百番依頼
赤の五番の宿場町。混み合った食堂でリーとフェイは朝食を食べていた。
「やはり人が多いか」
ごった返すほどではないが、これまでの道中を考えると確かに人の多い店内に、仕方ないだろとリーが返す。
「なるべくこっち通れって言われてるからな」
オルストレイトで頻発するようになった子どもの行方不明事件。管轄としては保安協同団だが、見回りの強化という観点で請負人組織にも協力要請が出ているらしい。
「まぁ俺らが調査するわけじゃねぇし」
自分たちに望まれているのはあくまで見回り。原因究明ではないのだ。
「それよりさ、今朝からちょっと気になることがあって。そっち向かっていいか?」
「構わないが…」
なんのことだと訝しげなフェイに、あとで話すと肩をすくめる。
今朝起きた時、アディーリアがメルシナ村の池から移動していることに気付いた。子龍の、しかも黄金龍であるアディーリアがそうそう池から出るはずもないが、しかし確実に今までとは違う場所にいる。
加えて、以前に比べ感情は伝わりにくくなってきているとはいえ、それでもわかるほどの高揚した様子。
そして今また僅かずつ動き出した様子のアディーリア。何か起きているのだろうかと気になっているのだ。
自分は請負人である以上依頼を受ける義務はあるが、今現在受けているものはない。探しがてらアディーリアのいる方へ向かっても支障はなかった。
食べ終え、荷を引き上げに宿へと向かいかけたその時。
眉をしかめたフェイが片耳を塞いで足を止めた。
同時にアディーリアからの飛び跳ねるような驚きを感じる。これだけ動揺しているのも久し振りだなと思いながら、リーも足を止めてフェイを振り返った。
「フェイ?」
立ち止まったまま、ものすごく迷惑そうな顔をして。暫しの沈黙のあと、盛大に溜息をつくフェイ。
「…そういうことか……」
何があったのかと見上げるリーに呆れの勝る眼差しで仕方なさそうに首を振り、戻るぞ、と告げた。
宿の部屋へと戻ってきたリーとフェイ。扉を閉めるなり、フェイが嘆息する。
「ウェルトナックから百番依頼だ」
「ウェルトナックからって…」
己の懸念が現実のものと知り焦るリーに、落ち着け、とフェイが苦笑した。
「アディーリアとユーディラルが池を抜け出したそうだ」
以前ウェルトナックからの依頼完了の報告に行った際に、子龍たち全員の名乗りを受けたリー。フェイの口から出た四男の名にますます怪訝そうな顔をするが、フェイは気にした様子もなく、リーの用件もそれだろうと続ける。
「いや、確かにアディーリアのことなんだけど、なんで急に…?」
「ウェルトナックが名指しで伝えてきた。リーなら居場所がわかるだろう、と」
「伝える?」
問い返してばかりのリーに、そこからか、と息をつくフェイ。
「龍の間でなら離れていてもやり取りができる。ただし、相手を定めることはできないから、すべての龍に聞こえるがな」
知らなかったのかと聞かれ、以前ウェルトナックが言っていた『使い勝手の悪い龍の伝達手段』なのだと気付く。
「すべてってことはもちろん…」
「アディーリアたちにも聞こえているな」
「意味ねぇだろ、それ…」
同意見なのだろう、珍しく呆れ顔を持続させてフェイが続ける。
「副長から、あとで使いをやるから飛ばずにメルシナへ向かえと」
風龍である請負人組織副長、マルク。どうやら聞こえついでに指示をくれたようだ。
ここからメルシナ村に一番近い黄の六番の宿場町までは、徒歩なら六日、馬なら三日。アディーリアたちは池を出たばかりだろうから、おそらく今は黄の六番付近にいるはずだ。どこへ行くつもりなのかは知らないが、東から来たアディーリアたちが向かうなら南端の街道である七番街道よりは、北か西、五番か橙を目指す可能性の方が高いだろう。
なのでこちらはまず橙五番に行き、そこでアディーリアたちの動きを見て、東に行くか南に行くかを決めればいい。
龍の愛子である自分も火龍であるフェイも近付けばアディーリアたちに居場所を知られはするが、条件は向こうも一緒。
否、むしろ離れていても捕捉できる自分が一番有利かもしれない。
メルシナ村へ着く前にアディーリアたちに会えれば、これ以上の騒動にはならないだろう。
「じゃあ今日は馬で橙五番に―――」
「俺は馬には乗れないぞ?」
あっさりと告げられた言葉に、リーは荷詰めの手を止めた。
「は?」
「馬が怯えて乗ることができない」
当然のことのように言うフェイに。
「……俺、それ知らねぇんだけど」
「言ってなかったからな」
「勘弁しろよ……」
肩を落としてリーが呻く。
徒歩確定となった今、先回りもできずにアディーリアたちを上手く捕まえることができるのか。
懸念しかない先行きに、リーは嘆息するしかなかった。
黄の五番へ向けて歩き出したアリアとライル。途中、大音量で響く聞き慣れた声にびくりと身をすくめて足を止めた。
「お父さん、リーに!!」
名指しでフェイを通してリーへの依頼をするウェルトナック。間髪入れずにやかましいと苦情が飛び交う。
「父さん…」
自分たちのせいではあるのだが、なぜだか苦笑しか浮かばない。
その後聞こえた声は、ウェルトナックに私的に使うなと文句を言ったあと、フェイとリーに指示を出した。
「請負人の…」
以前リーに依頼をしていた時、何度か現状報告をしてくれていた声だとライルは気付く。最後にフェイが了解だと告げてから、やり取りは終わった。
リーが今どこにいるかはわからなかったが、少なくとも請負人組織本部にはいないことだけはわかった。
「どうする、アリア? リー、本部にはいないみたいだよ」
「うん。お父さんが頼まなくても、多分こっちに来てくれると思う」
アリア―――アディーリアからリーへの絆は結んである。つまり、リーには自分たちの居場所がわかるのだから。
考え込むように視線を落とすアリアを、ライルが覗き込む。
「待つ?」
いつもより強い声で短く問われ、アリアははっと顔を上げてから頭を振った。
「どこまで行けるかわかんないけど、行けるとこまで行きたい」
顔を上げたアリアには既に迷いはなく、せっかく来たんだもん、と意気込む様子を見せる。
「あとね、リーとできるだけ遠いところで会えたら、その分帰る間ずっと一緒にいられるよね?」
行くことなのか、戻ることなのか。どちらを楽しみにしているのかわからぬ笑顔でアリアが告げる。
行くも帰るもリーのため。
「…そうだね」
どこまでもまっすぐな妹を眩しそうに見つめてから。
行こっか、とライルは再び歩を促した。