五人のエルフ
開き直ったら楽しくなってきました。
「…赤いの…黄色いのに……」
にんまり笑うエリアと、いつもの無表情のティナ。そして。
「……ラミエ…」
一番うしろで微笑む、ラミエがいた。
「よかったじゃないか。どこにいるかとし―――」
「なっっ! なんでお前らこんなとこにいるんだよっっ」
フェイの言葉を慌てて遮り、リーは双子のエルフを見る。
「村まで送ったよな?」
「うん。そのあとティナとふたりで来たの」
「ふたりで?? お前らが?」
全く常識がなく自由気ままなこの双子。メルシナ村から紫三番まで連れてくるのにどれだけこちらが苦労したか。
エルフ特有のクソ長い名前を略して呼ぶなと言い張り、村の外では魔力が洩れることを知らずに腹が減ったと言ってはあり得ない量を食べ尽くし。
尤も道中名前については妥協し、魔力洩れについても解決したので食欲も普通にはなった。常識外れなりにもきちんと自分の意思を持ち、それを貫くところは認めてはいるのだが。
正直ふたり旅ができるほどとは思っていなかった。
「…赤いのも黄色いのも一応成長してたんだな……」
ふたりを見つめてしみじみ呟くリー。ほめられてはいないのに嬉しそうに胸を張ってから、エリアが気付いたようにリーを見返す。
「こないだはエリアって呼んでくれたのに」
「赤いので十分だろ」
長い名を呼ぶのが嫌でふたりにつけた呼び名。略称ではないからと受け入れるあたり、エルフの考えはわからないが。
エリアは首を傾げて少し考えてから。
「ま、いっか」
「いいのかよ」
「いいよ。リーだもん」
ふっと綻ぶ表情は今まで見慣れたそれではなく。
出なかった言葉に一度口を閉じてから、改めてリーは言葉を継ぐ。
「で、なんでここにいるんだよ?」
「ここで働くことにしたの」
「は?」
間抜けた声を洩らし、リーはミゼットを見る。
「そうよぉ。双子ちゃん、今職員としての勉強中なの」
笑みを浮かべるミゼットだが、何か含むものがあり。
「…戻りました……」
揃う顔に驚くあまり挨拶をしていなかったことを思い出し、リーは今更ながら帰還を告げる。
「話は聞いてるわ。ふたりとも頼んだわよ」
満足そうに微笑んでから、ミゼットは三人にまた明日と告げて帰っていった。
絡む視線に気付き、リーはミゼットを見送っていた眼差しをそのままラミエへと向ける。
目が合うなり、僅かに染まる頬。
食堂の制服ではなく、旅装束に近い動きやすい格好で、金色の髪も束ねてまとめ上げている。
見慣れぬ姿ではあるが、自分を見つめる青い瞳は変わらない。
「…久し振り、だね」
迷い零れたような小さな呟きに、なんと返すべきか逡巡してから。
「……久し振り」
結局は、同じ言葉しか返せなかった。
「うそっ? 何も聞いてなかったんだ?」
声を上げるラミエに、リーは苦笑して頷く。
ラミエは今から食堂で勤務、双子は食事に行くというので、五人で紫三番の食堂に向かいながら。
午前中食堂に姿がなくて驚いたと話すと、ラミエが慌てて謝ってきた。
「ごめんね、お姉ちゃんにリーが来たら伝えてって言ってあったんだけど。なんで話してくれてないの…」
「頼んでくれてたんだ」
「当たり前じゃない!」
どうしてとうろたえるラミエを見ながら、伝えようとしてくれていたことを嬉しく思う自分に気付く。
「ほんとにごめんね」
「ラミエのせいじゃないだろ」
「そうだけど…」
ちらりと見て、慌てたように視線を逸らすラミエ。リーもラミエから視線を外し、前を行く三人の背を見る。
暫く互いに無言のまま歩いていると、くい、と袖口が引かれた。
「おかえり。会えて嬉しいよ」
隣から、自分にしか聞こえぬ程度の呟きが洩れる。
袖を引っ張られる感覚と落とされた声音に、妙な気恥ずかしさを感じながら。
「俺も」
それでも素直に口をついた言葉は、隣にさえ届かぬほどの儚さでしかなかったようで。
待てど返らぬ反応に、聞こえなかったことを悟る。
残念よりも少し安堵が勝るのは、まだ自分自身の気持ちが見えていないからなのだろう。
内心息をついてから。
「…ただいま」
先程よりは大きな声で返して隣を見ると、嬉しそうに綻ぶ横顔があった。
食堂でラミエに詰め寄られたカレナはくすくす笑いながら、今日の勤務を代わってあげるから許して、と全く反省のない表情で告げた。
仕方ないなとふてくされつつも零れる笑みは抑えきれぬまま、ラミエはリーたちとともにテーブルに着く。
「だからね、ティナとふたりで村からここまで来ることが条件だったの」
「何だよいきなり」
「期限内に着けたから。覚えること多くて大変だけど楽しいよ」
座るなり話し出したエリアは口を挟んでも気にせず続ける。
