第捌話
「おい」
なにか声が聞こえる。
「おいって言ってんだろ」
誰かが怒鳴ってる。
「お前、耳が聞こえないのか?」
その声の主は目の前にいるようだ。
地面に座り込んで、蹲る僕に声を掛けるなんて、酔狂な人もいたものだ。
そう思い、顔を上げる。
そこにはヤクザみたいな風体をしている男がいた。
”灰色”。
誰にも慣れ合わず、常に一人でいる事の多いい。
所謂、一匹狼のような人が持つイメージカラー。
そして、どっぷり黒く染まった足元。
関わりたくないと思った。
「……聞こえてますよ」
「おう、生きてたか。
死んでたら通報でもしなけりゃならないところなんで焦っちまったな」
「そうですか。
生きている事がわかったんなら僕なんて無視して家にでも戻ったらどうですか」
「そういうわけにもいかんだろ。
お前、これからどうするつもりなんだ」
「どうだっていいでしょう?」
「そうか」
下を向き先ほどのように蹲る。
足音が遠ざかる。
そうやらどこかへ行ったようだ。
= = = = = =
どれくらいそうしていただろうか。
空は暗くなり、夜闇が周りを支配する。
手に雨粒が当たった。
最初は弱かった雨も強くなり、髪を、服を、ズボンを濡らしていく。
不意に雨が当たらなくなった。
「ほらよ」
見るとさっき声をかけてきた人がさしている傘の範囲に入っているようだ。
「まだいたんですか」
「まだはないだろまだは。
俺は親切心を持ってだなお前に接しようとしているんだぞ」
「そう言ってる人は信用できないんですよ」
「それはお前の独断と偏見による見解だろ」
「圧倒的多数の見解です」
「お前のいるところじゃあ、そうかもな」
淡々と事実を告げるように話す。
「やっぱり他人から褒められるような仕事をしてない人でしたか」
「お前も似たようなもんだろ」
「えぇ、下手をしたら貴方より酷いことをしたという人もいるかもしれません」
「おいおい、それは物騒だね」
「そう思うなら僕なんて無視したらいいでしょうに」
「俺にはな、お前より少し年下ぐらいの子供がいるんだよ」
「僕は成人を過ぎたぐらいですが?」
「なら1歳しか違わねえな」
「とてもそうは見えませんね」
「若く見えるって?
自分でもそうは思うが、他人から言われると少しくるものがあるな」
「そんな玉じゃないでしょう」
「俺は臆病なんだぜ。
それに、寂しかったら死んじまうんだよ」
「兎ですか?」
「おぉ、よく判ったな。
俺の前世は兎なんだぜ」
「面白い冗談ですね」
「ふっ、よく言われるさ」
「それはそれでどうかと思いますよ?」
「言うようになったじゃねえか。
それで、どうするんだ。
行くとこねえんだったら俺の家来るか?
まぁ、相当汚ねえが」
「そうですね。
そちらの方が面白そうですし」
「もてなしてやんよ」
「それじゃあ、すき焼きくださいよ」
「少しは遠慮しろよ」
暗い住宅街を二人で歩く。
雨が止む気配は未だなく。
逆に強くなっているようにすら思える。
それでも、彼と話していると渇いた心に雨が降っているみたいに感じた。
そう、今の空模様のように。




