【短編】色付く紅葉~カメラ嫌いな先輩美少女と俺がイチャイチャしてデートしてキスする青春ラブコメ~
ハルシャギク (波斯菊)
【全般】「いつも陽気」「一目惚れ」
高校生活にも大分慣れて、新入生気分が無くなった一年目の8月。俺は結構な暇を持て余していた。
切っ掛けは、部活を退部したことだ。俺は小学生の頃からずっと野球を続けていて、それなりの熱を持って取り組んでいた。偏差値重視で入学したこの高校でも、当然のように野球部に入って活動を始めた。
しかしそんなに強くない野球部というのが悪かったのか、俺と部の仲間達の間にある温度差に耐えきれず3ヶ月ちょっとで辞めることになってしまったのだ。
そんなわけでいきなりやることが無くなった俺は、趣味の写真でも撮ろうかとぶらぶらと校舎内を歩き回っていた。普段来たことの無い場所を見回りながら、人気の無い廊下を進む。そこで、ひとつの教室を見つけた。
『文芸部』そう書かれた紙が端っこに張られた扉。その窓から見える室内には、一人の女生徒が静かに本を読んでいた。大人しそうな見た目の彼女が何だか気になってしまって、数秒間見つめてしまう。
俺に気付く様子もない彼女。暫くページを捲る音だけが響いた後、本に目を滑らせた彼女が。
優しげな瞳を細めて、とても楽しそうに微笑んだ。
この瞬間俺の身体に電流が走り、衝動のままに扉を開ける。そして、目を丸くする彼女に向かって叫んだのだ。
「俺、ここに入部したいです!」
高橋菊雄16歳。
人生初の一目惚れであった。
「先輩、こっち向いてください」
「やだ」
カメラを向けると、読んでる途中の本で顔を隠す先輩。その様子が子供っぽくてなんだか可愛らしく感じてしまう。
それに先程から、本の右側からはみ出た焦げ茶色の三つ編みが俺のいたずら心を擽ってくる。今なら見えてないだろうし、あのふわふわした髪を弄ぶチャンスなのではないか。
そう思って手を伸ばすと邪な気配を察知したのか、ずらした本の上から此方を見る先輩。慌てて手を引き戻すが、素知らぬふりをする俺に視線が鋭く突き刺さる。
「菊雄くん?」
「ごめんなさい」
だから暴力は…。あ、いてっ。
窓から覗く木々が色づき、綺麗なグラデーションを描き始めた頃の放課後。本やら漫画やらがそこかしこに積み上げられた雑然とした部屋に、俺達はいた。
ここは文芸部の部室。数々の幽霊部員が資料を持ち込んで作り上げた、神聖な娯楽の溜まり場だ。現在は部員が全然いないので、俺達以外が利用することはほぼない。つまり貸切状態で好き勝手にやれる天国だな。
「なんで先輩はそんなに写真撮られたくないんですか?」
先輩の弱々しいパンチに幸せを感じていた俺は、前から気になってた質問をしてみる。こんなに可愛いなら、写真くらい喜んで写ってくれそうなのにな。
「写真の自分って、なんだかブサイクにみえて好きじゃないの」
わかるー。俺も不意打ちで撮られた写真とかブサイク過ぎて目も当てられないもん。あれ、ブサイクは元からだっけ?
