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龍であって龍でない龍

 メルシナ村で食事作ってもらおうかというアイリスの申し出には首を振り、のんびりここで過ごすことを選んだリー。

 ウェルトナックの『嗜好品』を持ってフェイとカルフシャークが戻ってきてから、自分の手持ちの食料も出してきての夕食となった。

「ウェルトナックも少しは落ち着いたでしょうから。代わりますね」

 そう言い池に戻ったアイリス。入れ代わりに顔を出したウェルトナックは、どうにも居心地悪そうに苦笑する。

「…世話をかけたな」

「別に」

 アイリスの言うように、どうやらもう落ち着いたらしい。短いリーの返しに、ウェルトナックの笑みから苦さが抜ける。

「儂には任せてはおけぬと言われてな。全く、できた伴侶だな」

「子どもにまで取り乱してるとか言われてたもんな」

 ちらりとオートヴィリスを見て告げると、ウェルトナックはわかっているとばかりに息をついた。

「言うな、もう十分メルティリアに絞られておる」

「トマルが来たときもやりこめられてたな」

 口を挟んだフェイに、シェルバルクが仕方なさそうな笑みを浮かべてリーを見た。

 そういうことだったのかと思いながら、リーは気付かなかった振りをする。

 優しい息子を以てしても父の名誉は守れなかったようだが、今更といえば今更だ。

「まぁ、それとだな」

 自分を見る眼に真剣味が増したことに気付き、リーは開きかけていた口を閉じてウェルトナックを見返した。意識が自分へ向いたことを感じたのだろう、ウェルトナックもすぐに表情を緩めはしたが。