「それにね、あたしたちひとりずつじゃ同行員は厳しいけど、ふたりでならいけるかもって」
「悪ぃがまっっったく話が読めねぇんだけど?」
きょとんとエリアに見返され、わかるかとフェイを見やるが首を振られる。ラミエに助けを求めると、笑って頷いてくれた。
「前にね、ふたりが組織に入りたいって言って。ミオライト村からここまで問題なくふたりで来れるくらいの常識があるならいいってことになったんだって」
「随分と簡単な条件だな」
「フェイには無理だろ」
「何を言う。俺はずっと旅をしてきたと―――」
「あー、わかったわかった。で?」
何をどれだけ聞かされてもフェイに対する評価は変わらないので、適当にあしらう。
「それには合格したから、今はまず職員として働けるように色々覚えてるところ。ふたりは双子だからかお互い魔力のやり取りができるから、エリアがもう少し魔法を覚えて、ティナが魔法を撃てる数が増えたら、ふたり一組で同行員としての資格も取れそうかな」
請負人ではない職員が敷地外でともに活動するには、同行員の資格がいる。
己の身を守れることが最低限、それに加えて請負人の足りぬところを補えねばならない。エルフであれば魔法というように、同行員は何かに特化した者がほとんどだった。
フェイに於いては特例に近く。もしかするとこの先役立つように教育していくことを期待されているのではないかと思いもする。
「ラミエも同行員の資格を取るって…」
食堂にいなかった理由をそう語ったラミエ。今は日中は同行員として―――主に戦闘においての立ち位置と補助の仕方―――の教育を受け、食堂には夕方からのみ立っているそうだ。
「うん。もっと父さんに魔法習っておけばよかったよ」
ラミエの父であるセインは養成所の対魔法担当教師。請負人のことも魔法のことも詳しくて当然だろう。
「でも、もう少し、かな」
まっすぐに前を見据える青い瞳に、どうして急にと言いかけてやめる。
目標を決めたその理由がなんであれ、自分がかける言葉は変わらない。
「そっか。頑張れよ」
「…うん。ありがとう」
ちらりとリーを見たラミエの一瞬の空白には気付かないまま。
賑やかに、食事は進んだ。
食事を終え、五人は食堂を出た。エリアとティナは宿舎、ラミエは家族と、ともに敷地内に住むという。
「明日は朝から出発なんだよね?」
「そう、だな」
ラミエに尋ねられ、リーは頷く。これからの動きはもう指示が出ている。こちらの勝手で引き延ばすことはできなかった。
「朝は来れないから、ここでおわかれだね…」
「また報告に来るし」
普通の依頼とは違って支部で報告するわけにはいかないので、再びここへ来ることはわかっている。
「それに、どうせ年受付もまだだから」
毎年二の月か六の月の間に本部に戻り手続きをすることで、前年分の給料が渡される。二の月に手続きをしていないリーは、六の月の間にここへ戻らねばならなかった。
「だからまた」
「うん。リーもフェイも気をつけてね」
微笑むラミエがふたりへと告げる。
「じゃあふたりともまたね!」
「また」
大きく手を振るエリアと、少しだけ笑みを見せるティナ。
「ああ。またな」
「頑張れよ」
リーとフェイもそう声をかけ、振り返りながら敷地内へと戻る三人を見送った。
食事の前に部屋を押さえて荷物だけ放り込んでおいた宿へと向かいながら、リーは一度振り返る。
もちろん誰の姿も見えないが。
―――会えて嬉しいと思ったのは本当で。
しかしだからといって言葉にできるほどの想いはまだなく。
息を吐き、背を向ける。
戻ることはわかっているのだから、考えるのはあとにして。
今はただ、アリアとライルを無事に保護するために。
何かあればすぐ追えるように、課せられた役目を果たすのみ、だ。
「なぁに、もう帰ってたの?」
仕事を終えて戻ってきたカレナは、帰宅済みのラミエを見てそう笑う。
「久し振りなんでしょ? ゆっくりしてきたらいいのに」
「いいんだよ。それどころじゃないのわかってるから」
少しむくれてそう告げてから、ラミエは辞色を和らげる。
「…代わってくれてありがと」
リーに伝言を伝えてもらえなかったことには困ったが、ゆっくり話せたのはカレナのおかげなので素直に礼を言う。
「どういたしまして」
からかうものではなく、ただ優しい眼差しを返すカレナ。
「彼、ラミエがいなくて寂しそうだったわよ」
何を言いたいのかは、わかっていたが。
「…うん。でも、今はいい」
リーも依頼途中、自分も訓練途中。
今、向き合うべきはお互いではない。
それに。
並び歩く、その途中。会えて嬉しいと伝えた自分に返してくれた言葉。
今はそれだけで胸がいっぱいだった。
 