「あー、よくあるやつですね。なんか自分を見る時って鏡が大半だから、いつもと左右逆の写真に違和感を覚えやすいらしいですよ」
「知ってますー。うんちく垂れ流しながらどや顔するのやめたほうがいいよ? だからモテないんだよ」
「ぐぇっ」
えっ急に強烈なレバーブローが飛んできたんですけど。危うく床の上でのたうち回るところだったぜ。君の拳なら世界を目指せるよ。
「自撮りとかも嫌いな感じで?」
「そうだよ」
イマドキのJKは自撮り大好きなイメージがあるんだけど、これは俺の偏見か?女子って男からすると謎な生態してるからいまいち理解が進んでないんだよな。
「なんか写真そのものに苦手意識がついちゃって。カメラを向けられるだけで顔がひきつっちゃうんだよね」
「それで余計に写真写りが悪くなると」
「そうそう」
ほーん、なるほどな。負のスパイラルに陥ってるわけだ。正直先輩の気持ちも分からんでもないけど、勿体無いよなぁ…。こんな可愛い先輩の写真が残らないなんて、世界の損失だと俺は思うわけですよ。
「それじゃあ先輩が写真慣れ出来るように協力します!」
「やだ」
「なんでですか!」
やだじゃないよ。俺を萌え殺す気ですかまったく。
「べつに写真慣れしたいなんて思ってないもん。逆になんでそんなに私のことなんて撮りたいの?」
なんでってそりゃあ、ねぇ? それこそ愚問ってものですよ。猫がゴロゴロしてたら無性に写真撮りたくなるじゃないですか。かわいいをカメラに収めたいと思うのは当然のことだと思います。
「つまり先輩は正義」
「ふざけてるの?」
ジト目の貴女も素敵です。あっ、眉間がピクピクし始めた。おふざけもほどほどにしないと怒られそうだから、そろそろ真面目に答えるか…。
「せっかく貴重な高校生活をこんなに素敵な先輩と過ごせるんだから、思い出を写真として残しておきたいんですよ」
というのは半分本当。もう半分は先程までの考え通りの事だ。直接言うのは恥ずかしいから口に出さないけどな!
「ふーん」
興味なさげに返事をする先輩だが、本で隠しきれてない耳が赤くなっている。照れてるんすか。まじキュート。顔が見えなくても先輩ってかわいいですよね。って、ん?
「良いこと思い付いた!」
ガタッ!
突然天から舞い降りてきた閃きに、つい興奮して立ち上がってしまった。驚かせてごめんなさいね。そして、目を丸くして此方を見ている先輩に向けて思いのまま叫ぶ。
「先輩、デートしましょう!」
「……え!?」
◇
あれから数日後の週末の昼過ぎ。無理矢理デートの約束を取り付けた俺は、待ち合わせ場所で先輩の事を待っていた。いやぁ、勢い任せだったとは言えあの時の自分を誉めてやりたいぜ。先輩とお出かけなんて夢のようだ。
「お、お待たせ…」
控えめでかわいらしい声に導かれて振り向けば、少し恥ずかしげに此方を見ている先輩を発見。いつものふわふわした三つ編みサイドはそのままに、ベージュのセーターとブラウンのプリーツスカートという秋らしい服装だ。
「うん。かわいい」
「!?」
「あっ、すみません。つい本心が」
本の代わりに小さめのバッグで顔を隠す先輩もとってもキュートでございます。いつもと違う先輩の姿が見れただけで俺はもう満足です。
「じゃあ行きますか」
「うん」
いつもより大人しい先輩。そんなに緊張されると俺の調子まで狂うので、いつまでも程々にもじもじしててください。
そんなわけでやって来たのは大きい公園。この時期のここは紅葉が綺麗で、数多くのカップルが訪れるデートスポットだ。はたから見たら俺達もそうだと思われてるのだろうか。なーんてな。
「先輩、着きましたよ」
「ね、ねぇ。私達が来るにはまだ早いんじゃないかな」
「え?なんでですか?」
「だって、周りが…」
ははーん。カップルばかりなのが気になるんですね。別に俺らの事なんて誰も見てないんだけど。こればっかりは性格だな。
「大丈夫ですって。人なんて気にしないで、紅葉見ましょうよ」
「そ、そうだね」
まぁ時間が経てば自然に慣れてくれるだろう。それに、今日の目的はただのデートじゃないんだからな!
