保安協同団と請負人組織副長
準備ができたとマルクに呼ばれたのは昼直前のことだった。龍であるので食事は必要ないのだろうが、もう少し体裁を気にしたらどうかと思う。
本部内の、前回の会議室とは別の部屋へと案内されたリーたち。扉の外、組織長室と書かれた札には気付かなかったことにする。
入ってすぐは応接室として使えるようにだろう、テーブルを挟んでソファーが置かれてあった。ほかにはこれといって目立ったものはなく、奥に扉があるだけの殺風景な部屋だった。
待つまでもなく、入るなり奥の扉からマルクが姿を現す。
「座れ」
部屋には三人、手にした紙束をテーブルに置いてソファーに座ったマルクが顎で向かいを示した。大人しく座ったリーたちを一瞥ずつして、人の悪い笑みを見せる。
「全く、都合がいいやら悪いやら」
聞かれると問題になりそうなことを言われて苦笑しか返せず、取り繕うつもりなどさらさらないマルクを見やる。
「保安から許可は取ってきた。本来こちらの介入することではないが、百番案件となると別問題だからな」
その言葉に、リーはマルクが今までどこへ行っていたのかに気付いた。
保安協同団―――対人の、治安維持のために作られた集団。関わる集団が複数あることで均衡を保ち、他団体からも自団自身からも影響を受けない公平な団体として成り立っている。
保安協同団に資金と人員の援助をしているのは三団体。
商、農、漁、林、建設の五部門からなる、個々ではなく集団として技術を保有する組合は、各部門ごとに生産と流通も含めた一連の事業を担う。商業組合は各部門の流通の補佐のほか、芸術分野や広範囲販売などで技師連盟との連携を担っている。
技師連盟は個人で技術を保有する職種の集まりである。リーの兄であるジークも金細工師として連盟に所属しており、鍛冶や調合なども連盟の管轄下となる。請負人と違い個人としてではなく職種として在籍するが、組合とは違い職種内では個人の技量が収入を大きく左右する。販売も基本は個人で行い、それが困難な場合はその職の連盟と商業組合が代行することもある。
そして主に魔物に関する依頼を受ける請負人組織。担う内容から、保安協同団とは連携で動くことも多い。
もちろんいくら組織副長といえど団に無理を通すことはできない。しかしおそらく団にも組織内、そして人の世の龍の存在について知るもの―――もしくは龍がいるのだろう。
「基本保安の邪魔をしないように動いてもらうことになる。何かあれば所属証とこの許可証を見せればいい」
置かれた紙にはリーの名と調査の許可が書き記され、保安協同団と請負人組織の印が押されていた。
「ありがとうございます」
紙を受け取り、丁寧に畳んでしまい込む。それを待ってから、詳しい話を、とマルクが告げた。
テーブルの上に地図が広げられる。オルストレイトとガレーシャを含む、紫四番から橙六番にかけての四区分の地図。オルストレイトとガレーシャの上にはいくつか印がつけられてある。
「大体でいい。片割れの居場所はわかるか?」
メルシナ村からユシェイグへの道中、ヴィズに頼んでガレーシャ上空を通ってもらった。そこでアディーリアの大まかな居場所を掴んである。
橙五番からわずかに北西の森の中。地図上にもほぼ同位置に印がつけられてあった。
「印は持ち主不明の小屋がある場所。保安員が張ってるから手出し無用だ」
口を開きかけて思い留まったものの、呑み込みきれない感情をその顔に滲ませるリー。
気持ちはわかるというように片手を挙げて、落ち着け、とマルクが示す。
「拐われたのはあのふたりだけではない。ほかの子どもに危険が及ぶようなことはできない」
既にふたりを捕まえれば済む問題でないとわかっているからこそ言葉を呑んだリーではあるが、理解と納得はまた別で。
ふたりが人の悪意に巻き込まれているとわかりつつ手を出せないもどかしさ。今は楽しそうなアディーリアだが、状況が状況だけにいつまでも続くとは思えない。
「…なら俺は、何をすればいいんですか…?」
知らなければ動けたことも、知ってしまえばもうできず。請負人として上からの指示に従うほかない。
