手記（改訂版）
『パンドラ文明』。
現代より遡ること千年前、人類文明は栄華を極めた。
高度に発展した科学技術は、大よそ人が想像しうる範疇において成し得ないことなどないほどに発展を遂げた。
天を突かんばかりの巨塔の群れ。朽ちず、錆び付かず、永劫に輝き続ける都が地平線の果てまで広がる。
空を渉る船、天地を繋ぐ塔、空間を跨ぐ扉、海底に広がる街、大空を浮遊する島々。
如何なる万病をも忽ちに癒す薬。冬に咲き誇る草花。尽きることのない食料。
無数の叡智が綺羅星の如く生み出されては、人の暮らしをより豊かに、実りあるものに変えていった。
あらゆる願望を叶え得た人類に不可能はなかったが故に、遥か創世期より定められた“理にして天蓋”たる『星書』を乗り超えた、選ばれた種族であると豪語した。
加速し続ける科学の発展と人々の願望に終わりはなかった。
どこまでも先へ。
終着が見えないのならば、その終りが見えるところまで。
あるいはそれすらも越えて往こう。人が目指す果ては、未だ遥かな彼方にこそ。
果てのない坂を転げ落ちる石のように、最早止まることを忘れた発展に当時の人々は沸き立った。
だが。
途方もない叡智によって科学を極めた学者も。
賢者と謳われた者たちですら、この『結末』は予測出来なかった。
――――――空から降り注いだ光の柱。
後の世に『大天罰』と呼ばれた正体不明の光柱によって、人類文明は一夜にして滅び去った。
積み重ねた栄光は砂上の楼閣に等しく。何の前触れもなく、予告もなく、あらゆる事象を支配したと思いこんだ人類は、何が起きたのかも理解できないまま、真っ白に塗り潰されて地表から消え失せた。
漂白されるように、無に還るように、世界を統べた文明は、突如として終わりを迎えた。
一体何が起きたのか。如何なる原因がそこに在ったのか。それは文明の消滅から千年経った現代においても、なにひとつとして分かっていない。
過去の真実を知る術はなく、何人も抗えない刻の流れが全てを風化させていくのを待つばかりだ。
故に、『私』はここに記す。千年の戒めを決して忘れ去らないように。次世代の若き人類にとって前へと進む導となるように。
『大天罰』によって汚染され、荒廃しきった終末の世で、それでも生き続ける人々が過去を解き明かす瞬間を夢見ながら。
『第一浮遊都市』初代領主：アルフォンス・Ａ・アースヴァル著書
『パンドラの書』より抜粋。
『第一浮遊都市』の領主。
勇猛果敢な英雄“獅子王”と名高い『機士』であった彼は、『パンドラの書』を執筆し終えた直後に行方不明となる。
当時の『第一浮遊都市』が捜索隊を組織し、全力を賭して捜索活動を執り行ったにも関わらず、彼の痕跡をひとつも辿ることが出来なかった。
目下、足取りすら辿れていないのが現状である。
捜索開始から二十年が経過したため、誠に残念であるがこの件は『時効』として処理されるだろう。
当時、最前線で捜索指揮をとった『機士』グレンは、彼が秘密裏に使用していた書斎であるものを発見した。
副官として彼の傍らで三十年もの永きに渉り付き添ったからこそ知っていた場所で、まるで何者にも見つかることのないよう厳重に隠されていたのは、手記。
記されていたのは、不吉な遺言だった。
『これを見つけたということは、既に私はこの世にいないのだろう。
予測し得る中で最も最悪な可能性に賭けて用意したものだったが、当たって欲しくないことばかりがあたるものだ。
この手記を手にする者が誰かは分からぬ。だが、これを手に取った者に私の遺志を伝えよう。
パンドラの書を記すにあたり、私はとある一族との接触に成功した。
古代文明が滅び、大天罰を生き延びた僅かな人々の末裔たちは、『真実』を己の子々孫々に語り継いできた。
私は、類稀なる幸運と度重なる偶然によって、彼らが秘匿し続けてきた『真実』を手に入れる機会を得た。
しかし、それを語り聞かせてくれた者は姿を消してしまった。
領主としての権限を用いて捜索を行ったが、存在を抹消されたかのように足取りを追うことは出来なかった。
彼らから託されたものを解き明かすに至らなかった。
私では足りなかった。
何もかもが、至らなかったのだ。
故に、私は願う。
手記を手にした者よ、どうか辿り着いてほしい。
私は、全ての者より隠匿した『予言』をここに記す』
『白き太陽が輝く刻、『■■星■■の王』が顕れる。
彼の者■神の■■より■まれ■、『大母の■』。
我らは『魔王』との契約に■り、絶望を遺す。
『皇神機』。それは『神』の■■を穿ち貫いた、この世で最も罪深き刃。
血塗られた『原罪の刃』をもって、遥かな未来を生きる人々よ、抗え。
いつかこの世界に顕れ来る『終末論』を乗り越える、その日まで』