「どうせだから写真撮りましょ」
「やだ。この前嫌って言ったばっかりじゃん」
ふふふ。そう言われる事は予想済みなんですわ。そっぽを向く先輩に、今日の本来の目的を告げる。
「違います違います。先輩を撮るんじゃなくて、この景色を一緒に撮りましょうよ」
「?」
「カメラに苦手意識があるなら、まずは自分で写真を撮れば少しは改善されるんじゃないかと思ったんですけど。どうですか?」
今日の本来の目的は、先輩のカメラ苦手意識改善。あくまでデートはついでだ。俺にとってはメインだけどな。
「私は気にしてないんだし、わざわざこんな事しなくて良かったのに」
「俺が先輩の写真を撮るために必要なんですよ」
そう、所詮は俺のわがままだ。可愛い先輩を写真に収めたいがために、半ば強引にこんな事をしているんだ。だから先輩が嫌がるなら、すぐにやめるつもりだ。
「嫌なら言ってくれれば…」
「いいよ。一緒に綺麗な紅葉の写真を撮るだけでしょ?」
「まじですか」
先輩マジ天使。
「ちゃんと目的があるなら言ってよ。変に緊張しちゃったじゃん」
「いや、デートなのは事実ですから」
そう言うと少し頬を赤くする先輩。さすがっす。
という事で、早速二人で歩きながら写真を撮り始めることにした俺達。周囲には橙と赤のグラデーションを纏った木々が並び、俺達の散歩道を美しく彩ってくれている。
こうして改めて見ると綺麗だよなぁ。先輩とのカラーリングもバッチリだし、何より落ち着いた雰囲気を作ってくれるのがありがたいわ。先輩も俺も(?)大人しい方だからか、めちゃくちゃ居心地がいい。と思ってたら先輩からとある質問をされる。
「そういえば、菊雄くんは何で文芸部に入ったの? 入るのも遅かったし、本もあんまり読んでなさそうなのに」
えっ!? その質問は俺の心的に全く落ち着けないんですけど。なんでって、そりゃ貴女がいたからなんです。まあ、そんな事言えるわけないが。
「えーと、野球部辞めて暇になったからですかね」
微妙に答えになっていないが、こう言うしかないんだ。
「ふーん。菊雄くんって野球部だったんだ」
「そうですよ。逆に今まで言ってませんでしたっけ」
「聞いてないよ。君って意外と自分の事話さないよね。いつも私のこと話してる気がする」
好きな人の事が気になるお年頃なんです。許してください。お陰でこの数ヶ月の間に先輩の事が大分わかって俺は嬉しいですよ。
そんな会話の流れで俺の野球人生について少し語っていると、突然先輩が何かを見つけたようで笑顔を浮かべながらこちらに話しかけてくる。
「あっ、猫がいるよ!かわいい…」
先輩の指差す方には、三毛猫が日向ぼっこしながら寝転んでいる。大きく口を開いてあくびをしているのがとてもキュートだ。
先輩はというと、そんな可愛い猫様に興味津々でカメラを構えながらジリジリと近寄っている。人間慣れしているのか、そんな事などお構いなしに寛ぎ続ける猫。そして両者の距離が縮まった時、先輩が猫に向かって恐る恐る手を伸ばす!
「ニャー」
おー。可愛い先輩がかわいい猫様を撫でるという、この世の幸せが詰まったようなほのぼの空間が出来上がってしまった。ありがとう神様。俺、産まれてきて良かったよ。
「にゃ~」
幸せを噛み締めていた俺に届いてきたのは、先輩の鳴き声。ちょっ、先輩それはまじヤバイですって。もしかして俺、今日死ぬのか?
「…私、来世は猫に転生したいな」
ってあれ?風向きが変わってきた。
「君はいいね。毎日こうやってゴロゴロして、色んな人から可愛がってもらえて」
「やっぱり人間なんてダメだよね…」
闇のオーラが先輩から吹き出してるんですけど、ちょっとどうにかなりませんかね。俺には対処できないんです。
「…ッ!? ニャー!」
「あっ、猫ちゃんが…」
嫌な気配を察知したのか猫様が逃げていく。命拾いしたようだな。お互い。空気を変えるために、しょんぼりしている先輩に向かってちょっとした疑問を投げ掛けてみる。
「そういえば、猫の写真は撮れました?」
「あっ!つい猫ちゃんに夢中になって忘れてた…菊雄くんは?」
すみません。俺も先輩に夢中になってて…
「あー、俺もちょっと上手く撮れませんでした。すみません」
「そっか…それじゃあしょうがないか」
しょうがないんです。あんなの見たら誰でも耐えれないですからね。決して俺が気持ち悪い奴だからじゃないから。おーけー?
