9.限りなく透明に近い作家デビュー
「即興小説トレーニング」にてお題を頂いて書いております。
お題:限りなく透明に近い作家デビュー 必須要素:イヤホン
「はい、わかりました、はい、ありがとうございます!!」
力強い返事とともに良子はイヤホンを取り外し、スマートフォンの通話機能を切る。
そして、「いやっほーい!」と大袈裟にガッツポーズを繰り出した。
すぐそばにいた良子の奇行に、友人の葵は呆然としていた。
「どうしたのさ急にうるさすぎてお腹減ったじゃない」
「脈絡ないなきみのお腹は! 聞いて驚け見て驚け、なんとなんとなんと……」
うずくまり、しばらく溜めてから体を開いて大ジャンプ。
「作家デビューが決まりましたー! はい拍手拍手拍手ー!!」
「おお、まじか」
葵の淡白で乾いた拍手にも関わらず、良子のはしゃぎっぷりったらない。
良子は中学のときから作家志望であり、毎日毎日小説を書き続けていた。いろんな賞に応募するもいずれも落選。大学生になっても地道に執筆活動を続け、そして今日電話が鳴り響いた。
「さてさていまの心境はどうですかね、良子さん」
「いやーもー嬉しくって嬉しくってもーさいこーって感じ? ほんともー嬉しいー!」
「語彙力なさすぎないか」
葵は良子とは長い付き合いだが、彼女の小説は一度たりとも見ていない。小説の文章もこんなノリであったら嫌だなあと葵は思う。
それでも長年の夢が叶ったのは、友達としてもなかなか嬉しいものがある。
「おめでとう、めでたい日だし夕飯奢ってあげるよ」
「まじまじー? ありがとー!!」
「で、どこの出版社から作家のお声をかけられたの?」
「えっとねー! わかんない!」
「おおー?」
雲行きがあやしくなる。良子は続けた。
「なんかね、ぜひともうちで作家になってほしいから、手始めに前金としてここの口座に十万振り込んでほしいって!」
「ふむ」
「いやーびっくりしたねー、作家になるには前金払わなきゃいけなかったなんてね! じゃ早速銀行行ってくるから」
「ちょい待てい」
こんな単純な詐欺あるかと心からツッコミつつ、葵はどう良子が落ち込まないよう説明すればいいか迷っていた。
「あなた騙されてるわよ」
「え」
面倒くさいので直球で説明することにした。
「多分あなたが作家になりたがってる情報をどこかから聞いて、ウルトラわかりやすい詐欺電話をかけたっぽいね」
「……うっそだー」
「信じないならそれでいいけど、振り込んでも作家になれない確率高しね」
見るも無残に膝から崩れ落ちる良子。さっきの威勢が嘘のようだ。
ここは友人として励ますべきだろうかと、葵は良子の肩を叩いた。
「どんまい」
励ましにしてはやる気なさすぎであった。
「もっと言葉にして励まして」
「まあ、ある意味作家デビューした気分は味わえたじゃん?」
「もっとクリーンに味わいたかったよう」
「どんまい」
頭をなで、葵は上着を着てでかける準備をする。
「さ、傷心祝いに奢ったげるから出かけようよ」
「傷心は祝っちゃだめだよう」
良子の作家デビューは透けてしまい、色がつくまでまだまだ道のりは続いていく。
ちょい待ていあたりで十五分オーバー。
時間内にまとめあげるの難しいなあ。