待ち人
やらかし発覚いたしました…。
リーの移動日が一日ズレておりました。
『ソリッドの思い』内、アリアが離れるリーを思う場面を修正しております。あの朝、リーは橙五番ではなく黄の五番にいるんですよね…。
訂正とお詫びを。お騒がせしてすみません。
ヴィズに視覚阻害の魔法をかけられ、フェイに乗って請負人組織本部へと到着したリー。
「今副長は外してるんだけど、戻ってから説明すると言ってるから。少し休憩してから受付棟で待っててね」
へろへろなリーににこやかに告げ、ヴィズと彼とともに来ていた龍がその場をあとにした。
場所は本部の裏側、龍の発着のために整えられたであろう場所、だ。
暫く座り込んで呆けていたが、痺れを切らせたフェイに引っ張り起こされる。
「座るなら食堂でいいだろう」
「…酒は飲めねぇからな」
わかっていなかった声でわかっていると返すフェイに引っ張られながら、本部の建物内には入らずに紫三番の宿場町へと移動する。正直昼食にはかなり早いが、いつ呼び出されいつ解放されるかわからないので今のうちに少し腹に入れておくことにした。
ここの食堂には前回の騒動で知り合ったエルフ、ラミエが勤めている。組織の職員でもあるラミエには色々と面倒も心配もかけた。
急に来ることになったので渡せる土産もないなと思いながら、リーは食堂の扉を開ける。
「いらっしゃい!」
明るい声で迎えてくれた相手を見て、思わず足を止めた。
食堂の制服に身を包むのは、金の髪に青い瞳の店員。しかし、ラミエではない。
ヒヤリとしたものが注ぎ込まれたかのような、そんな錯覚。
ほんの刹那の違和感は、それでもリーから動きを奪うには十分だった。
「リー?」
フェイに名を呼ばれ、リーは我に返る。
「あ、ああ。悪い」
軽く頭を振り、笑みを浮かべる店員を見やる。フードで耳は見えないが、整った顔立ちからするとおそらく彼女もエルフなのだろう。
席に案内され、水を出されて注文を聞かれる。注文をしようと店員を見上げて、リーはようやく気付いた。
この店員はラミエではない。しかしどこかラミエに似ているのだ。
思わず凝視するリーに、店員はくすくす笑う。
「ラミエに似てると思ってるんでしょ?」
「えっ?」
口から出た名に驚くリーに、店員の笑みに少し愉悦が混ざる。からかうような表情だが、そこに見えるのは純粋な興味と好奇心。
「リーさん、よね? あなたの話は聞いてるわよ」
誰から、とは聞くまでもなく。
ラミエより大人びた微笑みを向ける店員。しかし確実に被るその面影。
見上げたまま、リーは息を呑む。
「ラミエの姉のカレナよ。よろしくね」
「…どうも……」
カレナのうしろに見えた姿に、どうにも間の抜けた言葉しか返せなかった。
今までは紫二番の宿場町の食堂で働いていたというカレナ。
「ラミエの代わりに呼ばれたのよ」
気楽なひとり暮らしだったのにと口を尖らせぼやいてみせるが、本気でないことは見ればわかった。
「ラミエの代わりって……」
運ばれてきた皿を受け取りながら尋ねるリーに、うふふとカレナは笑う。
「代わりは代わりよ。あ、怪我とか病気じゃないから安心してね」
フェイの前にも皿を置き、それ以上答えずに戻っていってしまった。
一番肝心なところをはぐらかされ、リーは鬱然とその後ろ姿を見送る。
その後も結局カレナはここにラミエがいない理由もどうしているのかも教えてはくれず。次々浮かぶ心配に、リーは気もそぞろに食事をする羽目となった。
(…怪我とかじゃなくてよかったけどさ)
ちらりとカレナを見やるが、変わらぬ笑みを浮かべたままだ。
何を聞きたいかはわかっているだろうにと苦笑するしかない。
本来は組織職員であるラミエ。食堂勤務ではなく、組織の敷地内のどこかに勤め先が変わってももちろんおかしくはないのだが。
なんとなくもやもやとする気持ちを持て余しながら、リーは目の前の食事を片付けた。