それからも景色についてだったり雑談をたまに挟みながら、公園をぐるっと一周回ってきた。そこそこ大きい所だから、結構時間がかかってもうすぐ夕方になりそうだ。
秋だからか、猫以外にも鳥がいたりで中々賑やかだった。動物を見つける度に反応する先輩は、猫の反省をいかして写真をたくさん撮っていて可愛かったです。
「写真撮りながら散歩したことなんて無かったけど、結構楽しいもんですね。先輩はどうでしたか?」
「私も楽しかったよ。普段は本ばっかり読んでたから、なんだか新鮮だった」
軽く微笑みながらそう言う先輩。楽しんでくれたのならこれ以上のことはない。もしつまらなかったとか言われたら立ち直れないところだったぜ。
「写真、好きになれそうですか?」
「うーん。撮るのは楽しいと思ったけど、自分が撮られるのはまだ無理かなぁ…」
そりゃそうか。こんなすぐに治るわけないよな。っていうのは予想通りで、俺の計画はここからが本番なんですよ!
「そうですよね。じゃあ、次はいつ行きます?」
「え、次?」
「はい。どうせなら平気になるまで一緒に写真を撮りまくりましょう!」
ははは!俺がこんなチャンスを逃すわけ無いのだよ。これで先輩と堂々とデートできる権利が手に入るんだ…!
「うーん、それって菊雄くんがいなくてもできるじゃん。私ひとりでいいんじゃないかな?」
あ、うん。そうですね。まずいぞ…早く反論しなければ絶好のチャンスを逃すことになってしまうぞ。
「先輩はひとりでこういう場所に来れるんですか?どうせ撮るなら景色がいいところが良いかと俺は思ったんですけど」
「うっ。確かに景色が良いほうが嬉しいし、ひとりだとこういう場所には来れないかもしれないけど…」
うーん。先輩が何で渋っているのかは分からないが、ここはひとつ案を提示してみるか。
「じゃあ一緒に景色が良い所探してみて、先輩一人じゃ難しそうだったら俺もついていきますよ」
先輩に主導権をすべて渡してしまうと、遠慮だったり恥ずかしかったりで俺と一緒に行ってくれなさそうだからな。ここは適度に俺が介入しないと、デートができなくなってしまう。
「まぁ、それなら」
なんとか首を縦に振ってくれたな。この案だと実質条件は変わらないんだけど、先輩が気づかなくて良かった…。
「今日はそろそろ日も暮れそうなんで、帰りましょうか」
「そうだね」
その後帰路についた俺達は、先輩を途中まで送って別れることになった。ちなみに家同士はわりと近かったらしく、そんなに苦労しなくて済みそうだ。
「じゃあ、また学校で会いましょう」
「うん。またね」
昼間よりも柔らかくなった笑顔で手を振ってくれる先輩はとても魅力的で、この数時間で距離が縮まったことを実感する。本当の目的は達成出来てないけど、これだけでもデートした甲斐があったな。
そんな感じで、俺と先輩の初デートは終了しましたとさ。
◇
それから俺達は、月に1、2回程の頻度でお出かけをして写真を撮るというのを繰り返した。平日の放課後に先輩と行きたい場所を話し合って、週末にデートをする。そんな幸せな日々が数ヶ月続いて、俺達が進級した頃。
「あれ?」
いつもより早めにホームルームが終わって部室へと向かった俺は、衝撃の光景を目の当たりにした。
先輩が自撮りしてる…!
