63.間違った別居
「即興小説トレーニング」にてお題を頂いて書いております。
お題:間違った別居
「ねえ、もう同棲やめない?」
喫茶店で穏やかな時間をとはいかず、彼女からの提案に落ち着きを隠せない。
同棲してから半年経ち、何事もなく結婚まで進めると思ったのに。
「……ちなみに理由は?」
「部屋が汚い。いびきうるさい。トイレ入ったあと消臭スプレーをしない」
いびきはともかくとして、他は言ってくれれば改善できるものだ。
……いや、違うな。彼女は散々注意してくれたのにも関わらず、掃除もろくにしなかった。トイレだってスプレーどころかたまに流すのを忘れてしまう。
「もう一度だけチャンスをくれないか?」
「無理。ノーチャンス。あなたは崖から突き落とされました」
敬語が出てしまった。普段はため口の彼女が敬語になるのは、絶対に許さないの合図。
こうなってしまうと諦めるほかない。
「わかった……いままで楽しかったよ」
こうして俺は失恋してしまった。今度の彼女は上手くいくと思ったのになあとガッカリしていると。
「で、来週はどこ行く?」
「え?」
別れを切り出されたのに、なぜ来週の予定を立てなければならないのだろうか。
「同棲やめるんだよね?」
「そうよ。でも別れるとは言ってない。いわば別居ね別居」
「別居……」
彼女は実家に、俺は一人暮らしに戻るだけであり、どうやらいまの関係は続けていくらしい。
こちらとしてはありがたい話だが、果たしてそれは別居と言えるのだろうか。
「で、また気が向いたら同棲しましょ。今度はあなたの弱点が直っていることを祈るわ」
「はい、努力します」
絶望のどん底からクモの糸を垂らされたようだ。この千載一遇の機会、逃してはいけない。
「じゃあさ、ちょっと買い物付き合ってよ」
「いいわ、どこ行くの?」
「消臭スプレーと床をころころするやつ! あと寝るとき口に貼るテープみたいなのも」
あからさまな改善しますよアピールに、彼女は鼻で笑っていた。
特筆すべき点なし。
時間も15分ちょうど。




