第玖話
着いたアパートの中は本当に汚かった。
食べ終わったプラスチック容器やらが台所に水を張ったまま放置されている。
床には洗い終わったプラスチック容器が袋詰めされており、無造作にいくつも置いてある。
きっと捨てる暇がなくそのままになっているのか、捨てるのが面倒になってやっていないかのどちらかだろう。
また、机の上には紙やシャーペン、爪切り、ホッチキスに定規などが散乱しているのが見える。
「本当に……汚いですね」
「お前、言っていいことと悪いことがあるぞ」
「貴方もそう思ってるから事前に言ってたんでしょ?」
「そうだが」
「それなら、今の言葉を甘んじて受け入れ、反省することをお勧めします」
「路上で蹲ってたお前には言われたくない」
「路上とは言いましても、人目の届かないようなところじゃないですか」
「路地裏に人の目が届いたら驚きだがよ。
路上という点では同じだろ」
「不毛な議論ですね」
「こいつを拾ったのは失敗だったか?」
「なんですか。
どういうシチュエーションだったら成功なんですか?
エロゲ展開ですか?
見損ないましたね」
「ああ、本当にエロゲ展開だったた嬉しいね‼︎」
自棄糞気味に叫ぶ男を横目で見ながら誉瑠が一言。
「電話を貸してください」
「なんでだ?」
「警察に電話しようと思うので」
「真面目な顔して怖いこと言うんじゃねえよ‼︎」
「怖いということはなにか疚しいことがあるということですか。
ゲロりましたね」
「ゲロってねぇよ」
「なるほど、今のはゲロったとすら言えないということですね」
「あぁもうそれでいいよ」
「だから電話を貸してください」
「なんで通報される人が通報する人に電話貸さなきゃいけないんだよ」
「少しは自己の良心をよくしてあげようかなと」
「お前……」
「なんですか?」
「お前が女だったら本当にエロゲ展開になったのに、畜生。
まぁ、お前だったからいいこともあるが」
「衆道にでも引き摺り込むつもりですか?」
「なんでそうなる‼︎」
「この言葉を知っているということは本当に……」
「なんで言った本人が怯えてるんだよ」
「痛くしないでね(ポッ)」
「開き直るな」
「ではどうしろと?」
「知るか」
場を沈黙が支配した。
「それで、なんでお前はあんなところに居たんだ」
「人には聞かれたくないようなことがあったんですよ」
「悲しいことか?」
「有り触れた悲しみです。
本当に、毎日、世界の誰かが思う」
言葉をそこで区切った。
「限定していっても、一年に一回は誰かが似たようなことを思ってるでしょう。
あの時、こうしていれば、ああしていれば、と」
「それは、よくあることだな」
「ただ、違うのはそれが取り返しのつくものか、つかないものかという違いです」
「お前は取り返しのつかないようなことだったのか?」
「えぇ、けれど誰も僕のせいだとは言わないでしょう。
けど、それでも許せないんですよ、自分のことが」
「よくある悩みだな」
「そうです。
どこにでもある苦しみ、悲しみ。
知っていてもそれを乗り越えることができるかはまた別の話というわけです」
「泊まるか?」
「いいんですか?」
「あぁ」
「痛く……しないでくださいよ」
「お前はまだそのネタ引きずってるのかよ‼︎‼︎」
翌日、僕はお礼を言って部屋を出た。
「また来てもいいぞ」
と一言、声をかけてくれた
僕を泊めてくれた人は有坪 児珠というらしい。
女の人みたいな名前だと思ったのは誰にも言えない秘密だ。