桜の木から花弁が舞い散る景色を背景に、窓際でスマホを構えて内カメラを覗く彼女。まだ慣れてないのか、角度やらカメラの向きが決まらず首をかしげながらカシャカシャしているようだ。
無理矢理に浮かべようとした笑みがひきつって、何だか面白い顔になっている。暫く悪戦苦闘していたが、少しだけ良い写真が撮れたのか嬉しそうに身体を跳ねさせる。
えっ、なにあれ尊いんだけど。もしかして自分から苦手意識改善のためにやってるのか?それともようやく年頃の女子として目覚めた?
真偽はどうあれ、あの愛らしい姿を見てしまえばここで入室などできるはずもなく。そっとバレないように見守ってようかなと思った瞬間。
目が合った。
「「あ」」
途端に赤く染まる先輩の頬。そして慌てて誤魔化そうと、スマホを俺から隠しているのがバッチリ見える。さすが先輩。俺のツボを良く分かってらっしゃる。
流石にここに居続けるわけにもいかないので、部室に入る。俯いた先輩と俺の間に妙な沈黙が流れ、お互いに少し気まずい感じになってしまった。ここは流れを変えるべく何か言わねば…!
「先輩。さっき撮った写真くれません?」
「何で蒸し返すの!? あと絶対に見せないから!」
つい欲望を口走ってしまった。でも空気は変わったから問題ないだろう。うん。
「ちなみに何で自撮りしてたんですか?」
「え!? それは、ちょっとした興味本位でというか…。少しは慣れてきたかなって思って」
「なるほど」
それで取り敢えず試してみたということか?何はともあれ良いことじゃないか。これで俺の計画も一歩前進だな。
「実際に撮ってみてどうでした?」
「えっと、前よりかは苦手意識も薄れたかも。ちょっとだけ楽しかったし…」
「めちゃくちゃ進歩してるじゃないですか」
これなら俺が正面から先輩を撮影するのも、夢じゃなくなって来たかもしれんぞ! そのときは絶対に家宝にします…。
「卒業するまでには何とかなりそうですね」
「そうかもね」
「そしたら、一緒に写真撮りましょう。ツーショットで」
そう言うと、小さく頷いてくれる先輩。よっしゃ!これで先輩との初ツーショットは俺が頂きだぜ!それにしても卒業かぁ…後一年も無いんだな。それまでには目的も達成したいな。
そういえば、先輩は受験とかどうすんだろうな。予定次第では去年みたいには過ごせないのか。ちょっと寂しくなりそうだな。
「先輩は進路とかどんな感じなんですか?」
「私はもうだいたい決まってるよ。指定校推薦だから、今までとそこまで変わらないけどね」
「えっ、先輩すごい。意外と頭良かったんですね」
確かにテスト前とかも特に変わらず過ごしてた記憶があるけど、結構優秀なんだなこの人。ここって偏差値高いから推薦大変そうなのに。
「意外とって一言多くない?今までそんな風に思ってたんだ」
やべっ、失言だったかもしれねぇ。だって可愛くて頭良いとか完璧過ぎじゃん。だから、そんなに睨まないで。あっ、膨れっ面もかわいい…。
「言葉の綾ですよ。あまりにビックリしちゃって間違えちゃいました」
「ふーん」
納得してくれて無さそうだけど、ここは押しきるしかない。秘技、話題転換!
「俺もそろそろ進路とか考えないとなぁ。おすすめの選び方とかあります?」
「うーん、自分の興味ある所に行くのが一番良いと思うよ。後は成績が足りてるんだったら、推薦の中から選ぶのもありかな」
「あー推薦から選べたら良いんですけど、成績がギリギリ足りてないんですよね」
満足に選ぶならもっと欲しいくらいだから、推薦は難しそうだよなぁ。と悩んでいると先輩から鶴の一声が。
「それなら少しだけ勉強教えてあげよっか?」
「えっ!?」
なにそれ、もしかして先輩って女神様?