「メルティリアの話だけではわからぬこともあるだろうから。この際だから話しておこうか」

 それでもまだ重さの残る声に、リーはごくりと息を呑む。

「なんの…」

「護り龍というものについて、だ」

 自身も力を抜くように、ウェルトナックが穏やかに告げた。



 食事をしながらでいいと言われ、リーは池の手前に座り込んだ。飲みにくいからと人の姿を取り、ウェルトナック―――カナートはリーとフェイに酒を注ぐ。

「以前、なぜ自分で片付けないのかと言われたことがあったな」

 グラス代わりの手持ちの携帯用カップを合わせ、一口飲んでから。カナートが切り出した。

 初めてここへ来た時。リーがウェルトナックから受けた依頼は付近に現れる『何か』の調査を含めた討伐だった。

 魔物の頂点である龍。たとえ相手が龍を恐れないモノだとしても、その強さで劣るはずもない。それなのに口止めをしてまで人に頼むのはどうしてなのか。

 そう尋ねたリーに、ウェルトナックが返した言葉。

「……龍であって龍でない、って…」

 呟くリーに頷いて、カナートは池の縁で菓子をつまむ子龍たちを一瞥する。

「護り龍である儂と、(つがい)であるメルティリアには戦う力はない」

 静かに言い切られた言葉の意味を把握できないまま、リーはどこかきょとんとカナートを見ていた。

 不思議そうなその顔に少し笑い、カナートは続ける。

「護り龍は戦う能力すべてを護るためのものへと変えた龍。最早魔物としての龍とは別の生き物だ」

 もちろん姿形が変わる訳ではないが、と茶化すようにつけ足して。

「護る土地との繋がりを得ることで、付近の護りを保つ。ゆえにその地から離れることはできない」

 じっとリーを見つめる青い眼。ただ淡々と事実を語るカナートを凝視したまま、リーは口を挟めず言葉を受け取る。

「その寿命の限り終の棲処となった地と命運をともにする。こちらの寿命が尽きる前に土地の命が失われればともに果てる」

 積まれる言葉の重みが増していく。

 カナートの言葉が示すのは単に護り龍の生き方ではなかった。

 それに気付いて顔を強張らせるリーとは対象的に、カナートは表情を和らげ息をつく。

「それが護り龍という、龍であって龍でない存在だ」



 語られた護り龍であるということ。

 その内容に、リーはぐっと拳を握りしめる。

「…話していいのか?」

 故郷の護り龍、ネイエフィールからも聞いていない話。

 告げられたのは単なる護り龍の在り方ではない。

 護り龍の殺し方だ。

 呆然と洩らした呟きに、当たり前だろう、と即答が返る。

「たとえ愛子(いとしご)でなくとも、リーに話せないことはないと思っとるよ」

 うろたえる自分に示されたのは、全幅の信頼。

「それに。今まで以上に龍に関わるようになったなら、知っておいた方がいいだろうと思ってな」

 自分を見る瞳もかけられる声もどこまでも穏やかで、ためらいも迷いも微塵もなく。

 それほどまでに認めてもらえているということなのだと、嬉しくも身が引き締まるような緊張の中。

「引き込んだのは誰だよ」

 半分照れ隠しだと気付かれているのは承知の上での軽口に、カナートが笑った。

「だから儂から伝えただろう?」

 少し緩んだ空気の中、飲め、と顎で示されてカップに口をつける。

 ウェルトナックの新たな食料庫からフェイが持ってきたのは、淡い琥珀色の酒。喉を焼くような強さはあるが、飲んでから抜ける香りは柔らかく。

 ちびちびと味わいながら、リーは改めてカナートの話を反芻する。

 龍であって龍でない護り龍。

 護る力に特化し、その地とともに生きるもの―――。

 はた、と気付く。

「…アイリスがいると離れられるのか」

 アイリスの言葉とカナートの言葉。そこには矛盾があった。

 尋ねるつもりはなく口に出てしまっただけの呟きに、それでもカナートは頷く。

「メルティリアは儂と番となったために、儂と同じ責を負った。どちらかがいれば役目は果たせるのでな、片方は外に出ることもできる」

「所帯を持ってから護り龍となるならまだしも、カナートが護り龍になってから番になったというからな」

 珍しいことなのだとフェイがつけ足す。

「だから余計に頭が上がらないんだな」

「そういうわけでもないが」

 苦笑しながらも少しだけ落とされたカナートの視線には、同じ道を歩むこととなったメルティリアへの感謝と後悔が混ざる。

「…本当に。できた伴侶だよ」

 アイリスが見せた愛情と同じく慈しみに満ちたカナートの呟き。

 メルティリアにはどうにも強く出られなさそうなウェルトナックではあるが。

 やりこめられているというよりはそうであるのがふたりにとっての自然な立ち位置なのだろうな、と。幸せそうなカナートを見ながら、リーはカップを傾けた。



「子どもたちにはそういう制限はないんだな」

 シェルバルクは本部へ、オートヴィリスもふたりを追ってきていた。何よりアディーリアとユーディラルは無断で出ている。

 ふと気付いてのリーの問いに、カナートはそうだと答える。

「ただ、慣れてはおらぬな」

「慣れ?」

「戦うための力に、な」

「だって。ここじゃ使えないから」

 口を挟むカルフシャークの頭を、そうだなと言いながら撫でるカナート。

「子どもたちには戦う力はあるが、儂が護る範囲内で攻撃のための力を使われると影響が出るので結局ここでは戦えず、使えぬ儂らにも教えることができない」

「シェルバルク兄さんとオートヴィリス兄さんは教えてもらいに行ったんだよ」

 眼を細めて撫でられながら、カルフシャークが教えてくれる。

「僕はフェイにお願いするんだ」

「そうなのか?」

 どうやら初耳らしいフェイに、そう、と言い切るカルフシャーク。

「まぁ、俺は別に構わないが…」

 満更でもなさそうなフェイと、やったぁ、と喜ぶカルフシャークを一瞥ずつしてから。

(…余計なことまで教えなきゃいいけど)

 罠にまみれたドマーノ山の様子を思い出し、リーはこっそり嘆息した。

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― 新着の感想 ―
護り龍の在り方、想い、お話の核になる内容がつまった回ですね。 仮に、この在り方がひっくり返るような事があれば、龍にとても人間にとっても大変なことになりそうです。 >淡い琥珀色の酒。喉を焼くような強さ…
[良い点]  護り龍とは……。  そういった存在なのですね。  『双子のエルフ~』の謎が一つ明らかに。  リーの言葉で気がつきました。  そういうことにもなるのですよね。  リーは望むと望まざると…
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