不服だということはわかっているのだろう。それでも動じることなく銀の瞳を向けてくるマルクからは、龍である以前に人の上に立つものであるからの覚悟が見えた。
「拠点を探せ。片割れが動けば追う許可は出ている。行き先がわかればその辺の保安員と情報共有してくれ」
「もしそれまでに、アディーリアが危険だと感じたら―――」
「行け。責任はこちらで取る」
言い切る前に下りた許可に、決してふたりが見捨てられたのではないとの確信を得て。リーは拳を握りしめ、ありがとうございますと呟いた。
このあとの動きの指示を出してから、リーたちを帰したマルク。ソファーに座ったまま、残された地図を見る。
都合がいいやら悪いやら。
それはこちらだけではなく、保安にとっても同じであったようで。
人になどそうそう傷付けられたりはしない龍が拐われて、的確にそれを追える片割れが請負人にいる。そしてその片割れを、彼を知る龍なら誰でも追えるということ。
未だ見つからぬ拠点を探るには好都合な配置。懸念があるとすれば、囮が囮であると知らぬことと、すべてを無に帰すだけの力を持つことか。
探し手であり狼煙でもある本人も薄々勘付いているかもしれないが、口に出すような真似はしない程度には己の立ち位置を理解しているらしい。
団からの提案にもちろん異論はなく、有効な策であるとは思うが。正直面白くはない。
囮とされたのはウェルトナックの子どもたち。自業自得の面はあるにしても、それでもその心配を思えば徒に引き延ばすことは心苦しく。
何より、ウェルトナックには借りがある。
組織に入った龍の愛子。龍を裏切ることもエルフに絆されることもないその存在は、能力さえ足りるなら将来的に龍の紛れる組織の中枢へと引き込むにはこれ以上ない人材で。
しかしどうにも己のことを知らぬ様子。故郷は護り龍のいる村なのにと思い話を聞きに行くと、過保護な地龍はこちらより上手で。
誰よりも早く愛子のことを知りながら、本人にすら話さないままだったその龍。本人が気付くのを待つのだと笑い、龍の都合で振り回すなと釘を刺された。
こちらが言い出すこともできず、本人が気付く様子もなく。まだ彼も若くはあるが、このまま功績がなければ抜擢すらできない。
そんな状況を変えたのがウェルトナックからの依頼だった。
ウェルトナックはこちらの思惑を知らず、あちらはあちらでよかれと思ってやったことではあるのだろうが、結果として助かったのは事実。
それに報いるというわけでもないが。
龍の子どもがいいように利用されているのが癪に障るからという、尤もらしい理由もある。
こちらにはこちらの情報がある。
団には話さなかったそれが、どれだけの結果をもたらすかはまだわからないが。
少しでも早く片を付けるために。
彼を信じる片割れのために。
精々頑張ってくれと思いつつ、マルクは立ち上がった。
思っていたより話は長引き、リーたちが受付棟に戻ってきたのは昼と夕方の半ばくらいだった。
受付で預かってもらっていた荷物を受け取りに行くと、ミゼットから面会室で待つように伝言だと告げられる。
「ミゼットさんが?」
ヴィズが迎えに来てくれたのだから、もちろんミゼットが自分の帰還を知っていてもおかしくはないが、待たされる理由がわからなかった。この先の動きは既にマルクと話し済みで、ミゼットから補足があるとは聞いていない。
少々腹もすいてきたのだが、仕方ないので大人しく従う。相手は組織長のレジストでさえ逆らえぬ相手。自分にほかの選択肢はない。
部屋で携帯食を食べていいかと断ると、お茶とともに軽食が出された。ありがたくいただきながら待つこと一時間と少し。
複数の足音が近付き、扉が叩かれたと思うなり。
返事をする間もなく、大きく扉が開かれる。
「リー! フェイ! 久し振り!」
飛び込んできたのは赤毛のエルフ。
彼女のうしろには双子のもうひとりと伝言の主、そして嬉しそうに自分を見つめる青い瞳のエルフ。
驚きすぎて声の出ないまま、リーは居並ぶ四人を見返した。
 