「正直勉強は家でやってる分で間に合ってるし、部活の時間って暇だから…どう?」
おお。いつもなら可愛く見える小首を傾げる仕草も、神々しい光を纏っていて思わず拝みたくなる。今までありがとう神様。俺、新しい宗教を作ることにするよ。
「ぜひおねがいします!」
「ふふっ、まかせて」
こちらを優しげな表情で見つめる先輩がどこか嬉しそうにしていたのは、俺の勘違いじゃないといいな。
時は流れて9月の下旬。
相変わらず月1、2回のお出かけをしつつ、先輩から勉強を教えてもらうという贅沢三昧な日々を過ごしている俺です。お陰ですごく成績が上がって先輩には頭が上がりません。
そんな素晴らしい先輩はそろそろ指定校推薦のあれこれが始まるらしく、俺達のお出かけは今回を最後に暫くお休みすることになった。俺としては残念だが、こればっかりは仕方ない。
そんなわけで、どうせなら今日はいつもより遠出をしようという事になった。そして俺は現在、目的地に向かう電車の中で先輩と隣り合わせに座っている。いつもより距離が近いからか、先輩から良い香りがして心臓がもちそうにないんだが。
カチカチに固まる俺を余所に、本を読んでる先輩は特に意識している様子も無さそうで少し悔しい。俺にも先輩をドキドキさせる何かがあれば……。
「なんだかこういうのも新鮮だね」
なんだろう、電車の中だからっていきなり耳元で囁くのは辞めてもらってもいいですか?俺そろそろ死にそうなんですけど。だって心臓ぎゅいんってなったもん。
「そうですね」
おい、もっと喋れよ俺。なんて緊張しすぎていつもより話せなくなっていると、本で口元を隠した先輩からクスクスとした笑い声が聞こえてくる。
「いまの菊雄くん、初めて一緒にお出かけした時の私みたい」
確かにそうだけど、絶対に俺のほうがドキドキしてるよ。幸せすぎてホントつらいわー。
「楽しいね」
上目遣いで言われた、からかい混じりの言葉。それは今の俺にはどうしようもないほど魅力的で、いい加減頭がおかしくなりそうだった。
「はい」
なんとか返せたのは小さな頷きと一言だけ。
結局移動の間、全身の熱と動悸が落ち着く事はなかった。まじで重症だな俺。
色々と心臓に悪い時間をどうにかやり過ごし、目的地へと到着。ただの移動に体力を消耗しすぎた気がするけど、幸せならオッケーです。
そんな俺の視線の先には暖かな日差しが辺り一面を照らし、色とりどりの花が所狭しと咲きながら綺麗な模様を描いていた。花に囲まれる先輩はとても楽しそうに写真を撮っていて、時折少し離れた俺に向かって手を振ってくれる。かわいい。
ちなみに俺は俺で景色を眺めながら撮影もしています。写真を撮っている時はこんな感じでお互い好きに動いて、なんとなく話したくなったら近づくみたいな距離感だ。
ただ離れているにも関わらず、風にのって届く花の香りがさっきの先輩を思い出させてきてそわそわしてしまう。いつもよりキモい自分に思わずひいちゃったよ。
それにしても、俺が入部してからもう一年も経ったのかぁ。今までの活動を振り返ると、文芸部じゃなくて写真部みたいな事しかしてないな。お陰で先輩と仲良くなれたから気にしないけど。
ただ、時間も大して残ってないんだよなあ。今日が終われば暫くは一緒に遊びに来れないし、それ以降だって先輩はすぐに卒業してしまう。そしてこんな幸せな日常も無くなる。
野球ばかりでろくに恋愛なんてしてこなかった俺だから、この青春の日々を大切な思い出として一生大事にしていくんだろう。容易に想像ができるそんな未来。だけど。
嫌だな。
ふと浮かんだのは拒絶。先輩と一緒にいれなくなるなんて、そんなのは絶対に嫌だ。へたれにへたれて先伸ばしにし続けてきたが、そろそろ覚悟を決める時がきたか。
「菊雄くん、さっきから難しそうな顔してるけどどうしたの?」
気が付くと俺の様子を心配してくれたのか、いつの間にか先輩が目の前にいた。そして彼女を認識した瞬間、思っていたことをそのまま口にする。
「先輩、クリスマスデートしましょう」
うん。言い訳じゃないけど別にへたれてないからね?
