過去編:The girl hasn't meeten the boy yet.
「おはようございます」
その言葉に挨拶を返してくる者は誰一人としていない。やけに高い天井に、少女の声は吸い込まれていく。やがて残ったのは、ガラリとした音の名残だけだ。
一人で住んでいるのだから、挨拶をする必要もないことは、分かっていて。だから、これはひょっとすると寂寥感というものなのかもしれない。
龍華院フィオナが、この家──学園町の住居──に越してきて、一月が過ぎた。
『フィオナ、あなたは中等部になったら、学園町に住みなさい』
そうフィオナに命じたのは、彼女自身とそっくりな紅い髪をした女性だった。
『なぜ?』
『強くなるため』
少女は、異国の血を持つ母の言葉に首を振った。
『必要ない。 それだったら、お兄様やお兄様の部下の人達で充分』
事実、フィオナは既に並みのエスリプトやソーマならば、彼女の相手となることはなかった。ましてや、学園生なんて身体的にも能力的に未熟な同年代の生徒達が、フィオナの研鑽の役に立つ、なんてとても思えない。
『そうね、あなたは既にそれだけの実力を身に付けている』
『だったら』
『でも、まだまだ弱い、ということも知ってるでしょ?』
お母さんのことも、倒せないのだから。
フィオナは、黙り込む。それは、事実だ。龍華院が誇る精鋭部隊──すなわちこの国の最精鋭──が、束になっても片膝をつけさせることすらままならない強大な化け物。それが、フィオナの母だ。
『でも、あなたのお父さんは、私のことを倒したわ』
『また、その話……』
恋慕うヒトのことを語るように、母は言った。
娘は、心からうんざりした。
フィオナの父は、確かに優秀な人間だと思う。龍華院グループをまとめあげる手腕は言うまでもなく、またソーマとしての実力も、この国で有数だろう。
だが、そこまでだ。
あくまでも、有数。それは最強とは程遠く、故にフィオナの母には、届き得ない。
『信じてないでしょ。 私も、今となっては信じられないもの。 でも、実際に私はあなたのお父さんに負けた。 それは事実で──学園はそういうところよ』
『意味がわからない』
『もっと広い世界を見てきなさい、私のかわいい娘』
そうすれば、あなたは私よりももっとずっと強くなれる。
『それが、良いことか悪いことか、分からないけれど』
『なにそれ』
『いずれ分かるときが来ると、良いわね。 あと、好きな子ができたら、お母さんに教えてね! 娘とコイバナするの夢だったから! なんなら、デートに着ていく服も一緒に考えてあげるから! むしろ、考えさせてください!』
『なにこれ…………』
期待はずれ。
それが、フィオナがこの学園町に抱いている偽りのない気持ちだ。
「わたしに、勝てる存在なんているはずがない」
母以外に。
腕章を腕に巻いた。
どうせなら、実戦に身を置ける組織に所属してみようと半ば戯れに入った風紀委員会。しかし、犯罪者にすら骨のある能力者はいなかった。
ああ、退屈だ。




