第陸話
隣によく座っているのは黄色のイメージカラーの鐘紙 志織。
よく座っているっていうのは出席番号の都合で中間・期末の時はもちろん、席替えをしても隣の席にならなかったのは驚異の1回だけという記録を打ち立てているからだ。
これで運命だと思うか必然と思うかはその人次第だけど、僕は前者に近いけどそれとは違う考えに支配されていた
それは彼女の雰囲気だ。
いつも笑って、快活な性格の彼女。
そんな彼女に僕は憧れていた。
僕が振舞って始めてできるようになったあの暖かい笑顔を苦労することなくしてのけている彼女が。
笑うのが苦手で、鏡を見て口角がどれくらい上がっているなんて確認して笑顔を浮かべようとしていた自分と違って、彼女は最初からきっと笑うことができたであろう。
僕とはまるで違う存在。
そう思っているし、これからもその考えは変わらないだろうと思っている。
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ある日の放課後。
文化祭の準備で僕と鐘紙は二人で一緒に荷物を運ぶことになった。
「そういえば、いつも気になってたんだけど誉瑠君っていっつもあんな早口で喋ってるけど、どうやったら舌を噛まずにあんな早く喋れるの?」
「……発声練習をしたらできるよ(小声)」
「えっ、なに?」
「なんでもない。
話す時の声の高低差や大小を気にかけながら人に伝わりやすいように話せば自然とうまく早口でも話せるけど、僕はいつもそこまで早く話しているつもりはないよ」
「わお、真面目に答えてくれた」
思わず鐘紙の顔を凝視してしまった。
「なに?なんか顔についてる?」
「いや、大丈夫だよ」
一体どういう回答を期待したのだろうと思ったのと僕をどう評価しているのか気になったから顔を思わず見ましたなんて答えたところでそれこそ真面目な答えが返ってくるとは思えない。
はぐらかされそうだし。
「本当?」
鐘紙は髪を弄りがながら歩く。
「片手で持ってたらそれ落とすかもしれないよ」
「おっと、危ない危ない」
そう言いながら鐘紙は弄っていた手で段ボールを抱え直す。
「それで、そんなことを聞いて何かしたいことでもあるの?」
「……うん。私ってね、いつも聞き上手って言われるんだ」
「それが何かいけないことなの」
「分不相応じゃないことなのかもしれないけどね。
本当は私は話したいことがいっぱいあるの。
昨日見たドラマのこと、読んで面白かった恋愛小説、どうだっていいような豆知識、いっつも話そう話そうって思ってるのに相手の話を途中で遮っちゃだめだって思うたんびに話し始める機会を逃して、家に帰ってまた後悔しての繰り返し。
解ってるの、みんな私に求めているのはどんな話でも嫌な顔をしないで聞いてくれる聞き上手な私であって、私自身には興味がないってことぐらい。
それで…ね。
たまに、こんなことをしている自分が嫌になるの。
頭がぐちゃぐちゃになって全てを放り出したい気分になるときがあるの」
「暇なときがあったら」
「えっ?」
「暇なときがあったら誘ってよ。
聞いてあげる。
話したいこと全部。
時間が許す限り」
「本当?」
「本当」
「そうだね……。お願いしちゃおっか」
「お願いされました」
「ふふふ
私って今変な気分なの、ほとんど話したこともない人にこんな話をするなんて」
「役得だよ」
「そう?」
「可愛い女子からの相談事だよ?」
「そうだね。
確かに、役得かも」
「だろ?」
「ふふふ」
荷物を置く場所についた僕たちは部屋に入った。
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次の日、僕は鐘紙に呼び出されていろんな話を聞いた。
面白いこと、悲しかったこと。
その日から僕たちの密会は高校を卒業するまで続いた。
この時間は僕の宝物の一つ。
どんな人にだって悩みがあるってことを教えてくれた大切な時間。
誰にも侵されることのない思い出。




