5.日本式の円周率
「即興小説トレーニング」にてお題を頂いて書いております。
お題:日本式の円周率 必須要素:イヤホン
放課後の図書室、隅っこの席で一人読書をしている女子生徒。お気に入りなのか、来る度にいつも同じ席に座って適当な本を読んでいる。
そして極めつけは、イヤホンをつけながらなにかを聴いているということ。
図書当番をしている山田としては、そんな彼女が気になって仕方がない。
本を借りるわけでもない、楽しそうに本を読んでいるわけでもない、ただ時間を潰すようにしている。
一度話しかけようとも思ったこともあるが、完全に一人の世界に入っているため迂闊に声をかけづらい。
せめてどんな本を読んでいるかだけでも確認してみたいが、妙な真似をすれば変態やらストーカーやらと悪い噂が自分の身に降りかかるだろう。
そこで山田は考える。図書委員の仕事と称し、彼女の近くにある本棚の整理をしながらこっそり見るという手段を試みた。
彼女の席に近づき、さりげなさをアピールすべく口笛を吹きながら本棚に辿り着く。図書室で口笛とは迷惑千万。
そして本を出しては戻してと意味のない行為を繰り返しながら、ちらちらと彼女の様子をうかがった。
しかしここで残念なお知らせがある。山田は視力が壊滅的に低いため、なんの本を読んでいるのかさっぱり見えなかった!
自身の両目を嘆きつつ諦めて戻ろうとした瞬間、ふと彼女のイヤホンから漏れる音が聴こえてきてた。
「…………なんだ、数字?」
思わず声に出してしまった。目は悪いが耳は抜群に良い山田。彼女の聴いている曲の歌詞のようなものを聴き取れていた。
しかし、聴き取れたものはメロディではなく、数字の音読。
「あなた、もしかして興味があるの?」
それがきっかけか、彼女も山田に声をかける。山田はついつい大きくうなずいた。
「いや、その、どんな曲聴いてんのかなって思ってさ」
「じゃあ聴いてみる?」
そうして彼女は片方のイヤホンを山田の耳に付ける。案外積極的であった。
お言葉に甘えて聴いてみると。
「250391275771……」
耳も頭も痛くなりそうだった。
「なにこれ」
「なにって円周率よ。ひたすら円周率を聴いてるの」
「……なんのために?」
「特に意味はないけど、これ聴いてると嫌なこととかあってもどうでもよくなるのよね」
「ああーなんかわかる気がする」
確かになにも考えたくなくなる。
「他にも英語やフランス語のもあるけど聴く?」
「いや、いいっす」
どうやら彼女は嫌なことや辛いことがあったときに図書室へ来るらしい。そしてここで適当に小難しい本を読みながら円周率を聴いている。
「どうせだったら普通に勉強するとかしないのか?」
「いやよ勉強嫌いだもん」
「まあいいや。邪魔してごめんな、ごゆっくりどうぞ」
謎も解け、山田が戻ろうとしたとき。
彼女の手が、山田の裾を引っ張っている。
「ご注文は?」
「ここはファミレスじゃないわよ」
「いやわかってるよ。それよりまだなにか用か?」
「んー……」
彼女は首を傾げつつ、小さく縦に振る。
「なんか、あなたと話しててもそこそこ気が紛れそうだからもう少し話さない?」
「図書室ではお静かに」
「冷たい人ね」
「仕方ないだろ図書室なんだから。でもさ……」
山田はごそごそとスマートフォンを取り出した。
「図書当番終わってからでいいならさ、いろいろ話そうぜ。連絡先も交換しよう」
そこで初めて、彼女は笑った。
「ふふ、仕方ないわね」
「なんでそっちが渋々なんだよ」
山田と彼女の関係は長く長く円周率のように続いていった。
山田にイヤホン付けるところで15分オーバー。
青春もどき。




