかっていた。
リーにとっても覚えある痛み。
もちろん、気持ちがわかるとは言えないが。
屈みこんで手を伸ばし、優しく頭を撫でる。
「心配してる家族に、だろ」
そのまま顔をうずめてしまったライルの頭を撫でながら、リーは続ける。
「子どもたちを守ってくれてありがとう」
応えはない。それでも。
「頑張ったな」
今はただ、その頑張りを称え。
「無事でよかった」
無事でいてくれたことへの喜びを伝えた。
零れる涙を隠すように顔を伏せたまま、ライルは動けなかった。
何を返せばいいのかわからなかった。
リーの言葉が取り繕うためのものではないことも、本気で自分に向けられた言葉だということもわかっていた。
だからこそ、返す言葉がわからない。
頭を撫でる手の優しさに、ただ涙が零れていく。
アリアも子どもたちも逃げ切れた。自らに課した役目も果たした。
張り詰めていたものが緩んだからか、上手く考えがまとまらない。
心配をかけて。
ここまでこさせて。
自分でなんとかできなくて。
こんな方法しか取れなくて。
誰に対してなのかもわからない。
ただごめんなさいとしか声にならない。
後悔というには昏く冷たいものが、べっとりとこの身に張りついているような。
こんな感覚を抱くことは、果たして普通のことなのか。
自分は今、普通の龍でいられているのか。
わからないから、応えられなかった。
リーがライルの横に座った。
「…攻撃のし方は教わってないって聞いたけど…」
攻撃、の言葉にライルの身体が揺れ動くが、リーは気付いた様子を見せずに続ける。
「戦えたんだな」
「……水を扱うことはできるから」
顔を伏せたまま、ぽつりと答えるライル。
「それを飛ばした…けど……」
浮かぶ光景に、言葉に詰まる。
「…あんなになるとか……思わなくて…」
そもそも当てるつもりはなかった。
当たったところで痛い程度だと思っていた。
人の身体を貫くほどだとは思っていなかったのだ。
「そっか」
隣からはやけにあっさりとした言葉が返ってきた。
「できることで対応したんだな」
「できるって……」
アリアにも子どもたちにも怖い思いをさせて。人を傷つけ物を壊すことでしか足止めすることができなかった。
もっといいやり方が本当はあったはずで。怪我をさせずに無力化する方法だってあったはずだ。
「ちゃんとできなかったから―――」
「やるべきことはやり抜いただろ」
ライルの言葉を遮り、リーが言い切る。
「約束通り子どもたちを支えてくれた。ギリギリまで残ってくれてたのも、あいつらを逃がさないようにだよな」
たしかにそうではあるのだが、そうだとも言えなくて。
うつむいたままのライルの頭を、再びリーが撫でる。
「俺から言わせりゃあいつらは自業自得だし。それこそ殺されても文句言えないことはしてるんだろうし。俺だって腹立ってたから手加減なんかしてやんなかったし」
軽い口調だが、撫でる手は力強く。
「…ライルが気にしてることも、俺にだって少しはわかるし、否定はしねぇけどさ」
それでいて、優しく。
「それでもやるべきことはやり抜いたんだ。今くらいもうちょっと、自分をほめてやれって」
最良ではなかったのかもしれない。しかし最善ではあったのだと。
そう、認めてくれているようで。
また応えることのできなくなったライルは暫くそのまま顔を伏せていたが、そのうちゆっくり顔を上げて隣を見る。
再会して初めて見るリーの顔は、まだ少し心配そうでも、自分を信じてくれているとわかった。
「……リー。来てくれてありがとう」
まだ心の整理はつかないが、今感じることだけは素直に口にする。
「どういたしまして」
もう一度少し強めに頭を撫でて、リーが答えた。
前話感想からの続き。
剣、腰の位置まで回してずらせば。前後に出る分には座れるかも…ってどっちにしてもかさばって邪魔!!
素直に外すことにしますかね…。
面倒な男です。




