プロローグ
「お前らはさあ。 釘バットのメリットってどこにあると思う?」
闇が色濃い夜だった。
例えば、一人の人間が、行方不明になったとしても、誰も気づき得ない程に暗い夜だった。
「ああ、バカだから、返事の仕方も知らねえか」
声を発している男は、まだ年若く少年と呼んでも差し支えがない容姿である。
その少年は、武器を携えた十数名に取り囲まれていた。
「せっかくだから、俺が教えてやるよ」
銃声。
しかし、少年には当たらない。弾丸を放った主に、釘バットで打ち返したからである。
「答えは、メリットなんざ何もないってことだ!」
銃使い制圧。続いて、その近くにいる女の顔面を、バットでぶん殴る。続いて、というところで足が止まる。
『フローズ!』
少年の足が凍る。多勢に対して、その硬直は大きな隙になる。
「死ねぇぇぇぇ!」
「チンピラ一人に、この人数だ! 負けるわけがねえだろぉぉぉぉ!」
短刀使いと、槌使いが少年に襲いかかった。
しかし、少年はひとつも焦ることなく。
「釘バットは、持っているだけで、なんか警備員に囲まれたり!」
少年は上体を無理やり捻って、全力でバットを振る。二人が吹っ飛んでいき、ついでに三人巻き込んだ。
「社会のクズの血で汚れちまうんだよぉぉぉ!」
残り、半数。
「お、ラッキー」
足を凍らせた本人が、巻き込み事故で地面に伏したうちの三人に含まれていたらしい。
足をぶらぶら揺らしながら、少年は自身を取り囲む連中を睥睨した。
「おい、雑魚共。 覚悟は出来てんだろな」
圧倒的な実力差。しかし、少年を取り囲む連中は、怯えを一切見せなかった。
「あー、はいはい。 全員殺されてえって意味だな!」
躊躇するつもりもない。
軽く膝を曲げて、力を溜めそして一気に踏み出そうとし。
「えー、学園の恥じ達。 風紀委員よ、投降しなさーい」
いささかも、緊張感のない声がした。
少年は咄嗟に飛び上がる。
光と熱。
アスファルトが熔ける。
一瞬で、まさに修羅場が造られていく。
「皆、運がいいわね。 今日の、風紀委員の詰所のメニューはカツ丼よ」
「逃げろぉぉぉぉ!」
「え、″炎帝″だ!」
「くそっ! あとちょっとだったのに、なんで風紀委員のイカれ女が!」
どこがあとちょっとだったんだよ、と少年は毒づきつつ、めんどくせえ女から逃げるべく、先程まで少年の周囲を取り囲んでいた連中に紛れ込もうとして。
「君は、わたしと一緒に詰所に行くわよ、″チンピラ″さん? 」
肩に手を置かれていた。
「冤罪だ」
「正当防衛は成立するかもだけど、冤罪はさすがに無理よ」
遠くで、他の風紀委員達に捕まえられたとおぼしき連中の悲鳴が聞こえる。
「最悪だ……」
「今日のカツ丼のデキが最高だから、トータルで最高の一日よ」
そうはならんだろう、というツッコミはこのイカれ女に通じない。少年はマジで今日の不運を恨んだ。
◆
神は平等である。
人間の半数は産まれた時に、必ずひとつの不思議な力を授けられた。
例えば、火によって地を溶かす者がいる。
例えば、雷を落とす者がいる。
例えば、時を止める者がいる。
彼らは、エスリプトと呼ばれた。
その一方で、もう半数はエスリプトのような力は授からなかった。
しかし、その代わりに強靭な身体と武器が授けられた。
例えば、槌を振るって地を割る者がいる。
例えば、靴によって空を駆ける者がいる。
例えば、拳を振るって海を裂く者がいる。
彼らは、ソーマと呼ばれた。
そして神が平等であるがゆえに、人々は争った。
ある時代では、力あるエスリプトが支配した。
ある時代では、力あるソーマが支配した。
今は、定まった支配者が存在せず、強いていえば人々による共同体が支配していた。そして、共同体の力を示すのは、やはり力あるエスリプトとソーマの存在である。
それ故、各共同体はエスリプトとソーマの育成が急務となり、いつしか教育機関は多大な裁量権を保持するようになる。
その裁量権が及ぶ範囲のひとつに、学生が警察権をも有する学園町の認可があった。
これは、学園町のチンピラが、そこそこ楽しく学園生活を過ごす物語である──。