終始含みある笑顔を向けてくるカレナに見送られて食堂を出たリー。あまり食べた気はしないが、仕方ないかと独りごちる。
このあとの動向がわからないので宿は取らずに受付棟へと行った。話は通してくれていたようで、所属証を見せるとフェイと一緒に面会室へ案内される。
あとはここで待つだけだ。
お茶を出してもらえたので、座ってそれを飲みながら。リーはぼんやりと考える。
食堂にラミエがいなかったこと。
そのことに、自分はどうしてこれほど動揺しているのか。
なんとなく袖口を見て、それをつまむ手を思い出す。
最初はただの厚意だと思っていた。
何もできなかったと落ち込む様を気取られて励まされた時も、エルフである彼女の見惚れるような容姿に当てられて、少し邪な目で見てしまっただけかと思った。
しかしここを発つ日の朝。
ほかから見えないように伸ばされた手からは、どうしてもそれ以上の想いが込められているようにしか思えず。
どうしていいかわからずに。その手を取ることもできず、また来るとしか言えなかった。
正直なところ、彼女がどう思っているのかはもちろん、自分がどう思っているのかすら未だわからないままだった。
それでもここに来さえすれば普通に迎えてもらえると思い込んでいた。
見えぬ姿に、わからぬ行方に、こんなよくわからない感情を抱くことになるとは思わなかった。
会えると思っていたのに会えなかったことに、自分でも驚くほどに気落ちして。
それなりに仲良くなったと思ったのに、何も言わずにいなくなったことを寂しく思えて。
今どこにいるのかわからないことが心配で。
―――その想いが、どんな感情からくるものなのか。
(……俺…は…)
示された好意に浮かれているだけなのか。
誰もが羨むような相手を得られそうなことへの期待か。
それとも。
出逢えただけで嬉しいと言ってもらえたことを。それだけでいいのだと認めてもらえたことを。嬉しいと、思っているからなのか。
自分もまた、出逢えて嬉しいと思っているからなのか―――。
じっとリーを見ていたフェイが息をついた。
「さっきから何を考えてるんだ?」
かけられた声に顔を上げる。その表情からは呆れも心配も見えず、いつものようにただ気になったから声をかけただけなのだとわかった。
「何って…」
「ラミエがいなかったからか?」
ズバっと言われ、リーは一瞬口籠る。
「……そう、だけど…」
もごもごと歯切れ悪く答えたリーに、フェイはようやく怪訝そうな顔になった。
「どこにいるのか聞けばよかっただろう?」
「…そう、なんだけどさ……」
尻窄みの己の声に、更に情けなさが募る。
「…なんで知りたいのかって聞かれても、答えらんねぇから」
「居場所を聞くのに理由がいるのか」
驚く声に、リーこそ驚いて。
「え、だって…」
「どこにいるかを知りたいから聞くだけだろう? ほかになんの理由がいるんだ?」
「なんのって……」
答えられないリーに、フェイは肩をすくめる。
「人は難儀だな」
言われてみればそうかとも思う。
ラミエとは知り合いであるのだから、行き先を気にすることも特におかしいことではないのだから、普通に聞けばよかったのかもしれない。ただ気になったから。そんな理由でよかったのかもしれない。
それでもあの時、自分の口から言葉は出なかった。
どうして知りたいのかと聞かれた時に答えられる言葉がないと、そう思った。
なぜかは、今ならわかる。
おそらく自分はただ知りたいだけではなく、知りたい理由があった。
そしてその理由に自信がないから聞けなかった。
それだけの話なのだ。
ガシガシと頭を掻いて、嘆息する。
正直なところ、まだ、わからない。
もしかして彼女を前にすれば、何か浮かぶ想いもあるのかもしれないが。
今は依頼途中。しかも、アディーリアたちに関わる案件なのだから。
己のことで心を惑わせている場合ではないと言い聞かせ、リーはひとまず一連の疑問に蓋をした。
完っ全に予定外の一話でした。
姉妹揃って恐ろしい……。
 