「えっ、いきなりどうしたの!?」
先輩も突然の事にビックリしてるようだけど、構わず話を進める。
「確か指定校推薦の結果って12月には出ますよね?」
「そうだね」
「だから無事合格してたら、お祝いも兼ねて遊びに行きませんか?」
もしここで変な事を言って、先輩の進路に影響でも出たら切腹ものだからな。ここら辺はちゃんと弁えないと。だから、今日は約束の日。口には出してないが覚悟は決めたさ。
「いいよ。私、楽しみにしてるね」
視線をさ迷わせながらそう言った先輩は、どこか恥ずかしそうに頬を紅くしていて。
きっと俺の気持ちなんて、バレバレなんだろうな。
そして、冬がきた。
「なんか久し振りで緊張しますね」
「そ、そうだね」
無事に合格をした先輩は約束通りにクリスマスデートに来てくれた。しばらく二人で出掛けることなんて無かったからか、お互いに少しぎこちない。まあそれだけが理由じゃないだろうけどさ。
「今日もよく似合っていてかわいいです」
「っ、ありがと」
やっぱりいつもより大人しい先輩は、少し小さな声で言葉を返してくれる。これじゃあ、前回とは反対で初デートの時と同じだな。
「じゃあ、取り敢えず行きましょうか」
肌寒い夜の中、歩きだした俺達を見守るのはを数々の光源によって化粧を施された木々達。ここは思い出の初デートの場所でもある公園で、冬になるとこうして綺麗なイルミネーションを作り上げてくれるのだ。
クリスマスでもある今日はあの日よりも更に盛況のようで、そこかしこにカップルがいて先輩が落ち着きなくキョロキョロしてる。そんな去年と変わらない様子に、思わず笑ってしまう。
「なに笑ってるの?」
自分でも心当たりがあったのか、ジト目でこちらを見ながら膨れっ面を晒す先輩。そんな彼女に愛しさとおかしさが同時に込み上げてくる。
「いや、先輩はかわいいなって」
「っ!なんか今日の菊雄くん女慣れしてる。私と遊んでない間に女の子でも引っ掻けてたの?」
いやいやいや、俺が先輩以外に何かするわけないでしょ。けど確かに今日は思ったことが口に出ちゃうな。
「違いますよ。たぶん、久し振りに先輩とここに来れたのが嬉しくておかしくなりました」
だから、あんまり拗ねないでください。
「ふふっ、なにそれ」
いつの間にか緊張が解れて、和やかな空気が漂い始める。先輩もさっきまでの挙動不審さが無くなって一安心だ。
それからも他愛もない話で盛り上がりながら景色を楽しむ。しかし、何時からかつい今までの癖でカメラを取り出してしまったいた。
別に今日は写真が目的じゃないのに、習慣って怖いなぁ。
先輩の方も俺と同じように写真を撮り始めていて、お互いに我に返って顔を見合わせた瞬間は今までで一番笑ってしまった。
でも俺達にはこれが似合ってるよな。
そして、ひとしきり笑いあった後。俺は自然と口を開こうとしていた。
「先輩、おれ」
しかし。
「名前。ちゃんと言って欲しいな」
俺の言葉を遮った先輩は、そう言いながら此方を真っ直ぐに見つめてくる。そこには純粋な願いと、熱を孕んだ濡れた瞳があった。
あぁ、そうだよな。こんな時に言われるまで気付かないなんて、バカだな俺。
だから今までの分まで無理矢理詰め込んで。もう一度、先程よりも強く。思いの限りを伝える。
「楓先輩。好きです」
「俺と付き合ってくれませんか」
彼女は俺の言葉を飲み込むように大きく頷く。そして、周りの明かりとは比べられない程の笑顔を輝かせた。
「はい!」
