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87.潔白な強奪

「即興小説トレーニング」にてお題を頂いて書いております。

お題:潔白な強奪 必須要素:沖縄

「沖縄に行きたい」


 とある日の午後。営業の外回りをしている最中、同僚の長谷部がそうぼやいた。

 僕が自販機から缶コーヒーを取り出そうとすると、長谷部が自然な動きで奪い取る。それは僕のお金で買った缶コーヒーなのに、我が物顔で飲んでいる。

 仕方なく僕はもう一本購入し、長谷部の会話を続けることにした。


「沖縄かあ」


 透き通るような青い海。焼き付ける太陽。月並みの例えしか浮かばないが、旅行するにはうってつけで最高のスポットだろう。

 ここ数年、関東圏内からほぼ出たことのない僕にとって、沖縄なんてあまりにも遠すぎる未知の場所。


「なあ、明日沖縄に行かないか?」

「明日かあ……いや、無理だろ」


 今日も明日も明々後日も平日であり、祝日なんてまだ先のこと。たとえ土日に行ったとしてもあまりゆったりできる気がしない。


「じゃあ、俺一人でも行くよ」

「明日仕事だって。それとも有休でもとんの?」

「いや、とらない」


 そのときの長谷部の様子は、至って普通だったはずだ。

 明日沖縄に行くと言っていたのも、単なる冗談だろうと思っていたのに。


 次の日、長谷部は出社しなかった。


「長谷部は?」

「長谷部くんは?」

「長谷部パイセンどこっすか?」


 皆が長谷部を気にし、僕が代表して電話をかけてみる。

 もしかしたら本当に沖縄に行ったのかもしれない。仕事に疲れ、人間関係で悩み、全てを忘れて遠くへ行きたかったのかもしれない。

 そうか、昨日の長谷部はあまりにも辛い状態だったのだろう。だから比較的仲の良い僕に旅行を持ち掛け、ひそかにSOSサインを送っていたのだ。

 それに気づかず、僕は適当に流してしまったことを後悔する。

 どうか電話を、とってくれ――

 2コール目ですぐに電話が繋がった。


「うい、長谷部です」

「あれ……元気……そう?」

「うん、わりと元気」

「………いまどこ?」

「沖縄」


 失踪とかではなく存外悪びれる様子もなさそうな声色である。


「欠勤の連絡とかした?」

「いや、本当は出勤しようと思ったんだけどついつい足が沖縄に向かっちゃっててね。もう少しのんびりしたら連絡しようと思ってた」

「ああそう……」


 そういえば長谷部は、よく物事を行おうとして遅れることが多い。仕事自体は速いしテキペキとこなせる奴なのだが、実行するまでがなかなかに遅い。

 今回の連絡も、やろうとしたけどそのままほっぽって遅れたようだ。


「まあ、きみが元気そうでよかったよ」

「あ、そう? ちなみに言い忘れてたんだけどさ」

「うん」


 そして長谷部は軽く笑った。


「昨日、缶コーヒーおごってくれてありがとう」


 脈絡もへったくれもない。

 長谷部がいればこのさき退屈せずに済みそうだ。

 まあ、いまはいないけど。

沖縄行きたい。

旅行に行きたい。

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