危険が差し迫って、時間がゆっくりになっても身体は動けない謎
本当にごみ捨て場を探していたらしい、チンピラ先輩はせわしなくその場を去っていった。他の生徒たちの例に漏れず、文化祭準備におわれているらしい。
勇奈は、そのいつもと変わりのない背中を見つめる。
「なんで、全然変わりがないんだろ……」
あの人は、もっともっと怖い人なのに今は本当にいつも通り。
「後輩、サボり?」
「センパイこそ」
ぽん、と勇奈の頭に手を置かれた。あたたかい掌。
「なぜ、ここに?」
「さっき、泡くって走ってた不審者を注意したら、聞いてもないこと全部ペラっペラ喋ってくれてさ」
勇奈のセンパイ──佐藤兼道は、ぽんぽんと勇奈の頭を軽く叩いて、その手を下ろした。
「僕から説教されたい? それとも、何か聞きたい?」
この人は、甘いな、と思う。勇奈に対して、甘い。
その理由も、さすがに気づいている。
「話を聞いてください」
だから勇奈は、説教をこの人からは受けたくない。優しすぎるから。
「説教は師匠(会長)から、存分に受けられるので」
「分かった。 ちなみにだけど、会長はさっきすげえ笑顔で準備運動しまくってたから、頑張ってね」
説教が終わってから、この人と喋る余裕があるかどうか、勇奈はちょっとだけ心配になってきた。
◆
『安心しろ、龍華院』
『今年の相手は、俺だ』
少年はそう告げた。
『本当に?』
少女は楽しげに嬉しげに。幸せそうに微笑んで。
勇奈は剣を抜こうとした。
もし、そのまま、剣を抜こうとしたら、死んでいた。
そんなはずはないと、脳では理解する。しかし、体は反応してしまったのだ。
その、少女が浮かべた純粋な微笑みに。
『当然だ』と頷いた少年に。
どこまでも真っ直ぐで、互いを想い合う姿に脅威を感じて。
勇奈は自らを守るためにそれらを斬ろうとした。
そして、できなかった。
人は恐怖を感じると動けなくなるという。それゆえに、考える前に動けるまで訓練を積むらしい。
勇奈は一条として生まれ、伝説武器の使い手として鍛えられてきたという自負はある。
そんな自負は無意味だった。もっと根本的に──エスリプトだとかソーマだとかそんな部分ではなく、命を持つものとして恐怖したのだ。
時間にしては、ほんの一瞬だったはずなのに、それは勇奈にとって、あの二人への距離を感じさせるには十分過ぎた。
彼らの本気を前にして、勇奈は剣を抜くことすらままならない。ただ、彼らが互いに向けているそれが、自らに向いてこないことを祈ることしかできなかった。
勇奈は彼らに届くのだろうか。