この日、俺達は恋人になった。
◇
桜の蕾が花開く3月の中頃。
クリスマスから無事に恋人同士となった俺達は、今までとそこまで変わらずに過ごした。平日は一緒に喋ったり本を読んだりして、週末にどこかへ出掛ける。唯一変わったことと言えば、いちいち写真を理由にしなくなった事くらいだろうか。
そんな幸せな日々を存分に満喫していた俺だったが、時間とは早いもので。ついに楓先輩が卒業式の日を迎えた。
在校生として卒業生に参加した俺だったが、涙ぐむ先輩方を見ていたら盛大に貰い泣きしてしまった。
お陰様で周りの同級生にドン引きされた上に、ハンカチがぐしょぐしょになったんだが。俺が意外と涙脆いことに始めて気づいたわ。よく大丈夫だったな今まで。これからはハンカチ常備しとこ。
そして式が終わった後、俺は楓先輩の元に足を運んでいた。ご学友と話している様子だったが、俺に気付いてわざわざ此方に来てくれた。興味津々にこちらを覗く視線が気になるが無視しよう。
「楓先輩、卒業おめでとうございます」
「ありがと」
少し赤くなっている目元を細めながら、小さく微笑む先輩。マジ女神。
「実は今日、卒業祝いとして渡したい物があるんです」
そして彼女に、一つのアルバムを手渡す。
いきなりのプレゼントに小首を傾げていた先輩は、俺に質問をしてくる。
「中見ても大丈夫?」
「どうぞどうぞ。でも絶対ビックリしますよ」
というか、少しくらいビックリしてくれないと俺が泣く。どうか気に入ってくれたらいいんだけど。
そして、開かれたアルバムの中から現れたのは。
「これ、私?」
引きぎみで撮られた、紅葉の綺麗な公園で猫と戯れる先輩の愛らしい写真。アルバムには今までのデートで訪れた景色の中で撮られた、楓先輩の写真がたくさん詰まっていた。夢中になったようにページを捲る彼女の目には驚きと、涙が浮かぶ。
これが俺が先輩に渡したかった物で、初デートの時から考えてた本当の目的だ。
「なんで…」
上手く言葉が出てこない様子の先輩。
理由を説明しないと俺がただの盗撮魔になってしまうから、詳しく教えようじゃないか。
「先輩がカメラを嫌いな理由を教えてくれたとき、写真の自分の顔が嫌だって言ってたじゃないですか」
「その時思ったんですよね。じゃあ顔をあまり写さなければ良いんじゃないかって。だって顔なんて写さなくても楓先輩は魅力的ですから」
「だから、強引にデートとして景色の良いところに連れ出したんです。綺麗な背景で貴女を撮れば更に素敵になると思ったから」
「楓先輩に黙って撮ったのは申し訳なかったです。けど、俺にはこれしか思いつかなくて」
そして、彼女を真っ直ぐに見つめて。これまでの集大成を先輩に尋ねる。
「写真、好きになってくれましたか?」
言葉も無く涙を流す先輩は、口元を隠しながら小刻みに首を縦に振る。いつもの三つ編みが揺れているのが、隠しきれていない感情が表れてるように感じてとても嬉しくなる。
喜んでくれて、良かった…。
そして。
桜と沢山の笑顔が咲き誇る絶景の中で。
約束を果たす為に、彼女に向かって想いのままに叫ぶ。
「楓先輩、ツーショット撮りましょう!」
アルバムに新しく追加された一枚。
笑顔でピースをする俺に、不意打ちでキスをした先輩が満面の笑みを咲かせる。
そんな二人の頬には、季節外れの紅葉が色付いていた。
カエデ/モミジ
【全般】「大切な思い出」「美しい変化」「遠慮」
よければポイント、感想を送ってもらえると作者が嬉しくてニコニコします!